第4話
「はっ!」
目を開いた時、すでに周りは真っ暗だった。空を見ると、星が瞬いている。すっかり夜になっていた。どうやら随分長い間、気を失っていたらしい。
気になるのは、夜空の星と一緒に浮かんでいた仮想窓だろう。
ゲームでよく見るウィンドのようなものが、俺の視界の真ん中に広がっていた。
そこには『固有スキル【│
「イテテッ!」
全身が痛い。トロルから受けた傷が癒えていないのだ。
その身体をよじらせながら、俺は周囲を窺う。目にしたのは、トロルだった。虚ろな瞳を俺に向けていたが、その土手っ腹に大きな穴を空いていた。散々俺に恐怖を与えた魔獣は身じろぎすらしない。死んでいるのだ。それだけでも十分驚くべきことだが、もっと驚くべき光景が目の前に広がっていた。
「なんだ、これ?」
穴だ。見える限りの大地に、無数のクレーターが空いている。
それも俺を避けるようにだ。
トロルは全滅。ダンジョン化した森すら消滅し、荒涼とした大地に変わっていた。
野生動物の鳴き声も聞こえない。静かだった。少なくとも半径十キロ圏内で生きているのは、たぶん俺くらいなものだろう。
これが【│隕石落とし《メテオラ》】の威力だ。ジオラントのはるか上空に浮遊する無数の隕石とアクセスし、大地に降り注ぐ魔法。その威力は――もう語る必要もないだろう。
半分無意識の中で使ったが、俺は覚えている。
いや、思い出している。
たとえば、今俺の視界に広がっているウィンドウ仮想窓は『げん幻そう窓』と呼ばれているものだ。
ジオラントでは、個人の能力はこのように可視することができ、魔法やスキルを使うには、頭の中でこの『幻窓』を開いて、起動する必要がある。こうやって目の前に浮かんでいるが、他人には見えない。ゲームみたいなシステムなのだ。
ちなみに【│
ちなみに何故英語と思われるだろうが、『幻窓』で使われる言語は使用者がもっとも理解しやすいものが用いられる。本来、日本語なのだろうが、転移する前はよくゲームをやっていた。『Y/N』はよくゲームで見るアイコンだから、選ばれたのだろう。
「危ない、危ない。いきなり街の前に半死半生の俺が飛んできたら、騒ぎになるところだった。昔はそのおかげで聖人だと疑われて、儀式やら祈祷やら忙しい役職を押し付けられたっけ」
俺は一旦『固有スキル【│
固有スキルは条件さえ揃えば、いつでも使うことができる。ただし一日一回だけだ。
俺は他の『幻窓』を広げる。自分の今の能力を映した『幻窓』だ。言わばステータス画面である。
【名前】 クロノ・ケンゴ
【ギフト】 おもいだす LV 1 【クラス】 大賢者
【スキルツリー】 LV 1
[魔法効果]LV 1 [知識]LV 1 [魔法]LV 1
魔力 5%上昇 賢者の記憶 魔法の刃
魔力量 5%上昇
魔法速度 5%上昇
【固有スキル】 【│隕石落とし《メテオラ》】
【│
「やはり、俺は元【大賢者】だったらしいな」
妙な感覚だが、俺には今、二つの記憶がある。
黒野賢吾として生きてきた現代の経験と知識。さらに今より遠い昔、ジオラントで活躍していた【大賢者】としての前世の記憶と知識である。
どうやら俺のギフト『おもいだす』は、前世の記憶と知識を思い起こすギフトのようだ。
ジオラントにいた時の名前はクロノ・ディルケルツ。
侵攻してきた魔族の大群を仲間たちと一緒に食い止め、魔王を後一歩まで追い詰めた男である。
ただ魔王との戦いの後の記憶がない。その魔王も討ち取ったかどうか定かではなかった。おそらく俺は死んだと思われるが、今のジオラントからは魔族も、魔王の気配も消えている。
そもそもティフディリア帝国なんて名前の国は、俺の時代にはなかった。
国の変遷などよくあることだから、これは置いとくとして、勇者召喚なんて魔法もなかったはず。
異世界の住民をこの世界に転移させること自体が奇跡なのに、そこに俺の時代になかったスキルの上位互換『ギフト』とは……。
【大賢者】だった頃の記憶と知識を思い出したのは良いことだが、それでもわからないことばかりだ。
しかし、誰かに俺がいない間のジオラントのことを聞こうと思っても、仲間はとっくの昔に死んでいるだろう。星の位置が覚えているものと随分異なる。ざっと計算してみたが、千年は経過していた。長寿のエルフでも、さすがに千年は生きていまい。
「となると、一番知っていそうなのは、ティフディリア帝国の皇帝や大臣たちだな」
俺を散々虚仮にし、馬鹿にした挙げ句、帝宮から追放した愚か者たちだ。
【大賢者】となったからには、少々痛い目にあってもらおう。
いや、少々どころの話じゃない。こっちは死ぬ思いだったのだ。
あいつらにも同じ目にあわせてやる……。
「な~~んてな」
そんなことするかよ、面倒くさい。
まあ、あの皇帝や大臣には腹を立てていることは事実だが、これ以上関わり合いたくないというのが本音だ。クラスが【大賢者】と聞けば、あいつらは手の平を返して、俺に胡麻を擂ってくるに違いない。しかし、俺に帝国のために働く意志はこれっぽっちも存在しない。
「俺は俺のために働く」
千年前、俺は魔族から人類を守るために戦った。
その魔族がすっかりいなくなっているのだ。なら好き勝手生きても何も問題ないだろう。
とはいえだ。こんな荒野のど真ん中で粋がっても仕方がない。
しばらく野犬も近づかないだろうが、隕石が落ちてきた音は帝都まで轟いたはず。朝になれば帝都から調査団が派遣されてやってくるはずだ。
その前にここから離脱する。【│
俺はこれ見よがしに倒れているトロルに這いつくばりながら近づいていく。
大穴の開いたトロルの太鼓腹の中を覗き込む。
「やっぱりあった」
手を伸ばし、掴んだものを強引にトロルの肉から引き離す。
入手したのは、綺麗な宝石だ。魔結晶といわれる魔獣の核――いわば心臓である。
これがないと、魔獣は肉体を維持できない。魔結晶は魔力の塊で、薬や魔導具の材料にもなる。昔は頻繁に売り買いされ、大物となればかなりの値段で取引されていた。
その理由がこれだ。
俺は魔結晶を握って、力を加える。すると、氷砂糖のように簡単に砕けてしまった。
『スキルポイントを獲得しました。スキルレベルを最大九つまで上げることができます』
スキルポイントは言わば、ゲームで言うところの経験値みたいなものだ。
獲得したスキルポイントに応じて、スキルレベルを上げることができる。
ここでいうスキルというのはスキルのことだ。賢者には三つのスキルがあって、すなわち[魔法効果][知識][魔法]である。それら三つは、レベルを上げていくと、魔力を上げたり、魔法や知識を得ることができる。最終的にはこの三つのスキルすべてをレベルMAXにするのが目標となるが、今は九つしかレベルを上げることができない。
視界がぼやけてきた。負傷によって俺の体力も限界に近い。
まだトロルの死体が転がっているが、その魔結晶を得る前に力尽きる可能性がある。
ともかく、この九つだけで現状を打開する必要がある。
「さて、どうするか?」
回復させるなら、[魔法]のレベルを上げるに限る。
レベル9にすれば、〈小回復〉という魔法を使うことが可能だ。
ただ一つ問題がある。今の俺は魔力がすっからかんだ。【│隕石落とし《メテオラ》】はとても便利な固有スキルだが、大量の魔力を奪って発動する。身体が思い通りに動かないのは、負傷の影響と魔力が空になっているからである。
仮に魔力があったとして、〈小回復〉でもこの半死半生の状態を打開できない。
ただ〈小回復〉の回復範囲は浅い切り傷や、打ち身、小さな骨折くらいだ。
「なら、選択肢は一つしかないよな」
俺は[知識]のレベル9にする。全部[知識]に振ったのだ。
『スキル[知識]のレベルが9に上がりました』
『〈劣魔物の知識〉を獲得しました』
『〈薬の知識〉を獲得しました』
俺はホッと胸を撫で下ろす。
千年前とシステムが変わっているから、もしかしてレベルに応じて覚える[知識]も変わっているのではないかと思ったのだが、どうやら【大賢者】だった頃の知識と相違ないようだ。
俺は腰に下げていた小さな袋の中から小瓶を取り出す。
ギルドで冒険者ライセンスを発給された際にもらった回復薬である。
これも性能としては[小回復]と一緒だ。今の怪我を満足に回復させる効果はない。
だからこの回復薬の効き目をさらに強くする。袋から取り出したのは、数枚の草の葉だ。
薬草の葉。ジオラントではポピュラーの薬草で、さっき俺が倒れていた脇にも生えていた。
それを回復薬の中に突っ込み、軽く振る。そうすることによって。
『〈薬の知識〉によって、「回復薬」は「中級回復薬」になりました』
「よし。狙い通りだ」
俺は一気に中級回復薬を飲み干す。痛みが和らぎ、パックリ開いていた腹の傷が塞がっていく。
完全回復とはいかなかったが、歩いて帝都に帰るぐらいの気力は戻った。
〈薬の知識〉は薬の合成効果を一段階引き上げてくれる。
普通の回復薬に薬草を混ぜても、回復薬の効果が少し上がるぐらいなのだが、[薬の知識]ならばその効果を一つ引き上げ、上位互換である中級回復薬を作ることができるのだ。
なんとか態勢は整った。今の体調なら自力で街まで戻ることができるだろう。
帝都には街のあちこちに再生の泉というものがあって、水を浴びれば傷を回復させることができる。
ほぼ無一文の俺でも、医者にかかることなく怪我を治せるというわけだ。
正直忌ま忌ましい記憶しかない街だが、帝都以外に、今は帰る場所がない。
「きゃああああああああああああああ!!」
その時、絹を裂くような悲鳴が聞こえた。
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