Day21 短夜
向日葵はしぶしぶ目を開けた。膀胱がぱんぱんで下腹部に痛みすら覚えるようになっていたからだ。
こんなにつらいのだからきっと最後にトイレに入った就寝直前からすごく時間が経っているに違いない。カーテンの向こう側も明るい。そう思って枕元のスマホを見たらまだ午前五時である。あと一時間半くらいは眠れる。悔しい。おそらく昨夜家族で気持ちよく深酒をしてしまったせいだろう、普段ならこんなことはない。
早く用事を済ませてゆっくり寝直そう。
隣で寝ている椿を起こさないよう、布団をなるべく動かさないように配慮して抜け出る。抜き足差し足忍び足で布団を離れる。リビングのドアを開け、静かに廊下へ出ていく。廊下は思いのほか涼しい。
花を摘み終えてリビングに戻ろうとした時だ。
ドアが内側から開いた。
驚いて「わっ」と叫んでしまった。
ドアのすぐそこに椿が立っていた。
廊下の窓から差し入る日光で青白い顔が見える。
「起きちゃった?」
おそるおそる問いかけると、返事に替えて腕が伸びてきた。
早朝、リビングと廊下の境目で、リビング側にいる彼と廊下側にいる自分が抱き合う。ここで絵面だけ切り取ると相当ロマンチックなシーンだが、向日葵はアルコールの利尿作用にやられてトイレに行っただけなのでだいぶ居心地が悪い。
「椿くんどうしたの」
返事がない。
「いないと思った? びっくりした?」
ちょっと茶化して言ったつもりだった。ところが椿は素直に「うん」と答えた。
「出ていかはったから、どこ行ったんかと思った」
「起こしちゃった?」
「うん。すぐわかった」
彼は基本的に眠りが浅いのだ。
「僕に黙って行かんといて」
赤ん坊の親になった気分だ。トイレぐらい勝手に行かせてもらいたいものである。
「よしよし、大丈夫だよ、トイレ行ってただけだからね。すぐ二度寝しようね」
「起きてる」
「寝るの。寝なさい。まだ五時なの」
胸で彼の体を押した。彼がようやく身を離した。
「もう明るいで」
「五時なの。わたしは眠いの。寝るの」
「うん……はい」
向日葵は強引に布団へ入った。そして椿の着ている浴衣の裾を引っ張った。こうして促してやらないと永遠にこのままだ。再度「寝なさい」と繰り返した。
「もう明るいで。朝や」
「おやすみ」
「この時間にこんなに明るいのほんま夏って感じやな」
布団に戻りながらぼそぼそと呟く。
「でも、悲しなってくる。もう夏至を過ぎて一ヶ月やろ。これからどんどん夜明けが遅くなっていくんやで。夏が終わってまう」
向日葵は、何言ってんだこいつ、と思った。カレンダーはまだ七月だ。これからあと三ヶ月は暑い。暦でものを言わないでほしいものだ。しかしそれをそのまま言ってしまうと感受性が豊かで繊細すぎる彼を傷つけてしまうので、向日葵はやんわりこう言って逃れた。
「夏至なんて死ぬまでにあと六十回ぐらい来るよ。来年の夏至も再来年の夏至も、四半世紀後も半世紀後も一緒に夏やるから、心配せずに寝なよ」
椿が「うん」と頷いた。
向日葵はそのあと彼がどうなったか確認せずに十秒ぐらいで寝た。しかし次に目を開けた七時ちょっと前ぐらいにはちゃんと隣で寝ていたので、万事OKだ。
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