17:錯覚
寄宿舎に幽霊が現れた、とハロルド・マスデヴァリアは真剣な面持ちで言った。
その言葉を受け止めたランディ――ランドルフ・ケネットは「幽霊……、何だって?」とハロルドに言葉の反芻を求め、クライヴ・チェンバーズは目を細めて溜息混じりに言った。
「そんなもの、大方ハロルドの錯覚か幻覚だろう」
「クライヴ、君は僕の従者だよね? 主人の正気を疑ってかかるのやめてくれないかな」
「わが主は日ごろから夢見がちの夢見心地だからな。また寝ぼけてたんじゃないのか」
クライヴはハロルドが物心つくくらいからの従者だというが、だからだろうか、主に対しても――というより、主に対しては特に手厳しい。ハロルドは大げさに首を傾げながらも、今度はランディに青い視線を向ける。
「ランディも錯覚だと思うかい?」
ランディはこの辺りでは珍しい赤毛をがりがりと掻きながら、ハロルドの視線を真っ向から受け止めて答える。
「確かめる前から君の見間違いと言い切ることはしたくないが、幽霊という非現実的なものが身近にいると言われても信じがたいというのは事実だな」
「幽霊は別に非現実的な存在ではないよ、ランディ。近年では正体不明であったそれが魄霧に焼きついた魂魄の残滓であることが明らかになってきていて、その場の魄霧を変換して断片的な記録を映し出しているという……」
「ハロルド、話が逸れている」
クライヴの指摘に、ハロルドは「おっと」と垂れ流していた言葉を止めて、それから首を振って言った。
「とにかく、僕は確かに幽霊を見たってことさ。そして、もう一度同じものを見ることはできないかと思っている」
「どうしてまた、そんなことを?」
ランディの問いかけに、ハロルドは胸を張って答える。
「もちろん、怖いからさ!」
「ハロルド……」
「いや、ほんとに怖いんだよランディ。理論上は残留魂魄による状況再現だってわかってても、不気味なのには変わりないわけだし……。もしも、そんな定説を無視して、古い幽霊話のように襲い掛かってくるようなものだったらどうしようと思うと、ほら、ね……」
「それでも、『幽霊を避ける』んじゃなくて『見てみたい』と思うんだな」
「正体のわからないものをどうやって避けるっていうんだい? それならきちんと正体を確かめる方が先さ」
そういうところがハロルドなのだよなあ、とランディは苦笑する。怖い、と言いながら、その「怖い」と感じる物事であろうとも、把握しようとすることをやめない。普通ならば怖いと思った時点で触れることも忌避しそうなものだが、ハロルドにとってはそうではないのだ。
「それで。もし迷惑じゃなければ、ランディとクライヴにも付き合って欲しいと思っているんだけれども、どうかな?」
「俺は別に構わないが……」
ランディはクライヴをちらりと見やる。クライヴは大げさに肩を竦めて、言う。
「俺には選択肢はないさ。主の命令だ」
「命令はしていないよ。お願いさ」
「同じようなものだ」
このやり取りも、ハロルドとクライヴの主従にはいつものこと。何だかんだ言いながらも、クライヴは決してハロルドの期待を裏切ることはない。そういう「いつも通り」があることを少しばかりうらやましく思いながら、ハロルドが見たという幽霊に思いを馳せる。
寄宿舎に現れる幽霊。果たしてそれが本当に存在するならば――一体、ハロルドに何を伝えようとしていたのだろう、と。
(ランドルフ・ケネット、十四歳の冬)
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