24:蝋燭

 私にとって、食卓の記憶というのは孤独と結びついて離れないでいる。

 ……友と食事をした思い出も決して少なくないはずだというのに、私の中での食事の記憶は、ただただ広いだけの食堂と、並べられた燭台。そこに灯る蝋燭の灯で成り立っている。

 私に与えられる食事は豪勢ではあったけれど、ほとんど味を感じないまま飲み込んでいくもので、それが当たり前だと思っていた。味わう、という言葉の意味を知らなかった、と言い換えてもいい。かつての私にとって、食事とは活動を維持するための栄養を得る行為であって、それ以上ではなかった。

 だから、誰と食事を摂っていても、孤独であった。友と共にあるときですら、食事の時間だけは孤独を感じていたのだと、思っている。当時の私は考えもしなかっただろうけれども。何しろ、それ以外のやり方を知らなかったのだから。孤独であるということすら、知らなかったのだから。

 今、私はひとつのパンをゆっくりと噛み締めている。口の中に広がる僅かな塩気を感じ取り、それが普段のものと変わらないことを確かめてから、飲み下す。ここまでゆっくりと食事を味わうことなど、かつての私には考えも及ばないことだった。

 今の私は、目の前のパンとスープの味はわかるようになったし、それを一日の「楽しみ」にすることを知っている。それで何が変わるわけでもないけれど、きっと今なら、友と本当の意味で共に食事を摂ることができるかもしれない、とは思う。

 もちろん、二度と叶わぬことなのだけれども。

 牢の外で、遠い日を思い出させる灯が、揺れる。

 

(『雨の塔』の囚人の独白)

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