Day8 さらさら
蒸し暑い。拭いても拭いても汗が出てくる。せっかく風呂で流しても風呂上がりの暑さでまた汗をかくのがつらい。
向日葵は脱衣所の床に全裸で座り込んで自分の体にボディミルクを擦り込んでいた。汗で流れてしまいそうだ。かといってさすがの向日葵もこの姿でエアコンの効いた居間に行けるほど恥知らずではない。せめて下着を身につけてからだ。そして下着の下の肌の手入れをするにはここでこうするしかないのだ。
ボディミルクのボトルがすかすかと鳴った。残り少なくなっていたのでひっくり返して置いておいたのだが、とうとう押しても振っても液体が出てこなくなった。
向日葵は感動した。
その場で立ち上がって椿を呼びそうになってしまったが、我に返って、予備で置いておいたもう一種のボディミルクを塗り、下着をつけてから、脱衣所を出る。
居間のふすまを開けた。
「椿くん! べたべたするやつなくなった!」
本を読んでいた椿が振り返り、「服着ぃ!」と怒鳴った。初めて肌を重ねてから三年、結婚してから一年、何を恥じらうことがあろうか、と思うけれど彼は品格とか作法とかにうるさいからそういうことかもしれない。
しぶしぶパジャマにしているTシャツと短パンを身につけると、ようやく椿が口を利いてくれた。
「やっと使い切ったん? 長い戦いやったな」
実は、このボディミルクは間違えて購入したものだったのである。
このブランドのボディミルクのラインナップにはいくつか種類があって、中でも無香料というのには『さっぱり』と『しっとり』が存在する。向日葵が愛用しているのは『さっぱり』のほうだった。けれど椿にその次のボトルの購入を依頼したところ彼が間違えて『しっとり』を買ってきたのだ。
この過ちは痛手であった。『しっとり』がべたべたするのだ。安物なので捨ててしまおうかとも思ったが、プラスチックごみを処理する業者にも作ってくれた工場の人にも申し訳ない。仕方なく乾燥しがちな椿の肌にも擦り込んでやったが、さすがの椿も二十代男性である。二人して、べたべた、べたべた、と文句を言いながらせっせと消費していた。
「新しいのにしたよ! さらさらだよ!」
そう言って椿の手を取り腕に触れさせると、椿が顔を背けた。
「後でゆっくり触って確認する」
真面目な声でそう言われると、向日葵も照れてしまうのだった。
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