Day13 切手

 妻の祖母に官製はがきを買ってくるようにと言われた。官製はがきとは、と少し考え込んだが、郵政民営化で消え日本郵便はがきに生まれ変わったそれのことを言うらしい。


 平成生まれの椿は、今時はがきとは、と思ったが、祖母の世代はまだまだアナログだ。みんな彼女のようにスマホを使いこなせるわけではない。我が家は農家であると同時に商売人でもある。毎年律儀にはがきを買って暑中見舞いを出しているのだそうだ。


 郵便局に入るのは何年ぶりだろう。


 椿は自分で郵便物を出したことがない。学校は専用サイトとLINEで事足りたし、社会勉強として始めて途中で面倒くさくなってやめた就職活動もネットで済んだ。子供の頃はまだ年賀状を書いていた気がするが、あれは手伝いの人に出しに行かせたのだか郵便局員に取りに来させたのだか。


 郵便局は、どうしてここに、というような場所にある。郵政省ができた時代に重要なインフラとして全国津々浦々に作られたからだと聞く。そういう謂れは知っているのに自分が利用するとなるとまた別だから、郵便局とはもはや史跡なのだ。


 一番近くの郵便局にたどりつく。日傘をたたみ、傘立てに置く。自動ドアを入ると古めかしいATMがあり、さらに内扉を入るとエアコンの冷風が吹きつけた。


 こじんまりとした郵便局だがカウンター窓口が四つある。そのうち一番左端の郵便のカウンターに向かった。


 対応してくれたのは長い黒髪をひとつに束ねた若い局員だった。新人だろうか、少しぎこちない。椿は内心苛立ちながらもにこやかに微笑んではがき百枚を注文した。


 待てど暮らせど百枚のはがきが出てこない。


 手持ち無沙汰であたりを見回す。


 壁に白い格子状の金網がぶら下がっている。そしてそこにS字フックのハンガーでシートのようなものが吊るされている。よくよく見てみるとどうやら切手シールなるものらしい。ミシン目が入っていて、それぞれ63円とか84円とかと書かれている。


 うち一枚に目を止めた。


 どきりとした。


 夏のグリーティングと書かれたそのシートの切手シールに、見事なひまわり畑の写真が使われていた。


 なんと美しいのだろう。ひまわりの花より可愛くて綺麗な花はこの世に存在しない。


 止むに止まれぬ気持ちでそのシートを手に取った。


 ひまわり、花火、青い海、入道雲──胸を掻きむしりたくなるほどの郷愁を覚える。


「これもください」


 手紙を出す予定もないのに手を出した。はがきを百枚数えていた局員が慌てた様子で対応した。




 数日後、椿は駅前の文房具屋で買ったはがきに万年筆で一筆添えて友人たちへの暑中見舞いとした。

 一番お気に入りの切手シールを貼って出したい相手はすぐそこで転がってYouTubeを見ている。



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