22:遥かな
眼下に広がる景色に怯えるオズをなだめすかして、梯子をのぼって、のぼって。
そうして、ゲイルとオズは街一番の塔の上にたどり着いたのだった。
街の全てが霧に包まれて霞んで見える中、ゲイルは背伸びして天蓋に向かって手を伸ばしてみる。しかし、ゲイルの手はそこにある魄霧を切るばかり。
「うーん、白いな」
「白いな」
ゲイルの言葉を鸚鵡返しにして、オズも頷いた。
「ここまで来れば、天蓋の向こう側も見えるかと思ったんだけどな」
しかし、天蓋はゲイルとオズの遥かな頭上に存在していて、ここに梯子をかけてみたところで到底届くはずもないということがわかるだけだった。
「……やっぱり、ただの夢、なのかな」
オズがぽつりと呟いて、スケッチブックを背負う紐をぎゅっと握り締める。そこに描かれているものを、ゲイルはよく知っている。
それは、青い――空、だ。
それが「空」であることを知ったのは、オズがぽつぽつと喋るようになってからなのだが、ゲイルはそれがずっとオズの頭の中にある風景であることを知っていた。言葉の代わりに、オズはスケッチブックの上に青をいっぱいに広げていたから。
そして、オズの中ではそれは頭上に広がるものなのだと、いう。
もちろん、ゲイルはそんな風景見たことがない。オズも現実に見たことはないという。何せ空には魄霧の天蓋が広がっていて、そこが空の果てであるということは、誰もが知っていることだったから。
ただ――。
「ただの夢なんてことあるもんか」
ゲイルは、ほとんど確信していた。
「オズが見てるものは、絶対にどっかにある」
根拠なんてどこにもない。けれど、不思議とゲイルの中ではそういうことになっていた。戸惑うオズに構わず、ゲイルは続ける。
「天蓋にも届かないこんな場所からじゃ、見えるはずねえよな。やっぱり、天蓋まで飛ばないとダメかもな」
「飛ぶ?」
「飛空艇とかさ」
「飛空艇にも高度限界はある。天蓋に届く船は聞いたことない」
オズは喋れるようになってから、ゲイルも驚くほどの知識を披露するようになった。もしくは言葉を喋れるようになる前から、知ってはいたのかもしれない。言葉にする術がなかっただけで。
けれど、それが足を止める理由にはならない、とゲイルは思う。
「もしかすると、今はまだないだけで、これからできるかもしれないだろ?」
「……そう、かな」
「そうさ。それに、もしそれでもなかったら、俺たちで造ればいい。俺たち二人だけの船を」
ゲイルはもう一度手を伸ばす。今度は、霧を掴むように。
「そしたら、俺たち二人で青い空を見るんだ。夢の景色が確かにあるんだって、証明するんだよ」
オズはそんなゲイルの手をじっと見つめて、それから小さく頷いた。
(遠い日の街角)
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