Day20 入道雲

 灼熱の空の下、大勢の観客が歓声を上げている。滝のような汗をかきながら金管楽器を吹く少女たち、熱中症にならないか心配するほど黒い学生服のいかつい少年たち、涙を流す保護者たち、すべての人が渾然一体となって叫び声を上げながら一喜一憂している。


 冷めているのは椿一人だけだった。


 白いユニフォームを着た、真っ黒に日焼けした少年が、マウンドからボールを投げた。


 同じく、また別のロゴの入ったユニフォームを着た体格のいい少年が、向かってきたボールをバットで打った。


 カキーン、という金属がぶつかったような軽く明るい音がした。


「ぎゃああああ」


 椿の隣で向日葵とその他大勢が悲鳴を上げた。


 もう帰りたい。


「何が楽しくて知らん高校の野球見なあかんのや……」

「知らん高校じゃない! わたしの母校!」


 向日葵が応援しているほうが一点を奪われた。だいぶどうでもいい。


 それにしても暑い。頭上を遮るものがない。農作業用の大きな帽子をかぶりUVカット加工の長袖パーカーを着てきたが日焼けしそうだ。ペットボトルごと凍らせたスポーツ飲料を飲む。倒れる人間が出ないか心配になる。特に吹奏楽部の子たちと応援団の子たちは大丈夫なのだろうか。


 同じ高校の卒業生と思われる老若男女が涙ながらに応援歌を歌う。熱狂的だ。もはや宗教である。怖い。椿も宗教に謂れのある高校を出たがこの学校のそれとは違う。


 少年たちはその後は点を防いだ。バッターアウト、八回裏の終わりだ。大接戦で最後まで何が起こるかわからない。


「ヤバい、泣けてきた」


 目頭を押さえる向日葵に椿は引いた。


「そんなおもろいか?」

「おもろいというかなんというか、後輩が可愛いんだよ」

「後輩言うてもひいさん卒業してからだいぶ経つやろ」

「同じ高校に在籍してるってだけで可愛いんだよ! 自分と同じ高校の生徒を名乗る少年少女が活躍してると我が事のように嬉しい!」


 ベンチ周辺で野球少年たちのドリンクを飲む姿が見える。椿としては彼らが本当に可愛いのならこんな過酷なスポーツをやらせないでほしい。


「なんかほんと、少年少女ががんばってるのを見ると感動して泣けてきちゃうんだよ。わたし、おばさんになっちゃったのかな」

「そうなんかなあ。僕自分の母校の子らがどうなってもなんも思わんと思うわ」

「まあ、でも、ほんとはわかってるの」


 顎を伝う汗を首に巻いたタオルで拭った。


「こういうのも搾取かな、って。青春の搾取。卒業生による在校生への押し付け。こういう期待とか全部背負ってボールを投げるのキツくないかな、ってちょっと心配しちゃう時もあるけど──」


 涙も顎を伝っていった。


「そういう精神的つながりに救われる時ってあるから」


 白いボールが飛んだ。入道雲を背景に、どこまでもどこまでも飛んでいった。




 向日葵の母校はその試合に勝利し、次の試合に駒を進めた。


 気になった椿は、高校野球、京都、で検索して自分の母校がどうなっているか調べた。

 一回戦でボロ負けしていた。

 悔しい気持ちになってしまった。

 人生とは往々にしてそういうものなのだ。



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