29:冬の足音

 アレクシア・エピデンドラムは、もはや「いつも通り」となっているしち面倒くさい手続きを終えて、用意された椅子に腰掛ける。

 目の前には鉄格子、その向こうにはもうひとつの、今はまだ誰も座っていない椅子。

 この時間がアレクシアは好きだった。もちろんこれから始まる時間も好きだったが、この静寂はアレクシアに色々な想像を掻き立てさせる。例えば、鉄格子越しの椅子に腰掛けるであろうその人が、今日はどんな顔をしているのか、とか。

 今日は特に寒い日であるから、起き出すのも辛かったのではなかろうか。ここ『雨の塔』に暖房設備が整っているとも思えない。最低限、収容されている人間を生かしていられればよい、そういう場所なのだから。そのような場所に置かれたその人が何を思い、どのように過ごしているのか。それを考えるのも、アレクシアの楽しみの一つなのだった。本当ならば、動くのも億劫なのではなかろうか。そんな中で呼び立てたアレクシアを恨みがましい目で見てくれやしないか。

 ――かの人に限って、そんな顔をするはずもない、とわかってはいるのだが。

 かの人は冬のようだと、妹のアントニアは漏らしていた。アレクシアも、あのうだるような夏の日に立つその人を知っている。『雨の塔』の外で最後に見たその人は、確かにたった一人、季節はずれの気配を纏って、凛と立っていたのだと思い出す。その姿を「寂しい」と思ったのは果たしてアレクシアだけだったのか、否か。

 だから、と言うべきかはわからないが、アレクシアはその人について知りたいと思っていた。別に、寂しさを紛らわせてやろうなどと考えたわけではない。単純に、何故、そんなに寂しそうなのかを知りたかった、それだけだ。

 それだけ、のはずだったのだが。

 ――わからないものだ。こうして、この場に足しげく通うことになろうとは。

 思ったその時、微かな音が耳を掠めた。足音と、金属同士が擦れる音……手枷と足枷の鎖が立てる音。それが「かの人」の来訪を告げる音であることを、当然アレクシアは知っている。徐々に近づいてきた音が、やがて扉の開く音と重なる。

 それと同時に、アレクシアは唇を開いた。

「やあ、叔父さま。今日は随分寒い日だな?」

 

(『雨の塔』にて、面会人の視点から)

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