Day2 金魚
近所に
実花はまだ中学生で、彼女の母親は一人で学区の外に出ることを許可していない。したがって外出する先といったらもっぱら母親の生家であり今も向日葵の父親である伯父が住んでいる向日葵の自宅だ。
向日葵が会社から帰宅すると、今日も実花が自宅の居間にいた。
しかし今日の実花はいつもの中学の体操着ではなかった。
紅白の金魚が泳ぐ、紺地の浴衣を着ていた。
「ひまちゃんおかえりなさい!」
実花が無邪気に寄ってくる。
「ねえねえ、可愛い? おばあちゃんが着せてくれたの、お母さんが若い頃着てた浴衣が見つかったって言って」
祖母の
「可愛いよ! すごく似合ってる」
向日葵は少し大袈裟に言った。しかし本心だ。あどけない顔の実花には可愛い金魚がよく似合う。
「今度の夏祭りこれ着て行こうと思ってさ。またおばあちゃんが着せてくれるって言うからお願いしようと思って」
「いいね。わたしも夏祭り浴衣着よう。ネット通販のセールで買った浴衣が箪笥に眠ってるの引っ張り出してくるわ」
「わーっ、ひまちゃんの浴衣楽しみーっ!」
居間の障子が開いた。目を向けると椿が入ってくるところだった。実花の頬がぽっと赤く染まった。
「ねえ、椿くん、どう思う? 浴衣、可愛いかな?」
彼は間髪入れずに微笑んだ。
「かいらしいな。よう似合うてる」
実花が相好を崩した。
「七時やで。帰り。お母さん心配しはらへん?」
「あっ、もうそんな時間? 帰る帰る」
祖母のほうを向いて「このまま帰っていい?」と尋ねる。祖母は当然「いいよ」と返した。
「じゃあね! またね!」
足音を立てて玄関のほうに移動する。見送るために向日葵も後をついていった。そのさらに後ろを椿がついてくる。
実花が戸を開けて出ていってから、向日葵は椿に尋ねた。
「ほんとに可愛いと思ってる?」
彼は、にこ、と腹黒い顔で笑った。
「なんや僕迂闊に人を褒められへんな。すぐ疑われてまう」
「ふっふっふ。何年の付き合いだと思っているんだ」
「思ってるで。お子様は金魚がよく似合うなーと思ってます」
「ほう」
椿がひとのファッションを褒める時の正解は、わるないな、である。向日葵は実花に知られないことをせつに祈った。
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