Day5 線香花火
庭のほうから母の騒ぐ声が聞こえてきたので様子を見にきた。騒ぐ、といっても悲鳴ではなく笑い声なので何楽しいことが起こっているに違いないが、それでも大きな声は大きな声だ。
向日葵と椿は今向日葵の実家で生活している。家族は五人、向日葵と椿、父の
子供の頃はこれが当たり前だと思っていたので意識していなかったが、父と母はおそらく特別仲がいい。中高生のようにどうでもいいことで笑い合っているし、喧嘩することどころか険悪なムードになることすらほとんどない。日中は農業従事者の父が茶畑に出るので別行動の日も多々あるが、母もまめに製茶工場に足を運んではせっせと手伝いをしていた。
今日も二人で遊んでいるらしい。
庭にたどりつくと、父がどこからともなくバケツを出してきたところだった。母は手持ち花火のパックを持っている。
「何これ、なんか使いかけなんですけど」
「
「やだ、最低。あの子そんな危ないことしてたの」
「高校生の時だら」
ちなみに大樹とは二人の長男で向日葵の兄の名である。大きな企業に就職して社員寮に入ったので今は実家には不在だが、二人からしたらいつまで経ってもやんちゃで生意気で可愛い息子だ。
「もう十年ぐらい経つけど火ぃつくかな」
「花火って使用期限あったっけ。ビニールのパックに入ってるし保存状態はよさそうだけど」
母の手元の花火パックには線香花火だけ残っている。あの兄のことだからそういう情緒のあるものは苦手に違いない。
「そっか、火薬使い切らないと普通ごみで出せないのか」
「そういうこと」
父が庭の隅の蛇口からバケツに水を注いだ。
「使い切るぞ。明日ごみの日だからな」
「はーい」
母が線香花火をパックから出し、バケツのそばにしゃがみ込む。父がその花火の先端に百円ライターで火をつける。今時百円ライターが残っているとは思わなかった。どこから出てきたのだろう、我が家は誰も煙草を吸わない。父は若い頃にスナックを行脚していたというからその辺でもらってきたものかもしれない。
母が持っている線香花火に明かりが灯った。
その明かりに、父が口づけするように自分の持っている線香花火の先をつけた。
ぱちぱち、と火薬が爆ぜる小さな音がする。夕闇の中で火花が輝く。
それを一生懸命眺めている両親の姿を見ていると、向日葵は、自分たちもアラフィフになってもああでありたいな、と思うのだった。
夫婦二人の時間を邪魔してはいけない。向日葵は無言でその場を立ち去った。
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