第12話

 気が付けば、六時間ぶっ通しで俺は魔獣を刈り続けた。


 ここのダンジョンのメイン魔獣は一角オーガとラウンドタートルのツートップらしい。

 後は俺が素手でも倒せるような雑魚魔獣ばかりである。


 ぶっ通しとはいったが、さほど疲れていない。何せ〈貪亀の呪い〉と〈菌毒の槍〉を打ち込み、あとは待つだけの簡単なお仕事。加えて〈霧隠れ〉を使えば、魔獣は完全に俺を捕捉できなくなり、その間昼食を取ったり、軽い仮眠を取ったりしていた。おかげさまで、心身共に充実している。


 俺としては、千年前の戦術が今でも通じることがわかったことだけでも大きい。

 千年も経てば、もう少し魔獣も知恵を付けるかと思ったが、獣は獣だったようだ。

 魔結晶もおいしいが、一角オーガもラウンドタートルも素材が高値で取引されている。ここで一気に路銀を稼いで、帝国を脱出することにしよう。


 手持ちで回収できる素材を拾い上げていると、遠くの方で金属が鳴る音が聞こえた。

 魔獣同士が戦っている音じゃない。剣戟の音だ。おそらく冒険者が戦っているのだろう。


「少し見に行ってみるか?」


 この辺りの冒険者の実力を知るいいチャンスである。

 俺は岩陰からこっそり覗き見ると、やはり冒険者たちが三体の一角オーガと戦っていた。


 冒険者は四人。おそらくパーティーを組んでいるのだろう。

 パーティーとは高位の魔獣や難関なダンジョンの攻略のために、複数の冒険者が協力して戦うことだ。パーティーを組むためには、目的の一致や、金、縁故採用など方法は様々だ。報酬が減るということももちろんだが、自分のクラスを明かさなければならないのも、デメリットの一つと言える。協力して戦う限り、仲間の力を把握しておかないと、連系が取れないからな。


 その連系面から見て、このパーティーはバラバラだ。

 高火力がありそうな前衛系のクラスが二人。一人は回復補助。一人は遠距離支援系の魔法使い。

 オーソドックスなパーティーだが、息がまるで合ってない。オラオラ系の前衛が傷を負えば、もう一人の前衛が補助を求めてくる。おかげで回復補助を役目とするクラスが大慌てだ。魔法使いの支援攻撃のタイミングもあっていない。おそらく急造のチームなのだろう。


「あんな無茶な戦い方をすれば、どっかで綻びが生まれれば、一気に抜かれるぞ」


 俺の心配は当たった。


「ぐはっ!」


 無茶ばかりしていた前衛の一人が、一角オーガの攻撃をまともに受けたのだ。

 まさに痛恨の一撃という奴だろう。個人にとっても、パーティーにとってもだ。

 一人前衛が戦闘離脱し、さらに回復補助担当がその回復に追われる。

 結果、前衛一人と魔法使い一人だけで、一角オーガ三体に当たることになる。当然、不利な状況だ。ペースは完全に魔獣の方にある。いくらクラス〝Ⅱ〟でも、まともにやり合って、一角オーガ三体に対して二人というのはキツい。


 それでも、残った前衛がかなり頑張っていた。

 その前衛は女冒険者だった。装備からして、クラスは【重戦士】だろう。

 藍色の長い髪に、青い瞳。随分と重装備なのに動きは軽快だ。おそらく〈装備重量軽減〉のスキルを持っているのだろう。重たそうなバスターソードを、軽い木刀でも振り回すようにして一角オーガの腕を断ち切る。剣筋も見事だった。


 こうして見て初めてわかったが、パーティーの中でもかなり突出した実力者らしい。

 とはいえ、魔法使いの魔力も切れて、旗色は芳しくない。

【重戦士】も踏ん張りきれず、ついには怪我を負った仲間のところまで後退した。 

 そこに一角オーガが殺到する。【重戦士】は再び構えたが、ここに来て一角オーガは唯一といっていい、スキルを使う。


〈地響き〉


 激しく地面を踏みつけると、地響きが起こった。

 通常なら失敗することの方が多いスキルなのだが、疲労が蓄積した状態でこのスキルは効く。

 たまらず【重戦士】は体勢を崩してしまった。反撃する前に、一角オーガの巨拳が襲いかかる。


〈魔法の刃〉!!


 まともに狙っても、今の俺ではさほどダメージは通らない。

 狙ったのは、一角オーガの足元だ。崩れやすい岩肌を抉り、一角オーガたちを転倒させることに成功する。さらに舞い上がった土煙が、一時的に冒険者たちの姿を隠した。


「今だ! 後退しろ」


「誰だ。お前は?」


「悠長に自己紹介してる場合じゃないだろ」


 すでに一角オーガが立ち上がろうとしている。


「速いな。だが、もう少し待ってくれないか?」


〈貪亀の呪い〉+全体化を、三回かける。

 単体に使うより効果は低くなるが、一角オーガの動きが目に見えて遅くなる。効果としては十分だ。

 ここで〈菌毒の槍〉といきたいところだが、あまり手の内は他の冒険者に見せたくない。

 どこまでやれるかわからないが、〈魔法の刃〉で押し通す。


〈魔法の刃〉+全体化


 青白い刃が一角オーガに襲いかかる。

 狙いは目だ。的は小さくなるが、動きが鈍ってるぶん狙いやすい。


『うががががががががががが!!』


 一角オーガが仲良く『目が……。目がぁ……』というリアクションをしていた。

 戦闘の最中だが、ちょっと面白い。

 しかし、易々と戦意が落ちる一角オーガではない。

 むしろ激昂し、突如戦場に踊り出てきた俺の方を向き、襲いかかってきた。


「よそ見していていいのか? お前たち、誰かを忘れてないか?」


「はああああああああああああああああああ!」


 裂帛の気合いが空から降ってきた。

 大上段から振り下ろした一撃は一角オーガの太い首を切り落とした。

 どぉっ、と倒れる一角オーガの横で、女の【重戦士】が着地する。鮮烈ともいえる藍色の髪を靡かせると、残った二体を見つめた。


「何者かは知らないが、助太刀感謝する。後は任せてくれ」


 それだけいって、【重戦士】は胸を叩いた。己を鼓舞するようにだ。

 スキル〈戦士の魂〉だろう。

 重ねがけはできないが、一度使うだけで攻撃力が五倍になるという恐ろしいスキルだ。


 くるりとバスターソードを回し、女の【重戦士】は躊躇わずに突っ込んでいく。

 一角オーガが打ち下ろしてくる拳をかいくぐりながら、懐に飛び込むと胴を両断する。

 返す刀で、最後の一体の足を切ると、倒れたところを袈裟に切り裂いた。

 何というごり押し。【重戦士】は攻撃に特化したスキルが目白押しだからな。中でも〈戦士の魂〉は近接系の中でも指折りだ。


「どこのどなたか知らないが、助太刀感謝する」


「大したことはしてないよ」


「いや、助かった。危なくパーティーが全滅するところだった。かたじけない」


 丁寧に【重戦士】は頭を下げる。随分と真面目な冒険者のようだ。

 そこにちょうど他の冒険者が集まってきた。もう一人の前衛も意識を取り戻したようだ。魔法使いに肩を貸されて、力なく項垂れている。


「見たところ、この辺では見ない顔だな。新人か?」


「今朝メルエスに着いたばかりだ」


「そうか。……何かお礼をせねばな」


「別にいいよ。それに人助けなんて当たり前だろう」


「おお! なんという高貴な考え方だ。素晴らしい! 是非お礼をさせてくれ!」


 こっちとしては、大したことはしていないことをアピールしたかったのだが、火に油を注いだだけだったようだ。何より圧が凄い。人懐っこい大型犬みたいに目を輝かせて、すり寄ってくる。さっきまでバスターソードを振り回して、一角オーガと戦っていた人物と同じにはとても見えない。


「じゃ、じゃあ……。ちょっとお願いしていいか?」


「任せろ。そうだ。申し遅れた。私の名前はミュシャ・フリップトン。ミュシャと呼んでくれ」


「クロノだ。よろしく、ミュシャ」


 俺はミュシャから差し出された手を固く握り返すのだった。

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