Day22 メッセージ

 椿のスマホが鳴き声を上げながら震え出した。見ると電話の着信だった。大学時代の共通の友人からのようである。相手が相手なので勝手に出ていい気もしなくもないが、一応スマホはプライバシーということで遠慮する。向日葵に秘密でやりとりしたいこともあるだろう。


 放っておいたらそのうち着信音が止んだ。切れたらしい。かわいそうな気持ちになったがプライバシーの尊重だ。


 そう間を置かずに椿が帰ってきた。


「電話鳴ってたよ」

「出てくれたらええのに」


 出ればよかったらしい。


浜口はまぐちやん。酔ってはんのやろ。ひいさんが相手して」

「しません。椿くんご指名なんだら」

「光栄やな」


 PINコードを入力してロックを解除する。いくつかタップする。簡易留守番機能の録音を再生する。案の定酒に酔っているとおぼしき浜口青年の大きな声が流れる。舌が回っておらず不明瞭だが、どうやら男友達で集まって名古屋で飲まないかという話らしかった。


「行ってくれば?」

「却下」

「なんで? 椿くんも友達と遊んだほうがいいよ」

「いやや。ひいさんが来いひん集まりには出えへん」


 画面をタップしながら「削除」と呟く。浜口青年の哀れなことだ。


「LINEか何か入れときなよ。無視しちゃだめ。せっかく気にかけてもらってるんだから多少はリアクションして」

「はいはい」


 そこで少し間が開いた。


 次の時、椿がとんでもないものを再生し始めた。


『ね、椿くん、元気してる? 風邪ひいてない? また入院とかしてたら怒るからね。わたしは元気だよ、いつもと変わらず、頑丈なのが取り柄だしさ』

「なんじゃそりゃ」


 向日葵の声だ。


『ね、……ね。返事ちょうだいね。たまには声聞きたいよ』


 つらそうな声だった。切羽詰まった、悲しい声だった。


『わたし、椿くんが元気ならなんでもだいじょうぶだからね。だから何かあったら連絡ちょうだいね』


 椿が「元気出る」と言ってから息を吐いた。


『またいつか会って話──』


 そこでおそらく六十秒の録音時間の区切りが切れたのだろう、声が途切れる。


「なに……?」

「去年の今頃にひいさんが電話くれた時の録音」


 それはわかっている。椿と向日葵が離れて暮らしていた頃の話だ。

 大学を卒業した時、お互いの進路のためにと言って一度別れたのだ。それから──椿が京都に残り向日葵が沼津に帰ってからの半年ほど、連絡が取れなかった時期があった。

 しかしその後結局椿が向日葵を追いかけて沼津まで来てしまい一緒に暮らし始めたのだから今や遠い過去の話である。


「なぜ消さない……?」

「落ち込んだ時に聞いてた。もう百回は聞いた」


 こじらせている。


「僕の宝物」

「今ここに生身のわたしがいるら」

「一番つらかった時期に聞いてたんやもん。僕にとってはめっちゃ大事なの」


 だがそれは簡易機能なので機種変をしたら新しい端末に引き継げない。古い端末を手元に残すという選択肢もなくもないがそのうち壊れて聞けなくなる。それまでに大丈夫になっていてほしいものだが。





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