Day27 水鉄砲

 最近、祖母が、終活、と言いながら身辺整理をしている。まだ八十前だし体に不調がないのでちょっと気が早いではないかと思うが、孫の婿に店の経営を教えていると、自分の身の処し方、本格的な隠居について考えてしまうらしい。


 彼女が実際に天に召されるのが十年後になるか二十年後になるかはわからない。けれど、子、孫からしたら、自ら荷物を減らしておいてくれるのはありがたいことではある。物事には理屈だけでは割り切れないこともあると同時に感情だけではどうにもならないこともある。


 今日、彼女は明日の埋め立てごみに備えて蔵の整理を始めた。戦前からある蔵を一日二日で整理できるわけがないが、思い立ったが吉日だ。力仕事になるのに備えて息子夫婦、つまり向日葵の両親と、孫夫婦、つまり向日葵と椿も駆り出している。この暑い中でも家族仲がよろしい。


「ひゃー」


 祖母が半壊している色褪せた箱を持ってきた。大きな箱にはビニールプールの写真が使われている。


「やだぁ、これ、広樹たちが使ってたやつだよぉ。由樹子ゆきこが一歳の時に大きいおじいちゃんが買ってくれたやつぅ」


 由樹子とは父広樹の姉、向日葵の伯母だ。彼女が現在五十七なので、たいへんな年代ものだ。


「もう骨董品だなこりゃ」

「まだ使えるの?」

「わかんない。最後に使ったのいつだっけ? ひまが幼稚園に入る前じゃないの」

「二十年前ってこと?」

「とにかく開けてみるべ」


 箱から取り出し広げようとすると、ビニールとビニールが張り付いていてぺりぺりと音が鳴り、カスのようなものが落ちてきた。祖母が「やめよう、やめよう」と止めた。


「そのまま捨てよう。次はまた新しいの買おう」


 箱に押し込んで蔵の壁に立てかけるように置く。


「ビニールプールと一緒にこんなの置いてあった」


 次に出てきたのは、黄色い胴体に赤い筒のついた、プラスチックの鉄砲だった。子供のおもちゃにしてはなかなかの大きさだ。これも日に焼けたのか少し色がぼけている。


「なつかしい! 俺と正樹が遊んでたやつじゃん!」


 父が銃を構えた。なかなか立派な銃であり、大人の彼でも両手でなければ抱え切れない。赤いタンクにはそれなりの量の水を溜められそうだし、ポンプを使えばかなりの水圧になるのが想像できた。


「そして大樹とひまにも受け継がれた」

「いやあ、なつかしいな。大樹、通りすがりの近所のじいさんとかにも発砲してたな」

「あの子は本当に次から次へとそういう悪さを」


 まだ青い鉄砲と赤い鉄砲が出てきた。青い鉄砲は椿が、赤い鉄砲は向日葵が受け取った。


 落ち着きがないのは兄の大樹だけではなく父の広樹も一緒だ。むしろ彼から息子に遺伝したものとみえる。


 母の花代と妻の桂子は必死に蔵の中を片づけているというのに、広樹は納屋からバケツを持ってきた。


 庭の隅にある水道の蛇口を捻り、中から井戸水を出す。バケツに溜める。そして水鉄砲の筒の先端を水につけ、タンクに水を装填し始める。


「ばーん!」


 父に水鉄砲で撃たれた向日葵は、「このやろう!」と叫びながらバケツに自らの水鉄砲を突っ込み、水を注入した。


「おりゃー!」

「ぎゃー!」

「ばんばんばん!」


 やはり凝ったつくりの大きな水鉄砲の威力はそれなりに強い。向日葵は「痛い、痛い」とわめきながらもさらに水を充填して父を撃ち続けた。もちろん父からの反撃も受けている。掃除のためと思って適当なTシャツとジャージを着ていてよかった、全身ずぶ濡れだ。


「ばーん!」


 何を思ったのか父は次に椿を狙った。ぼーっとしていた椿の背中が水に濡れた。


「つめたっ」

「敵に背後を見せるな! 背中の傷は武士の名折れだぞ!」

「誰が武士や、あんたら農民で僕公卿や」

「油断してると死ぬからな、ここはそういう残酷な世界なんだ」


 何の話やら父が盛り上がっている。楽しくなってきた向日葵も父に続いて「そうだそうだ」と叫んで銃を掲げた。


「サバイブ! サバイブ!」


 椿が肩を怒らせた。


「復讐したる!」


 椿も水鉄砲をバケツに突っ込む。タンクに水を溜め、舅に狙いをつけて撃とうとする。引き金が、すか、と鳴った。空振りだ。広樹が「やーいヘタクソー!」と煽った。


「撃て、撃てー!」

「やめぇ! やぁ! ちょっと!」

「ばんばん! ばん!」


 祖母の一喝が響いた。


「こらっ!」


 三人ともぴたりと動きを止めた。


「いい年した大人が何やってるだ! 最初の目的を思い出しな!」

「はい……ごめんなさい……」


 ずぶ濡れの姿で頭を下げた。しかしいい気分転換だった。灼熱の空の下水浴びは最高だ。


「これはとっとこうぜ。まだ使えるし、そのうちプレミアつきそう」

「賛成!」



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