第5話

本日、2回投稿いたします。

1時間後にも投稿予定です。


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◆◇◆◇◆ 帝都より ◆◇◆◇◆



 クロノが落とした【隕石落としメテオラ】の音は、ティフディリア帝国帝都にまで轟いていた。


 さすがに距離があるため、何が起きたかまでは遠距離の探知魔法を以てしてもでもわからない。だが、急に空が白く光ったかと思えば、聞いたことのないような爆音が帝都にまで轟く。それはまるで山より大きな巨人が何度も地団駄を踏んでるかのようだったと、人々は語った。


 ティフディリア帝国皇帝フィルミアは音と空の光について調査するため隊を編成するよう命令する。


 音があった方向は、ブリエンヌたちが向かった先でもあった。


「早くしろ! ブリエンヌを見つけるのだ!!」


 フィルミアは猛牛のように鼻息を荒くし、家臣たちに命じた。

 急な隊の編成に、普段は静かで穏やかな帝宮は大わらわだ。


 最中、1人の騎士が帝宮を訪れる。砂と泥にまみれ、口から吐血した後が滲んでいた。帝国製の鎧が凹んでいて、ただの落馬ではないことは帝宮を守る衛兵にはすぐにわかった。


 乗っていた馬はかろうじて無事だが、小刻みに震え、何かに怯えている。


 帝都の城門を見て、ホッとしたのか騎士は手綱を放して落馬した。城門を守っていた衛兵が駆け寄る。着用している鎧があまりにボロボロであったため遠目ではわからなかったが、ブリエンヌが率いていった騎士であることに気付いた。


「おい! お前、しっかりしろ!!」

「ブリエンヌ様! 皇女殿下はどうされた!!」


「陛下に…………。陛下に…………おめどお…………り……」


 もはや虫の息らしい。言葉も途切れ途切れで要領を得ない。ただ譫言のように皇帝陛下へのお目通りを願った。


「安心しろ! 今すぐ治癒士を呼ぶ」

「それまでしっかりしろ! とにかく兜を脱げ。呼吸がしやすくなるぞ」


 衛兵の1人が兜を取ろうとするが、騎士はその手に自分の手を重ねた。


「ダメだ……。俺は…………助から……な、い。時間がおしい……。いのちつきる前に…………はやく!!」


 騎士は訴える。命の叫びに、衛兵たちはその忠臣ぶりに感服する。「わかった」と言って、騎士に肩を貸すと皇帝陛下の目通りを申請した。


 帝宮は混乱の最中にあったが、北の戦地から戻ってきたという騎士の話は思いの外早くフィルミアの耳に入る。


「なんだと! 北の地から帰還した者がいると……。それでブリエンヌはどうした?」


「それが……。ブリエンヌ様の姿はなく――――」


 初老にさしかかろうという大臣は顔を曇らせる。


「……わかった。その騎士を通せ」


 皇帝は己を落ち着かせるようにアメジストで作らせた玉座に座る。1つ深呼吸したが、心が洗われた様子はない。結局苛立たしげに指で肘掛けを叩いた。


 謁見の間の扉が開き、騎士が現れる。


 片足を引きずりながらも、1人でゆっくりと皇帝の前に現れ、頭を垂れた。


「皇帝陛下におかれまして――――」


「ええい! 礼儀などどうでもいいわ!! それで! 我が娘ブリエンヌはどうした!?」


「それが――――。人前で話すのは、少々憚ることで……して」


 いよいよ皇帝は息を呑んだ。大臣や衛兵たちを下がらせる。皇帝と1対1になったのを見計らい、騎士は懐に手を伸ばした。


 皇帝に見えるように掲げたのは、一房の赤い髪だった。


「お、おおおおおお!!」


 玉座から立ち上がると、皇帝は毬のように下っ腹を弾ませながら、騎士に駆け寄る。


「ま、間違いない……! ブリエンヌの髪だ。我が娘の……。おおおおおおおおおお!!」


 皇帝は泣き出す。


 元来、君主とは泣き叫ぶものではない。まして人前で泣くなどタブーとされるのだが、この時皇帝フィルミアは赤ん坊のように泣き叫んだ。


「おお! ブリエンヌ!! 何故だ! お前が、何故死ななければならぬ! 美の女神プロディエスに祝福されたお前が! 何故だぁぁあああ!?」


 騎士から髪を受け取り、まるで我が子を抱きしめるように皇帝は天井に向かって叫んだ。


 ひとしきり泣いた後、皇帝は思い出したように尋ねる。


「どんな最期であった?」


「皇女殿下は岩の下敷きになり、下半身を潰されておりました」


「なんと……。苦しかったであろうなあ」


「ですが、随分としぶとい女でしてねぇ。それでも生きてましたよ」


「生きていた? ちょっと待て! 何故助けなかった、貴様!!」


「俺なんかよりも随分元気そうでした。泣くわ喚くわ。人のことを馬鹿にするわで散々だったのでな。置いてきちゃいました。今頃、死臭を嗅ぎ付けた魔獣か野犬のエサにでもなっていることでしょう」


「貴様ぁあぁあぁあぁあぁああ! それでも帝国軍人か!? 誰――――」



 【遮音結界イン・スレイヌ



 突然、広い謁見の間に魔力が満ちる。


「――――か! 誰か!!」


 皇帝は叫ぶが、誰も謁見の間に入ってこない。人払いを命じたのは皇帝だが、呼び立てばすぐに入ってこれるように家臣たちが扉の前で待機していることが常だ。


 しかし、謁見の間の扉はぴくりとも動かなかった。


「無駄ですよ。魔法で結界を張りました。外の人間には中の音は一切聞こえていないはずです」



 【封印シー・イル



 さらに大扉に鍵がかかる。


「これでひとまず安心でしょう」


「魔法だと……。貴様、何者だ?」


「もうお忘れですか、陛下?」


 おもむろに目の前の騎士は立ち上がる。さっきまで死にかけていたはずの騎士は、淡々と鎧を外し始めた。


 最後に兜を脱ぐと、異世界人特有の黒髪と黒目が現れる。


「よう。皇帝陛下」


「……き、貴様、あの時のゴミ勇者!!」


 皇帝陛下は叫ぶ。


「地獄の底から戻ってきたぜ」


 異世界人にして、賢者であるクロノは口端を吊り上げるのだった。

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