第8話

『うるるるるるるるるる……』


 ソウルマジックの唸りがあちこちから聞こえてくる。

 ずっと耳にしていると、頭がどうにかなりそうだ。

 手はあるんだが、もう1レベル足りない。おそらく手持ちの魔結晶を砕けば、スキルポイントは獲得できるだろうが、レベルが上がるかどうか、微妙なところだ。あと、もう三匹ほどはソウルマジックを倒すことができれば確実なんだが。


〈魔法の刃〉!


 ソウルマジックに向けて放つが、やはり〈回避〉されてしまう。

 さらにお返しとばかりに〈焔玉〉が降ってくる。魔力が弱いので、攻撃力こそ微々たるものだが、地味に面倒だ。すでに肌は赤くなり、ヒリヒリして痛い。逃げ回りながら攻撃しているので、いよいよ体力も尽きてきた。おかげで〈魔法の刃〉の精度がどんどん悪くなっていく。


 このままじゃ魔力が尽きる。せめて、もう一人いればなんとかなるのだが……。


(こんなことなら、マイナを連れてくるべきだったか)


 いや、それもそれでデメリットも多くなる。

 考えろ。打開する方法を……。一瞬だ。一瞬でいい。

 ソウルマジックの動きを止めることができれば。


「うおおおおおおおおお!!」


 突如、雄叫びが響き渡った。

 なんだ、と振り返った時、茂みの向こうから影が飛び出す。

 大きく飛び上がったのは、男の冒険者だ。白い柔道着の袖をビリビリに破いた胴着に、赤い鉢巻き。手にはフィンガーグローブをつけている。装備からして【モンク】だろう。

 弓を引くように大きく左拳を振りかぶると、ソウルマジックに拳を落とした。


〈正拳突き〉!


 裂帛の気合いが死霊の森に響き渡る。

 普通の魔獣や打撃に弱いスケルトンなら見事に決まっていただろう。

 だが、相手はソウルマジックである。通りぬけてしまった。


「ATITITITITITITITITIIIII!!」


 おまえけにソウルマジックに触れたことによって、余計なダメージを負ってしまう。

 着地までミスると、さらに地面の上でもんどり打った。


「なんだ、一体?」


 いや、詮索は後だ。この好機を逃す手はない。

 闖入者の登場にソウルマジックの動きが止まっていた。それは見逃さず、手をかざす。


〈魔法の刃〉! 〈魔法の刃〉! 〈魔法の刃〉!


 三匹撃墜することに成功する。すかさず魔結晶を砕いた。


『スキルポイントを獲得しました。スキルレベルを最大一つまで上げることができます』


 俺は迷わず、今もらったスキルレベルを[魔法]のスキルツリーに突っ込んだ。


『スキル[魔法]のレベルが3に上がりました』


『〈貪亀の呪い〉を獲得しました』


 速度を落とす魔法だ。

 だが、対称は一体のみ。目の前のソウルマジックすべてかけたいところだが、そんなことをすれば俺の魔力が尽きてしまい、〈魔法の刃〉を放つことができなくなってしまう。

 そこでこの知識を使う。


『〈弟子の知識〉によって、[魔法]が『全体化』されました』


 クラス【大賢者】のスキル〈弟子の知識〉。

 これによって、魔法を全体に向けて放つことができる。

 しかも、魔力消費は一回分だけで済むという、コスパ最高のチートスキルだ。


〈貪亀の呪い〉!


 覚えたばかりの〈貪亀の呪い〉を『全体化』して放つ。

 速度遅延の確率は運の要素もあるけど、一番大きな要素はレベルだ。

 俺のレベルが、向こうのレベルに勝っていれば、それだけデバフが通じやすい。


「OH! ソウルマジックの動きガ!」


 倒れていた【モンク】が叫ぶ。

 明らかにソウルマジックの動きが鈍ったが、まだ足りない。

〈弟子の知識〉による『全体化』は便利だが、効力が半減するというデメリットがある。

 けれど、半減するなら、もう一回かければいい。


〈貪亀の呪い〉!


 もう一度かけると、さらにソウルマジックの動きが鈍る。

 さっきと比べたら、ほとんど止まっているようなものだった。


「トドメだ!」


〈魔法の刃〉+全体化!


 俺の手から放たれたのは、無数の青白い刃だった。

 流星群のようにソウルマジックに襲いかかり、魔物たちが食らい尽くす。

 すかさず二撃目の〈魔法の刃〉を放つ。こちらも威力が落ちていた。

 しかし〈貪亀の呪い〉を受けたソウルマジックには、回避する術がない。

 まともに受けると、五十体以上いたソウルマジックは、すべて魔結晶になってしまった。


 まだまだ雑魚魔物とはいえ、五十体の魔物を一度に殲滅するというのはなかなか気持ちがいい。

 それに魔結晶もおいしかった。これで、2つか3つはレベルを上げることができる。

〈弟子の知識〉も覚えたし、ここでスキルツリー〈魔法効果〉を上げておくか。

 レベルを上げるごとに、魔力や魔力量、魔法耐性などが五%上昇するスキルだ。


「アナタ、スゴいですね」


 先ほど割って入ってきた【モンク】が話しかけてくる。

 金髪に、緑色の瞳。それに妙なイントネーション。おそらく海外から召喚された異世界人だろう。

 ふと思ったが、なんでイントネーションが微妙なんだ?

 ジオラントでは基本的に言語は共通化されるはずなんだが……。


「アレだけのソウルマジックを一撃で倒すなんテ。まるで『ロジウラ・ファイター』の裏ボスあつき惡鬼の隠し必殺技みたいだったネ」


「『ロジウラ・ファイター』? また懐かしいゲームを知ってるな、あんた」


「OH! ミーも『ロジウラ・ファイター』知ってマスカ? アレは神ゲーね!!」


 知ってるというか、コンシューマーゲームをやったことがある人間なら誰でも知ってるビッグタイトルだ。ゲームの大会は世界中で行われていて、熱狂的なファンが多い。ちなみにプレイしたことはない。対戦ゲームどうも苦手だ。


「てか、あんたの恰好って、もしかして『ロジウラ・ファイター』の……」


「イグザクトリー! 『ロジウラ・ファイター』の龍虎の衣装ネ。ワタシ、龍虎がとっても好きね。持ちキャラも龍虎ネ」


 異世界のダンジョンの中で、なんでゲームの話なんかしてるんだろう。


「ン? チョット待ってください。ミーの首から下げてる『アミユレツト護宝石』……。ワタシ、どこかで見たことがアリマス!」


「これを知ってるってことは、あんたがロレンツォか?」


「OH! イカにもセッシャはロレンツォであります」


 さっきまで「アタシ」って言ってなかったか。何故、「セッシャ」に言い換えた。


「そうか。俺はクロノ。あんたを捜してほしいって、マイナさんに頼まれたんだ」


「ほわっと? マイナ?」


「帝都のギルドであんたの帰りを待ってる。一緒にダンジョンを脱出しよう」


「おう……。それはおかしいですよ、クロノ。マイナは亡く――――クロノさん!」


 俺はロレンツォに突き飛ばされる。

 次の瞬間、目の前は真っ赤に燃え上がった。

 被弾したのはロレンツォだった。炎に包まれ、悲鳴を上げながら倒れてしまう。

 今のはソウルマジックの〈焔玉〉か。それも大量の……。


「あ~ら。外れちゃった……。うふふふ」


 クラッとするような蠱惑的な笑い声が響く。

 茂みの影から現れたのは、黒い髪に、黒い瞳。クラス【モンク】の女冒険者だった。


「あんたは、マイナさん!?」


「違います!!」


 叫んだのは、ロレンツォだった。

 その身体は真っ赤になっている。重度の火傷だ。それでも立ち上がれるのは、クラス【モンク】の体力補正と、表情にも浮かんでいる怒りから来るものだろう。


「クロノさん……。アレはマイナじゃありまセン。アイツこそ〝死体漁り〟デス」


「なるほど。ようやく全貌が見えてきた」


 俺がギルドで依頼を受けた時には、すでにマイナさんは死んでいた。

 ギルドにやってきたのは、マイナさんに扮した死体漁りだ。

 本来ならロレンツォも殺す予定だったが、逃げられてしまった。ダンジョン内は広い。一人でロレンツォは探せないし、向こうも死体漁りを警戒して、なかなか尻尾を出さない。

 そこでギルドに戻って、捜索隊を募った。それに俺が立候補したというわけだ。


「なるほど。この『護宝石』には追跡用の魔法がかかっていたのか」


 それなりに警戒していたのに、あっさりソウルマジックの罠にかかったのか不思議だったが、ずっと俺の位置を把握されていたのだ。ソウルマジックを操っていた死体漁りによってな。


「今頃、理解したの? ホントに間抜けなハズレ勇者様だこと」


 死体漁りは醜悪に微笑む。すると、パチッと指を鳴らした。

 茂みや枝葉の間から、ソウルマジックが現れる。

 レベルも高い。〈劣魔物の知識〉によれば、レベル12のソウルマジックもいる。

 いや、それ以前に問題なのは、死体漁りだ。ただの死体専門の追いはぎとは思えない。目の前の死体漁りからは、千年前にも感じた強者の気配がする。


「ソウルマジックを使役できてるってことは、あんたのクラスは【ソウルマスター】だな」


「あら。よく知ってるわね。そういうお勉強は好きなのかしら。その通り導きの星四つの高位クラスよ。あたしのクラスレベルを教えてあげましょうか? レベルⅣよ スキルツリーレベルは40!」


 クラスレベルがレベルⅣで、スキルツリーレベルが40。

 格上も格上だ。俺たちが冒険者初心者だとしたら、あっちは上級者の一歩手前。

 数の上でこっちが有利でも、文字通りレベルが違う。さらに向こうにはソウルマジックもいる。

 普通に考えて、勝算は薄い。


「クロノさん。あいつはわたしが引きつけます。今のうちに逃げてください」


「……そうだな。昔の俺なら真っ先に逃げていたかもな」


 そうだ。俺はいつも諦めていた。人を頼りにして、失敗すれば勝手に裏切られたと思って、人のせいばかりしていた。自分の理想ばかり押し付けてばかりいた親を許すつもりはないが、親の言うことを聞く方に諦めてしまった俺に落ち度がなかったわけじゃない。

 ここまで散々な異世界生活だが、ようやく光明が見えてきたんだ。

 それに【大賢者】だったことを思い出した今も、根本的な目標は変わっていない。


「異世界で変わるって決めたんだ。簡単に諦めてられるか」


 俺は先ほど倒したソウルマジック五十体分の魔結晶を壊す。

『スキルポイントを獲得しました。スキルレベルを最大3つまで上げることができます』


 お馴染みの『幻窓』が目の前に浮かぶと、そのすべてを[魔法効果]のスキルツリーに突っ込む。


『[魔法効果]のスキルツリーレベルが4になりました』


『魔力、魔力量、魔力耐性が20パーセント上昇しました』


「よし」


 俺は早速手を掲げる。


〈魔法の刃!〉


 プラス〈弟子の知識〉の『全体化』がかかる。

 複数の刃が周囲を囲んだソウルマジックに襲いかかる。


 パパパパパパパパパパパパパパパパパパ、パンッッッッッッ!!


 ソウルマジックは〈魔法の刃〉の餌食になっていく。

 魔力量が上昇したことによって攻撃力が上がったので、『全体化』していても一発で墜とせる。

 さらに発射速度も上昇したので、回避が難しくなったのも幸いした。

 ソウルマジックは一瞬で殲滅され、再び死体漁りだけになる。


 その死体漁りにも、〈魔法の刃〉が伸びていく。だが、死体漁りは回避どころか、動く素振りすら見せない。ただマイナの顔で俺を醜悪に微笑むだけだった。

 その死体漁りに〈魔法の刃〉が着弾した。けれど、何も起こらない。

 青白い刃は、ただ死体漁りに飲み込まれていくだけだった。


「ふふ……。魔法はあたしには通じないわよ」


「〈魔法吸収〉のスキルか……」


【ソウルマスター】というクラスについて、俺もよく知らない。

 レア中のレアクラス。ソウルマジックなどを操ることができるという以外に不明だ。

〈魔法吸収〉のスキルを持っているのも、今初めて知った。


「そこの[モンク]だけじゃなく、あなたもあたしと戦うっていうのかしら、勇者様? あたしのスキルツリーレベルは40。あなたたちのレベルは合算しても、精々レベル30ってところでしょ? 勝算はある?」


「勝算ならあるさ」


 俺は口角を上げる。

 そう。勝算ならある。スキルツリーのレベル差を埋め、死体漁りを破る方法が。

 さて――ジャイアントキリングと行こうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る