Day7 天の川

 向日葵と椿は池谷家の離れで暮らしている。暮らしている、といっても離れに帰るのは寝る直前で、夕飯も風呂も母屋でいただいている身なので気楽なものだ。


 離れも家の敷地内にあるが、母屋の裏口から離れの玄関まで二、三メートルほど歩く。椿はいつもこの距離で空模様を楽しんでいる。


 例年より早く梅雨明けした七夕の夜、椿は今日も立ち止まって空を見上げた。それに気づいて、向日葵も隣で足を止めた。


「天の川見える?」


 尋ねると、椿は「ううん」と答えた。


「言うて天の川の旬は新暦だと八月なんやけどな」

「旬っていう言い方はどうなのかわからんけど、まあ、そういえばそうだね」


 沼津は地方だがそれなりに人間が住んでいる。北は愛鷹山、南は人間の住む里、となると自宅での天体観測は少々難しい。あんなに人が住んでいるのに夜は真っ暗になる京都とさほど変わらないはずだ。それでも星空を楽しめるのは単に椿の心持ちの問題で、沼津に来てから彼はようやく空を見上げる心のゆとりを得たのだと思う。


「天の川が見れたら何をお願いしようかな。椿くんと一生一緒にいれますようにーかな」

「天の川に願掛けするものとは違うんと違う?」

「でも笹に短冊を吊るすのは織姫と彦星が願いを叶えてくれるからなんじゃなかったっけ。短冊なんて書いたの小学校以来だけど」


 すると椿が小さく笑った。


「僕今年短冊書いたで」

「えっ、どこで?」

「地区センターで。大河ドラマの関連スポットまとめみたいなマップもらえるって聞いてもらいに行ってきてんか。そしたら笹飾ってたわ」


 ひまなやつだ。


「何て書いたか聞いてもいい? ひとに聞かれたら叶わないんだっけ?」


 彼は少し向日葵の顔を眺めてから、ふっと、自然な流れで向日葵のこめかみに口づけをした。


「向日葵さんと一生一緒にいられますように」


 向日葵は顔が真っ赤になるのを感じた。


「僕機織るしひいさん牛牽いて」

「やだよ、そしたら年に一回しか会えないじゃん」

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