23:ささくれ
「ロージー、手をよく見せてください」
突然、リリィが言った。
ロージーは「は?」と言って、リリィを睨むが、リリィは構わずこちらに向かって手を差し伸べて、もう一度「手を見せてください」と言った。
今となっては隠すようなものではなくなっているとはいえ、ロージーにとって「手をよく見せる」というのは躊躇いをもたらすものであった。ただ、一方でリリィが言い出したらこちらが何を言っても絶対に聞かない性質であることも知っていたので、小さく息をついて。
「どうぞ」
と、手を差し伸べるのであった。
ロージーの手は白く、そして、何よりも――その手の甲から腕にかけて、白い鱗が並んでいるのが特徴的だった。普段は手袋と包帯で隠しているそれを、リリィの前では隠さなくなったのはいつからだったか。
「……いつ見ても、変な手でしょ」
ロージーはつい、自虐的な物言いをしてしまう。
生まれたときからこの鱗のせいで奇異の目を向けられ続けていた。いわゆる『女神の手違い』というもので、誰が悪いわけでもないとわかっていても、ロージーは自分が人と違うことを思い知らされ続けてきた。
そんな手に、リリィの手が触れる。ロージーの手はいつでも人より少し冷たいのだが、リリィはそれ以上にひんやりとした手をしている。本当に血が通っているのか、と不安になるような手でロージーの指先を包んだリリィは、「ああ」と顔を上げる。
「やっぱり。ささくれになっていますよ」
確かに、ロージーの人差し指にはささくれができていて、それがはがれかけて血がにじんでいた。けれど、ロージーは不思議な顔をしてしまう。
「ささくれなんて、放っておいても……」
「よくありません。膿んでしまっても困ります。それに、これからさらに乾燥する季節なのです、早めの手当てが大切です」
薬を塗っておきましょう、とリリィは言って、ロージーの返事も待たずにてきぱきと準備を始めてしまう。椅子に座ったままのロージーは呆気にとられてそんなリリィを見つめてしまう。
「大げさな」
「そうでもありませんよ」
それだけを言って、リリィは自分の机から取り出した薬をロージーの指先に塗りこめる。ひんやりとした軟膏がわずかにしみる気配がした。
それ以上に、リリィの指先が思ったよりもしっかりしていることに戸惑いを感じる。目の前の、少女の装いをしている彼が確かに少年であることを確かめているような心持ちだ。
その少年は、ロージーの異形の手を前にしても、決して表情を変えることはない。指先のちいさなささくれだけを意識して、手の甲を覆う鱗に触れても眉一つ動かさないのだ。果たしてリリィが本当はどう思っているのかをロージーが推し量ることはできない。できないけれど――。
「リリィ」
「何ですか」
「……ありがとう」
「どういたしまして」
(クイーンズレイク女学院の寄宿舎の一室にて)
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