第12話
今日、ギルドで受け付けたのは、商隊の護衛だった。メリエスから馬車で3日のところにある街までの護衛。そこからその街にいる冒険者に護衛を引き継ぐことになっている。
割と依頼料が高めだったため受けたのだが、理由がわかった。
「商隊って聞いていたが……」
商隊は3つの荷台に馬が繋がっていた。その荷台に載っていたのは、格子の入った檻だ。珍しい動物でも閉じ込めているのかと思えば違う。動物は動物だし、珍しいかといえば元現代の人間としては珍しい。
「まさか荷が人間とはな」
人間――つまりは、奴隷だったのだ。
粗末な麻布の服に、足首を鎖で繋がれている。
先頭車両から人族の女性2人、家族と思われる3人組、そして最後の車両――殿の俺が引き受けることになった車両には変わった種族が檻の中に入れられていた。
「ケモ……耳…………」
思わず息を呑んだ。
そうだ。最後列の車両には獣人の娘が入っていた。
他の奴隷同様に麻布の服を着た真っ白な肢体に、否応でも目が引く薄い緋色の髪。頭にはぴょこりと三角形の耳がピクピクと小刻みに動き、如何にも柔らかそうなモフモフの尻尾が寝返りを打つように翻る。
賢者の頃の記憶を辿れば、獣人などさほど珍しいものではない。だが、現代人の黒野の記憶が否応なくディスプレイ越しに見た数々のケモノたちを思い出してしまった。
特に彼女は、俺が引きこもり時代に熱心に見ていたアニメのヒロインによく似ているのだ。
オタク心をくすぐられた俺は、つい格子の方に手を伸ばしてしまう。幸いなことに緋狼族と呼ばれる彼女は、他の奴隷たちが暗い顔を過ごしているのに、堂々と檻の中で寝ていた。
「ゾンデ・マンデーと申します。今日はよろしくお願いします、クロノ殿」
突如、俺の前に現れたのは黒のシリンダーハット、黒のタキシード、最後に黒眼鏡をかけた小男だった。特注と思われる杖をくるりと回すと、帽子の鍔を取り、頭を下げた。
「俺の名前を……」
「ほっほっほっ。あなた様は有名人ですからな」
「ほう……」
「そう警戒なさいますな。蛇の道は蛇と申しますでしょう。それよりもお目が高い。その商品に手を出されるとは……」
「緋狼族だぞ。確かに珍しい商品だな」
俺は疑いの目を向ける。
現代世界で言う奴隷と、ジオラントでいう奴隷の意味が違うことは俺も知っている。
前者は悪い意味だが、ジオラントでは奴隷商に雇われた労働力――といえばいいだろうか。言わば派遣社員のような立場にある。
ジオラントではこういった労働者は当たり前で、邪険にする必要はない。問題があるとすれば、この奴隷たちの出所だ。
働き口がなく、自分で奴隷として登録する者ならともかく、人間狩りや誘拐によって無理やり働かされている者もいる。
緋狼族は誇り高い獣人の一族だ。
そんな種族が、奴隷の道を選ぶとは思えない。
「ほっほっほっ。致し方ないとはいえ、クロノ様は誤解されております。いかがでしょう。目的地を向かうがてら、わたくしたちの商売についてご説明させていただいてもよろしいでしょうか?」
準備が整い、奴隷たちを乗せた馬車が出発する。
御者6人と医者が1人、護衛10人の商隊が西に向けて進発する。
俺は馬に乗りながら、最後列の馬車に付いた。
その荷台には先ほどの荷主であるゾンデが座っている。
唯一の趣味だという葉巻を味わいながら、説明を始めた。
「奴隷の買い付けはほとんどオークションです。そして、わたくしはここにいる全員を違法オークションで手に入れました」
「……はっきり言うな」
「事実ですからな。とはいえ、仮に見つかれば奴隷商の認可を取り下げられることはおろか、わたくしは縛り首になるでしょう。国もそれほど本気で、違法奴隷の摘発を行っています」
「それでも違法奴隷売買はなくならないんだな」
「はい。理由は色々ありますが、そのリスクを取っても違法奴隷が儲かるからというのが1番の理由でしょう。違法オークションに並ぶ商品は、野盗たちが攫ってきた人間です。お金を払って雇ったわけではないから、コストはゼロに等しい。加えて、足の付きづらい人材というのは、どのコミュニティを見ても貴重で喉から手が出るほどほしいものです。何せ何をしても許されるんですからね。法的に認可された奴隷を殺傷すれば、それは罪になりますが、違法奴隷は違いますから」
長い説明をした後、ゾンデは1度煙を吹かす。
円を描いた紫煙がのどかな青空に消えていった。
「結果、違法奴隷の値は釣り上がり、オークショニアは多額の運営費をかすめ取っていく。その味を知ったら辞めるなんてとてもとても……」
「あんたもその1人なのか?」
俺は厳しい視線を投げかけると、ゾンデは少し空を仰ぎながら行った。
「わたくしはそういう稼ぎ方が虚しいと思っただけです。といっても、足を洗ったわけじゃない」
「じゃあ、あんたの目的は一体なんだ?」
「わたくしは違法オークションから1人でも多く買って、教育を施し、奴隷たちが満足できる職場で働いていてもらっているだけですよ。やってることは真っ当です。ただ仕入れ先が真っ当じゃないだけです」
「その人たちは、元いた村に返したりはしないのか?」
「はじめはそういうこともしてましたね。でもね、クロノ様。人間狩りにあった村がまともに機能していると思いますか?」
そこでようやく俺はゾンデがやっていることの意味がわかった。
なるほど。言われてみればそうだ。人間狩りに遭遇すれば、村人はバラバラで各市場に送られる。まともに返ってくる可能性は限りなく低い。例え、帰れても村を再建するのは困難だろう。
「違法オークションを、国に告げ口したりしないのか?」
「すべて摘発するのは如何に帝国が強大でも難しいでしょう。イタチごっこですから。それよりもその市場の流れに逆らわず、安全な出口を用意することの方が、奴隷は幸せになると考えました。まあ、単なるわたくしの独善で、偽善ですけどね」
「いや、俺は賢いやり方だと思ったぞ。立派なことだと思う」
見た目は胡散臭いが、このゾンデって奴隷商、結構まともだぞ。
違法ではあるが、必要悪というヤツだろう。
「この緋狼族の娘もそうなのか?」
「ええ。村が獣人狩りに遭ったようです」
それまで悠長に喋っていたゾンデが突然顔を曇らせる。
「どうした?」
「いえ。少々この子には手を焼いていましてな。派遣先でもう2度、暴れて返されております。今回はそういうことがないようにと願っているのですが」
ゾンデは檻に入った緋狼族の方を見る。
手が掛かる子どもほど可愛いというヤツだろうか。
黒眼鏡でよく見えなかったが、一瞬ゾンデの顔が親のそれになっていた。
◆◇◆◇◆
1日目は実に順調だった。
商隊は予定通りの場所に魔獣除けの結界を張り、腹ごしらえと睡眠を取る。
と言っても、護衛の俺たちは時間ごとに夜番をしなければならない。
順番が回ってくると、俺は緋狼族の檻の前に立った。緋狼族はまだ寝ている。朝いた位置と全然変わらない。寝る子は育つというが、獣人もそうなのだろうか。
可愛い寝顔を見ていると、また悪戯心がむくりと起き出す。
俺は朝やったように手を伸ばした。
「ガルルルルル!!」
ガチッ!
鋭い音が夜気に紛れる.
次に聞こえてきた喉を鳴らす音だった。
結構な音だったから他の者を起こしただろうかと思ったが、みんなはぐっすり眠っていた。
「チッ! あともうちょっと近づいたら、腕ごと引きちぎってやったのに」
随分と物騒な言葉が聞こえると、猛々しく釣り上がった黄色の瞳とかち合った。
「お前、起きてたのか?」
「ええ。ずっとね。あんた、朝もあたしに触ろうとしたでしょ。この変態!」
「へ――――」
それはさすがに安直すぎないか。
とはいえ、家犬感覚で触ろうとした俺に非はあるか。
「悪かったよ。でもな。俺はお前に触ろうとしたわけじゃないんだ」
「はっ?」
「足元を見ろよ」
緋狼族の娘の足元には、クッキーの層の上にクリームチーズが載ったケーキが落ちていた。
「チーズケーキだ。うまいぞ」
「あ、あんたなんかから施しを――――」
ぐるるるぎゅぎゅぎゅるるぅ……。
盛大な腹音が結界内に響く。
勿論、俺ではない。
今、俺の前で顔を赤くしている緋狼族である。
「わ、わたしじゃないし……」
「その嘘は苦しくないか?」
そっぽを向く緋狼族の娘にツッコミを入れる。
「お前、自分で気付いてなかったのか。腹からすっごい音を立ててたぞ」
「う、うるさいわねぇ。別に鳴らしたくて鳴らしてたわけじゃないわよ」
「お前、いつからご飯食べてないんだ」
「人間の施しなんていらない。そのチーズケーキだって、きっと毒が入ってるのよ」
随分と人間を嫌ってるみたいだな。
「そんなことしないよ」
俺は自分のぶんを目の前で食べてみせる。うん。我ながらよく出来てる。クッキーのサクサク感に、チーズと檸檬の酸味がふわっと口の中に広がっていった。
賢者時代は仲間の料理を作るのは俺の役目だった。仲間たちは「塩味が足りない」「もっと甘いのにして」「人参嫌い」と注文が多かったが、相棒のミルグはいつも嬉しそうに食べていたっけ。
ミルグは俺が飼っていた神獣だ。
魔王を倒す前に寿命が来て死んでしまったが……。
そう言えば、ミルグが流した血から緋狼族という種族が生まれたんだっけ。
言わば、緋狼族はミルグの子どものようなものだ。
「ちょっ! あんた、今度は何? ご飯の次は泣き落としってわけ?」
「すまん。お前を見てたら、昔飼っていた神――――犬のことを思い出してな」
「飼ってた犬? そんなんで泣くの、あんた」
「ああ。大事にしてたからな。随分前に亡くなったが……」
「そう……」
そう言うと、緋狼族の娘は格子から手を伸ばす。
俺の手にあったチーズケーキをひったくると、一気に自分の口の中に入れてしまった。
ちょっと乱暴な感じで咀嚼する。
納得のいかないみたいな顔をしていた緋狼族の娘の顔が、一気に輝きを帯びた。
「おいしい! 何これ!! お肉より柔らかくて、果実よりも甘い。こんなおいしいもの初めて食べたわ」
「……そ、そうか。気に入っていただいて何よりだ」
「何よ。文句あるの? いいじゃない。あたしにくれるつもりだったんでしょ」
「それはいいんだが……。お前、さっき食べたのって、俺の食べかけだぞ。それって――――」
まあ、獣人だし。ケーキを初めて食べたような田舎娘に「間接キッス」って言ってもわからないだろう。
「はわわわわわわわわわ!!」
めっちゃ動揺してる。
めちゃくちゃ顔が赤くなってるじゃないか。
「知ってるのか、間接キッスの意味?」
「う、うるさいわね! 人間の話に聞いただけよ。べべべべべ別に、雄が食べたものを、めめめ雌が食べるなんて、あたしたちの世界ではいいいいい一般的なんだから」
おい。声が震えてるぞ。落ち着け。
でも、ちょっと安心だ。おっかない緋狼族かと思ったが、意外と普通の女の子らしいところもあるらしい。
「お前、名前は?」
「ミィミよ」
ミィミか。可愛い名前だな。
「俺は――――」
「クロノでしょ。聞いてた。あんた、変な人間ね。匂いもなんか普通の人族とは違うし」
それは所謂、現代の時に染みついた洗剤の匂いというヤツだろうか。まだ匂うとはな。
「短い間だが、よろしくな」
挨拶すると、ミィミはそっぽを向く。
しかし、尻尾だけは嬉しそうに翻っていた。
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