Day16 錆び

 向日葵の叔母の子、向日葵の従弟妹にあたる子に実花とれんという姉弟がいる。姉の実花が中学二年生、弟の蓮が小学六年生だ。


 この母子は三、四年前まで関東で暮らしていたそうで、離婚をきっかけに母の故郷である沼津に帰ってきたらしい。神奈川県川崎市、と言われても椿にはぴんとこないが、一応それなりに都会のようだ。都会は物価が高い。気候が良くて物が安い沼津のほうが暮らしやすかろう。


 今日の椿は義母に頼まれてこの母子の自宅を訪ねることになっていた。


 義母はとかく料理が好きだ。一昨日、彼女は大量の肉じゃがを作った。昨日、あえて残した肉じゃがを潰してコロッケを作った。揚げて、粗熱を取ってから、冷凍する。冷蔵庫の冷凍室が肉じゃがコロッケでドアが閉まらないかもしれないというぐらい膨れた。


 この肉じゃがコロッケ、どうやらくだんの姉弟も好きらしい。義母に、持っていきなさい、と言われた。


 ついでに、それとなく家の様子を見てきて、とも。


 一時間に一本しかない循環バスに乗る。


 目的地が近づいてくると、白くて四角い住宅群が見えてきた。巨大な建築物の集合体は物々しく見えた。


 バスを降りる。スマホでメモした棟、部屋を探す。これだけ多いとどういう順番でどうなっているのかわからなくて不安になる。


 やっと目的地についた。


 コンクリートの硬く冷たい外階段を上がった。エレベーターはない。手すりが錆びてぼろぼろになっていた。


 部屋の前に辿り着くとすぐインターホンを鳴らした。しかし誰かわからない相手なら基本的に居留守を使って出ないようにと言われているそうなので、間をおかず「椿ですけど」と大きく声を張り上げた。


 ドアの向こう側から足音が聞こえてくる。ドアが開く。まだ幼さの残る少年が顔を見せる。


「椿くんだ!」


 弟の蓮だ。


「待ってた」


 世の憂いを何も知らないかのように無邪気な笑顔だ。もう十二歳なのである程度の分別はついているはずだが──むしろわかりすぎて大人の涙を誘うほどだと言われるくらいなのだが、蓮はいつも明るい顔をしていた。


「お母さんが今日椿くん来るから待ってなさいってさ。来てくれてめっちゃ嬉しい」

「ほんま。ありがとう」


 冷凍コロッケが詰まったタッパー入りの紙袋を差し出す。


「これうちのお母さんが作った肉じゃがコロッケや」


 蓮が「やった!」と言いながら受け取った。


「伯母ちゃんが作ってくれるコロッケすげー好き!」

「喜ぶと思うわ」


 左手で紙袋を持ったまま、右手で椿が着ている浴衣の袖をつかむ。


「ね、ね、入って。一緒にモンハンやろ」

「モンハンってゲームやろ、僕そういうの苦手なんやけど。お母さんが帰ってくる前にお掃除とかお洗濯とかせなと思って来てんのやし、蓮も手伝うてくれへん?」

「ええー、つまんねえの!」


 椿は山盛りの洗濯物の前に膝をついた。蓮が真似をして隣に座った。

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