Day24 絶叫
風呂場の手前、脱衣所のほうから椿の悲鳴が聞こえてきたので、向日葵は食後のデザートのプリンを置いてそちらに駆けつけた。
「なに!? どうしたの!? 虫!?」
無遠慮に戸を開く。裸にボクサーパンツを身につけただけの姿の椿がこちらに背を向けて立っている。
「ど、どないしよ」
「なにが?」
「体重が減ってもうた」
よく見ると、彼は体組成計に乗っていた。年齢と身長を登録しておくと自動で体脂肪率やBMIを測定してくれるタイプの体重計である。カインズで三千円で買ったもののわりには有能で家族五人分登録してある。
そばにしゃがみ込んで、体組成計のデジタル表示を見つめる。ボタンを押すと、ぴ、ぴ、と音を立てて数字が切り替わっていった。
53.1kg、172cm、BMIは17.95。
「こらこらこらこらー!」
立ち上がって椿の側頭部をはたいた。椿が「えーん、えーん」と泣き真似をした。
「18より下になったらだめって言ったでしょ! なんでちゃんとご飯食べないの!」
油断も隙もない。せっかく向日葵とその母がせっせせっせとたんぱく質と脂質の多い食べ物を与えているのにとんだ裏切りだ。
「食べてるもん! 一緒に食べてるやん見てるやろ!」
「まあ……、言われてみればそうだけど」
「ショックやわ。僕が一番ショック。もうしばらく立ち直れへん」
向日葵の肉を分けてやりたい。中学高校と運動部で大学のバイトも今の農作業もほぼ肉体労働の向日葵はかなり筋肉質だ。しかもスイーツとアルコールが好物の体は少し怠けるとあっという間に脂がのるので、毎晩YouTubeの筋トレ系YouTuberの動画で三十分以上運動している。
対する椿は幼い頃から食が細く、長らく和服でごまかしていたが剥いでみると見ていて不安になるほどやせている。こんな体では菌やウイルスへの抵抗力などあるわけがない。
結婚する直前などストレスでほぼ絶食状態だったらしく、二十二歳男性にして体重が四十キロと完全に病気の域だった。入院を勧められたのを嫌がって毎日栄養点滴をしてもらいに通院したのも記憶に新しい。
それを思うと五十キロを超えている今は食べる側の椿も食べさせる側の向日葵もよくがんばったものだ。
「なに騒いでるだ」
後ろから声をかけられた。振り向くと祖母が廊下からこちらを眺めていた。椿は恥ずかしがって戸を閉めようとしたが、向日葵が戸を押さえて止めた。
「椿くんの体重がまた一キロほど落ちてしまった。せっかくBMIが18を超えたと思っていたのに」
「BMIなんかあてになんにゃあだよ。大事なのは体脂肪率と筋肉量だら」
祖母はそう言いながら脱衣所の中に入ってきた。体組成計のそばにしゃがみ込み、ボタンを操作する。ぴ、ぴ、と音を立ててデジタル表示が入れ替わる。
椿が「あっ」と声を上げた。
「筋肉量が増えてる」
「そう、体脂肪が減っても体重は減るもんでよ。それに一キロくらいは水分とおトイレで変わっちゃうからね。気にするこたないさ。ダイエット歴七十七年の私が言うんだから間違いない」
「やったー! 僕今人生で一番健康!」
向日葵はほっと息を吐いたが、安心するにはまだ早い。何せ向日葵が五十六キロなのである。それよりは重くなってほしい、と思いつつとりあえず今夜はそのまま風呂に入るよう促した。
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