Day19 氷
暑い。こんな天候で長時間外遊びをしていたら熱中症になる。
それはわかっているのだが、だからと言ってよその子に涼を提供してやる義務はない。
椿は茶屋の中に集まった近所の氏素性の知れぬ子供たちを見下ろして溜息をついていた。
創業明治、築百数十年の茶屋の店内には茶を
「おい、つばき、お前ぼーっとしてないでおれらの勉強見ろよ」
それでも座卓について学校の宿題のドリルをしているだけまだマシか。夏休みに入る前、学校の放課後に来る時はニンテンドースイッチを振り回したりここに荷物を置いて近所の公園でサッカーをしたりとやんちゃでたまらなかった。小さい頃からおとなしくて落ち着いていた椿にはとてもではないが制御できない。親は何をしているのだろう。
「お前、ひまなんだら?」
「それがひとにものを頼む態度か」
うち一人が何を思ったのか椿が着ている浴衣の裾をつかんで持ち上げた。足を晒された椿は「ひゃっ」と悲鳴を上げてから裾を押さえた。
「パンツ見えなかった」
「見たかったんか」
奥から笑い声が聞こえてきた。顔を向けると祖母の花代が奥の従業員控え室から出てきたところだった。
「だめじゃあんたち、うちの婿殿に悪さして。追い出すぞ」
「ばあちゃん!」
口では厳しいことを言いながらも、表情はにこやかかつ穏やかな笑顔で、目にはなんとなく優しさもある。
彼女は手に大きなお盆を持っていた。
鼈甲色の古き良きお盆の上には手のひらよりひとまわり程度大きなガラスの器が六つ載せられている。そしてその器には細かく削った氷の山が盛られている。とろみのある緑のソースと練乳がかけられている。
「かき氷だ!」
なんとおいしそうなのだろう。
「ほら、お食べ」
彼女はそう言うと子供たちが群がった。それぞれガラスの器を手に取り、嬉しそうな声で「つめてえ、つめてえ」と騒ぐ。
「どうしはったんですかそれ」
五つ目のかき氷を「あんたの分」と言いながら手渡す。六つ目は自分の分なのだろう、カウンターに置く。
「お腹冷えるといけないからお湯も沸かしたよ。あったかいお茶も淹れるからね」
子供たちは「べつにいい」と言いながら夢中でかき氷を食べているが、胃腸も丈夫ではない椿は「ありがとうございます」と言った。
「僕手伝います」
「ありがとね」
二人連れ立って奥の控え室に向かう。
「いやあ、最近駄菓子屋とかもなくなっちゃったからねえ。わたしゃこの店が子供の溜まり場になってもいいと思ってるだよ。そしたら親がお茶や乾物を買ってってくれるしねえ」
「僕嫌です。僕が面倒見なあかんやないですか」
「そうさね、本当は子供を預かるとなると保険のこととかも考えなきゃいけないしいろいろ難しいんだけど。せめてばあちゃんの目の黒いうちはさ」
そしてぽつりと呟く。
「こんなバカ暑くても家にいらんない子らだよ。察するものあるら」
ここに来るまでドキュメンタリーやルポルタージュでしか知らなかった世界だった。そう言われてしまうと、椿には何も言えなくなってしまう。
「それにかき氷をうちの商品として出してもいいね。茶屋としてのあり方というか、あの座敷をイートインコーナーにするとかどうかね」
「それってやっぱり僕が出さなあかんことになるんでは?」
「ふっふっふ、がんばれがんばれ椿」
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