第7話

 マイナが受けようとしていたクエストは、俺が受けることになった。

 早速、クエスト受注の手続きをしてもらう。書類を整理している間、俺はマイナから事情を聞いた。


「私たちが受けたクエストは『死霊の森』と呼ばれるダンジョンのクエストです。そこの森の魔物は物理攻撃が効きません。私も仲間もモンクなので」


「はっ? 仲間もモンクなのか? よくそんなんで『死霊の森』を受注したな」


「死霊がそういう相手とは知らなかったので。報酬も多いし。……それにもうクエスト限定ですけど、一人【魔法使い】の仲間がいたので、ならと……」


「おそらく死体漁りだな」


「死体漁り?」


「新人冒険者をわざと難易度の高いクエストに連れ出して殺し、装備を漁る犯罪者だよ」


 ダンジョンでの殺人は立証が難しくて、不起訴になることが多い。ベテランが新人冒険者をダンジョンに連れ出し、パワーレベリングするなんてことはよくあることだしな。


 マイナと話しているうちに、クエストの受注の手続きが終わった。

 これで、クエスト時に発生した魔結晶やダンジョンで見つけたアイテムなどは、すべての俺の報酬になる。そこに加えて、俺は二つの条件を加えた。


「一つは俺一人で行くこと」


「え? 私も手伝いますよ」


「あんたが来たところで足手まといだ」


「そ、そんなはっきり言わないでくださいよ! 私、泣きますよ!」


 さっきから十分泣いてるじゃないか。


「二つ目は、持ってる装備を俺にくれ」


「え? 鉄甲とか、下着とかもですか?」


「お前、俺が一体何に見えているんだ?」


「ほ、ほら! 男の人が女の人に要求するのって、その……」


 俺をそこら辺のケダモノと一緒にするな。天然か、この女……。


「回復薬があれば、俺にくれってことだ。魔力回復薬ならなお有り難いがな」


「そんなんでいいんですか?」


 マイナは道具袋から回復薬を俺に渡す。

 もらった三本とも、安めの回復薬だが、俺には十分だろう。

 さらにマイナは首にかけていた『アミユレツト護宝石』を俺に差し出した。


「嘘か誠かわかりませんけど、一度だけ魔法の攻撃を防ぐ『護宝石』だそうです」


「いいのか? 結構高価なものなんだろう」


「仲間が私の誕生日にくれたものです。たぶん、それを見れば仲間も安心すると思います」


「仲間の名前は?」


「ロレンツォ……。ロレンツォです」


 こうして俺は帝都の西にある死霊の森へと向かうのだった。



 ◆◇◆◇◆



 夜になるのを待って、死霊の森のダンジョンが構築されるのを待つ。

 ダンジョンは同じように見えて、別世界の空間だ。その中で迷えば、救出するにはそのダンジョンが出現するのを待たなければならない。ただ幸いなのは、ダンジョンが閉じている間、時間が流れていないということだ。


 マイナの仲間――ロレンツォがダンジョンで孤立して、十四時間ほど経過しているが、実際向こうでは二、三時間くらいしか経過していないはず。なら、まだ生存している可能性は高い。


 しかし、一人での探索となるとダンジョンはあまりに広大だ。さらに付け加えると、ダンジョンが開いている時間は夜の七時から朝の四時ぐらいまで。半日もない。しかも、俺の装備は安価な回復薬三本だけとなると、潜っていられる時間は四時間といったところだろう。


 マイナにはすでに話したが、この回復薬が切れた時点で捜索は打ち切らせてもらうつもりだ。

 こっちも命があっての物種だからな。

 それに、俺がこのダンジョンに来たのは、人助けのためじゃない。

 金を稼いで、さらに強くなるためだ。


「早速、出てきたな」


 死霊の森を奥へと進むと、人魂のようなものが薄い霧のように現れる。

 最初は手で追い払える程度の弱いものだったが、次第に濃くなり、実体化していた。


『うるるるるるるるる』


 気色悪い声を上げて現れたのは、死霊系の魔物だった。



 ───────────────────────────────────────────

 【名前】 ソウルマジック  【ランク】 D  【クラス】 なし

 【スキルツリーレベル】 5 【スキル】 焔玉  【弱点】 聖

 【無効】 物理攻撃 【耐性】 聖属性以外

 ───────────────────────────────────────────



[劣魔物の知識]が俺に相手の情報を与えてくれる。


 マイナも言っていたが、こういう死霊系の魔物は物理攻撃が一切通じない。

 魔法系も一部耐性が合って一発とはいかない。方法は【弱点】である聖属性魔法かスキルを叩き込むこと。あるいは聖水を振りかけることぐらいだ。

 ただ聖属性魔法やスキルは【神官】や【魔法剣士】のような中位以上のクラスしか覚えない。高価な聖水はコスパが悪い。そもそもソウルマジックは低ランクであるため、報酬は中位クラスからみれば安価。結論として、コストが合わず、死霊系の魔物の退治はどこのギルドでも悩みの種なのだ。


 けれど、【神官】の〈浄化〉のスキルや、【魔法剣士】の〈魔法剣〉以外にも、ソウルマジックを一網打尽にできる魔法がある。

 無属性魔法だ。

【大賢者】がレベル1から覚えている〈魔法の刃〉は、魔法の中でも珍しい無属性だ。

 属する性質がないので、どんな魔物にも攻撃が通る。

 たとえ、死霊にでもだ。


〈魔法の刃〉!!


 青白い光が俺の手から飛ぶ。

 真っ直ぐソウルマジックに向かって行くと、死霊をあっさり切り裂いた。


『しゅるるるるるるるるるるるるるうっっっ!』


 もの悲しい悲鳴を上げ、ソウルマジックは一撃で消し飛ぶ。

 攻撃手段さえ用意できれば、この通りあっさり討伐できてしまう。

 はっきりと言って、俺からすればゴブリンやスライムの方がよっぽど手強い。

 カラリと落ちてきたのは、魔結晶だ。トロルほどではないが、ゴブリンを狩るよりは効率がいい。


「よし。この調子でどんどんソウルマジックを討伐していこう」


 死霊が蔓延る森の中で、俺の口端は自然と吊り上がっていった。



 ◆◇◆◇◆



 入れ食い状態だ。

 犬も歩けば棒に当たるというけど、死霊の森に入ればソウルマジックに当たるといったところだろう。次と次と俺の前に出てきては襲いかかってくる。魔物が連続して出てくるとなると、恐怖を感じるものだが、俺にはソウルマジック全部がスキルポイントにしか見えなかった。


〈魔法の刃〉! 〈魔法の刃〉! 〈魔法の刃〉! 〈魔法の刃〉!


 次々と現れるソウルマジックを、射的の風船にみたいに撃ち倒していく。

〈魔法の刃〉はレベル1の魔法だけあって、魔力消費も少ない。

 さらに言うと、クラス【大賢者】は魔力、魔力量ともに大幅に補正がかかる。

 レベル1の魔法を大盤振る舞いしたところで、大した魔力消費にはならない。

 しかも、ソウルマジックを一発でやっつけることができて、現状でもっとも高いスキルポイントが付与される。かなりのコスパだ。あっという間に、二十匹仕留めた。


 袋の中に入れる暇もなく、足元には魔結晶が転がっていた。

 それを一気に踏み潰す。


『スキルポイントを獲得しました。スキルレベルを最大三つまで上げることができます』


 トロル一匹と比べると、少ないと思われるだろうが、俺としては満足だ。

 スキルツリー――即ち[魔力効果][知識][魔法]が上がると、ゲームと同じく徐々にレベルが上がりにくくなっていく。高レベルになればなるほど、レベルアップに必要なスキルポイントが大量に必要になっていくのだ。


 だから、スキルツリーのレベルを上げるのは、慎重に考えなければならない。満遍なくレベルを上げれば、高ランク帯の魔物に対して火力が足りなかったり、逆に偏れば弱点が露呈して、弱い魔獣や魔物でも苦戦を強いられることがある。

 レベルを初期化するアイテム魔導具があったと思うが、高価で手が出せない。


 今、自分にとって何が必要で必要ないのかをきちんと見分ける目が必要だ。

 現代という世界を体験した後だからだと思うが、ジオラントを作った神様という奴は、ゲーム好きなのだろうか。異世界転移かと思えば、高度なMMOの世界でしたとか、なかなか笑えない。ただ残念なことに『幻窓』のどこにも、ログアウトボタンはなかった。


「振り分けはこんなところかな」


『スキル[知識]のレベルが10に上がりました』


『〈弟子の知識〉を獲得しました』


『スキル[魔法]のレベルが2に上がりました』


[知識]はひとまずこれでいい。[魔法]のレベルはもう少し上げておきたいかな。

 レベル3で一つ魔法を覚えることができたはず。

 それにしても、一度クラス【大賢者】を経験しているのは、かなりでかい。

 他の人間たちはクラスツリーでどういうスキルを覚えて、何レベルで何を覚えるかわからずにレベルを上げていくことになる。

 おそらく情報として売られているだろうが、これもまた高額だ。

 ここジオラントでは自分を知るためにも金が必要になる。俺が報酬にこだわるのも、そのためだ。


「ぬっ!」


 一瞬立ちくらみがする。魔力が尽き始めているのだろう。

 危ない危ない。まだまだ初期レベルだな。

 コスパ最高の〈魔法の刃〉を二〇発程度放っただけで、へばるとは……。

 ともかく魔力を回復させる必要があるな。


「こういう森の中なら一本や二本は生えていると思うのだが……、お! あった!」


 俺が見つけたのは、魔力茸だ。魔力を吸って生きる珍しい茸で、ダンジョンのあちこちで生えている。ただ名前こそ〝魔力〟茸だが、生で食べたところで魔力は回復しない。


 焼くとヘタの部分に魔力のエキスが浮かんできて、それを飲むと魔力が小回復するのだ。

 オススメは煮込み料理だな。液状化した魔力を余すことなく摂取することができる。味の感じ方は人それぞれといったところだ。


 俺は一本魔力茸を取って、縦に裂く。それは回復薬の瓶に無理矢理詰め込み、シェイクした。


『〈薬の知識〉によって、「回復薬」は「魔力回復薬」になりました』


 よし。成功。早速、作ったばかりの魔力回復薬を飲み干し、魔力を回復させる。

 軽い頭痛が吹き飛び、意識もぼやけていた視界もクリアになる。うまくいったようだ。

〈薬の知識〉は序盤で手に入るスキルとしては、チートだな。


 さすがにエリクサー霊薬ほどの上級の薬は作れないが、初期レベルの今ならこれで十分だ。

 回復薬はまだ二本ある。一本は万が一のために残しておくとして、あと一本を魔力回復薬に回せば、合計六〇匹狩れることになる。あと3か4かスキルレベルは上げれそうだ。


 空瓶を道具袋に入れて、俺は立ち上がった。


「ん? なんだ、この匂い」


 臭い。鼻が曲がりそうだ。だが、似たような臭いを嗅いだことがある。

 どこだったかな。千年前か。いや、違う。ならば現代か。

 色々考えながら、俺は臭いの元を辿る。現れた物を見て、俺は目を細めた。


「ほう……」


 こいつは使えるかもしれないな。



 ◆◇◆◇◆



 目標としていたレベルも近くなってきたので、本格的にロレンツォの捜索を始めた。

 これまで手がかりはない。マイナの話では、さほどダンジョンの奥ではないというが、ロレンツォが逃げ回って移動しているなら、話は別だ。それに同じダンジョン内にいると思われる死体漁りの同行も気になる。


「それにしても、さっきからソウルマジックが出てこないのは、どういうことだ? これじゃあ新兵器の試し打ちができないじゃないか」


 魔力を回復してから、二、三匹狩ったぐらいだ。これでは目標レベルに到達しない。

 そんなことをぼやいていると、ソウルマジックと出くわした。

 いつも通り〈魔法の刃〉で撃退しようとしたのだが。


「ちょっ! 逃げるな!」


 魔物が逃げるのは決して珍しいことじゃないが、今の俺のレベルで逃げるのか、普通。

 スキルツリー合計のレベルは12。ソウルマジックのレベルは5だ。

 ダブルスコアをつけてはいるが、逃げ出すほどではないはず。

 俺はそのまま追っかけると、突然開けた場所に出る。


「なるほど。そういうことか」


 開けた場所にいたのは、ソウルマジックの団体様だ。

 ザッと五十匹。かなりの数だが雑魚はどれだけ集まっても、雑魚だ。

 ただ問題は魔力だな。残り一本の魔力回復薬を飲んでも、五十匹倒せるか否かはわからない。

 俺はともかくいつも通り、ソウルマジックに〈魔法の刃〉を放つ。

 しかし、あっさりと躱されてしまった。タイミング、狙い、申し分なかったはずだ。


「躱された? こいつら、同じソウルマジックでも、レベルが高いのか」


『〈劣魔物の知識〉を使用しました』



 ───────────────────────────────────────────

 【名前】 ソウルマジック  【ランク】 D  【クラス】 なし

 【スキルツリーレベル】 9 【スキル】 焔玉 回避  【弱点】 聖

 【無効】 物理攻撃 【耐性】 聖属性以外

 ───────────────────────────────────────────



 なるほどな。

 俺が倒していたのは、言わば二軍。冒険者を調子に乗せて、森の奥へ引き込み、一軍メンバーで一網打尽にするという腹づもりか。


 とても低レベルの魔獣が考える戦術ではない。

 間違いない。ソウルマジックには参謀がいる。


(いや、もしかしたら、このダンジョン自体が冒険者を嵌めるために仕掛けられたものかもな)


 ソウルマジックに囲まれながら、俺はその向こう側にある敵の姿を想起していた。

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