15:オルゴール

「これは自鳴琴ですか?」

 リリィが、机の上に置かれた小箱を指して言う。ロージーは「そう」と頷いて、小箱を取り上げる。螺子を巻いて小箱の蓋を開けば、内側に仕込まれたからくりが動いて、ロージーにとっては懐かしい音色を奏でる。

「父さんが、旅のお土産にくれたんだ」

 ロージーの父はつい最近亡くなった。だから、これも形見の一つになってしまった。旅がちの父との記憶はそう多いものではなかったけれど、この自鳴琴の音色を聞くと、自然と父の後姿が思い浮かぶ。

 懐かしいな、と。つい言葉が唇から零れ落ちる。

 もう二度と会えない人のことを思っても仕方が無いというのに。

 そんなことを思いながらリリィを見やれば、リリィは机の上に置かれた小箱をじっと見つめながら、何かを思案しているようだった。

「リリィは。……何かを懐かしいと思うことは、ある?」

「ボクにはありませんね」

 即答だった。

 それは、何もリリィという少年――そう、リリィがこの女学院にとある事情で潜入している唯一の「男子」であることを、ロージーだけが知っている――がロージーよりずっと幼い、ということばかりが理由ではないのだろう。

 リリィはどこか浮世離れしている少年だ。少女の装いをしているときも、そうでないとき――例えば今、こうしてロージーと二人きりで向き合っているときだ――も、黒い目ははるか遠くを見ているよう。実際に、ロージーが見ているのと同じものを見ているはずなのに、鋭い観察眼でロージーが気づかなかったもろもろを暴き立てるのだから、ロージーのリリィに対する感想はそう間違ったものでもないと思っている。

 そのリリィは、ちいさな唇にほっそりとした指を添えて、それからぽつりと言った。

「でも。ロージーが懐かしいと思うのは、自由です。自由だし、そういう『気持ち』がきっと、大切なものであることは、ボクにだってわかります」

 静かに紡がれた声は、しかし、ロージーが想像していたよりもずっと強い響きをこめていた。呆然とリリィを見下ろしていると、リリィはついと視線を上げてロージーを真っ向から見つめてくる。

「ボクは人並みの心を持たないけれど。そういうものを守るために、ここにいます」

 そう、そうだ。

 リリィはロージーと向き合うと、いつもそう言う。自分は人並みの心を持たないのだと。

 けれど――本当に、そうなのだろうか。

 凛と背筋を伸ばして立つその姿に、ロージーを見つめるその瞳に、確かにロージーと同じような感情の色は見えないかもしれない。しかし、ロージーに投げかけるその言葉の強さと、優しさは……、果たして、リリィが意識して「つくった」ものであったのだろうか。

 とはいえ、その思いはまだロージーの中で言葉にはならないまま。

「そっか。……すごいな、リリィは」

 それだけを、言葉にする。

「仕事ですから」

 普段どおりの返事を返すリリィは、つい、と視線を自鳴琴に戻す。

 かくしてロージーとリリィは小箱を見つめる。懐かしい音色がゆるやかに速度を落とし止まるまで。

 

(クイーンズレイク女学院の寄宿舎の一室にて)

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