第13話
2日目の夜。
夜番の時間が回ってくると、再びミィミの檻の前に腰を下ろす。ちょっと驚いたのは、俺が来るなり先に声をかけてきたのは、ミィミの方だった。
「ねぇ! 昨日のケーキはもうないの?」
「なんだ。またお腹空いてるのか? 確か奴隷には2食与えられているだろう?」
「あの携帯食はイヤ。変な匂いするし。おいしくない」
「変な匂い?」
「それでないの? 昨日のヤツ。隠してると、あんたの指を引きちぎるわよ」
声のトーンを落としつつ、格子越しに脅してくる。
ミィミには自分が捕まっているという自覚がないようだ。
「ケーキはないが、パンはある」
マリーアントワネットみたいことを言いながら、俺は【
「何? パンだけ?」
「ふふふ……。ただのパンと侮るなかれ」
俺は焚き火に直接当てないように注意しながら、トーストにする。
焦げ目の付いた熱々のトーストに、四角く切ったバターを落とした。
熱で溶けたバターが、トーストに広がり、さらに浸透していく。
黄金色のバターは甘い蜜のようだ。
そのトーストを半分にして、俺はミィミに渡した。
「うまっ!! これ……。あたしが知ってるパンじゃないんだけど。外はカリッとして、中はふわふわ。バターの塩味が口の中に…………」
「お気に召したようで何よりだ。誰も取りはしねぇからゆっくり食えよ」
注意はしたのだが、みるみるトーストが消えていく。
相当お腹が空いていたらしい。
「明日でミィミとはお別れか。ちょっと寂しいな」
「さーて。それはどうかしら。また強制送還されるかもしれないわよ」
「人間は嫌いか? ミィミ」
「別に……。人間だけじゃない。あたしはエルフも、ドワーフも、獣人も、緋狼族だって嫌いなの」
「緋狼族って……。同族もか」
「ほら。あたしって緋色っていうより、薄い桃色みたいな毛をしているでしょ?」
そう言って、ミィミはくるりと回った尻尾を俺の方に向けて振って見せた。
さわりたい……。
「変異種ってことで、同族からも嫌われていたの。よくいじめられたわ」
「そう……なのか」
「だからあたしに味方をしてくれる人間も同族もいないの。あたしは天涯孤独なのよ。でも寂しくないし、あんたみたいに泣いたりしない。……あたしは誇り高い緋狼族だから。同族から嫌われても、あたしは誇り高く生きてみせるんだから」
「天涯孤独か……」
「何よ。同情でもしてるわけ?」
「いや……。俺と一緒だなって思っただけだ」
「それってどういう――――」
何か言いかけてミィミは何かに気付く。せわしくなく耳を動かしながら、辺りを探っているようだ。
俺も異変に気付く。
「ねぇ。静か過ぎない」
「ああ……」
おかしい。俺の他に夜番をしている冒険者の姿が見えない。
他のみんなは奴隷も含めてぐっすり寝て……。
「そうか」
やれやれ……。
1000年ぶりとなると、危機感がまだまだ欠如しているな。
こんな罠1つ見抜けないとは。
「出て来い。いるんだろ?」
声を張りあげる。
すると、突然茂みが立ち上がったかと思うと、人の姿を取る。
同じように次々と武装した男たちが現れた。
「【
姿を背景に溶け込ませる魔法だ。
そしてこの魔法が便利なところは気配も消すことができるところである。
姿に気配となれば、達人でも見分けるのは難しい。
対処方法としては【
俺たちはすっかり取り囲まれると、1人の男が進み出る。
俺と一緒に夜番をしていた冒険者だ。
「なるほど。あんたがみんなに一服盛ったのか」
ミィミは携帯食の中に異臭がすると言っていた。
恐らく食事の中にこっそり眠り薬を仕込んでいたのだろう。
野生の動物は本能的に食べられるものとそうでないもののことを知っている。
その野生動物並みの感覚を持つ獣人もまた毒となるようなものを反射的に避ける習性があるに違いない。
思えば昨日、あれほど俺とミィミが騒いでいたのに、誰も起きなかった。
本当なら昨日襲撃する予定だったのかもしれない。
「貴様、何故寝ない?」
冒険者は苛立たしげに尋ねる。
「悪いな。俺にはこの毒無効の
「ほう……。なるほどな。それは金になりそうだ」
人垣の後ろから現れたのは、一際大柄な男だった。
恐らくこの野盗たちのリーダー格だろう。
「人間狩りか。なら襲う相手を間違えていないか? お前たちは小さな集落とか、洞穴で暮らす獣人とかを狙うんだろう?」
「いいや。間違えてなんかいないさ。なあ、そうだろ。ミィミ」
リーダーがミィミに声をかける。
檻の中を見ると、ミィミは頭を抱え、さらに背中を向けて震えていた。
愛くるし尻尾はデニッシュのように丸め、小さくなっている。
先ほどまで俺に対して、緋狼族の誇りを語っていた少女の面影はまるでない。
カチカチと牙を鳴らし、ただ事態が過ぎ去るのを待っているように見えた。
「お前たち、ミィミの知っているのか?」
「元雇い主……。あるいはミィミの村を襲った獣人狩りか」
「ご名答……。なかなか賢いじゃねぇか。ご大層な
「狙いはミィミか」
「オレたちは人間狩りもやるし、獣人狩りも、エルフ狩りだってする。馬だってかっぱらう。ミィミだけじゃない。あんたも含めて、オレたちの商品なんだよ」
頼んでもいないのに、男は演説を続けた。
「といっても、ミィミ――あれは別だがな。仲間から聞いた時は驚いたが、まさか真っ当な奴隷商に買われているとは思わなかったぜ」
そう言って、男は懐から一輪の花を取り出した。
「なんだ? 今からプロポーズでもしようってのか?」
「面白いことを言うね、あんた。当たらずとも遠からずだ」
大柄な男は花を揺らす。
鱗粉が焚き火に照らされ、火花のように瞬きながら空気の中に紛れていく。
毒花というわけではない。
しかし、どこかで見たことがある花だった。
「キャアアアアア! やめて!! 頭が! 頭が……われそう!!」
突然檻の中のミィミが暴れ出す。頭の中に入ってきた悪霊でも打ち消すように頭を格子にぶつけるが、一向に収まる様子はない。
「お願い! その花だけは! その花だけはやめてぇぇえええええ!!」
「お前、ミィミに何をした?」
「おっと動くなよ。……雇い主を殺したら、依頼料が貰えなくなるぞ」
他の野盗が眠っているゾンデさんの方に剣を向ける。雇い主だけじゃない。奴隷を含めて、ここにいるすべてが人質だった。
「すぐにわかるさ。そこで黙ってみてろ」
すると、それが合図だったかのようにミィミは突如檻の中で倒れてしまった。かと思えば、むくりと起き上がる。
「久しぶりだな、ミィミ」
リーダーは檻の側まで来て、声をかけると、ミィミが顔を上げた。
浅く息を繰り返し、上気した姿を見て、俺は驚く。
人間だろうと何だろうと噛みついていた緋狼族の少女の姿が一変していた。
目は潤みを帯びてトロンとし、リーダーに媚びるように唇を上に向けている。
耳を後ろに倒し、目の前のリーダーを誘うように尻尾を動かしていた。
「はあ……。はあ……。はあ……」
「いい顔だ、ミィミ。オレを覚えているか?」
「ご……しゅ…………じん……さ、ま」
「そうだ! よく覚えていたな。偉いぞぉ。オレといた時は楽しかったなぁ」
「うん。……たのし……かっ……た。うふふふ」
「特にお前を素っ裸にして、夜の公園を散歩させた時は傑作だった。勿論、首輪をつけてな。ギャハハハハハ!」
リーダーは汚い口を開けて、下品な声で笑う。
「そうか。思い出した」
リーダーが持っているのは、キオリオの花だ。
獣人だけが反応する花で、闘争心を抑制する作用がある。
依存性が強く、嗅がせ続けると媚薬のような効果が現れると聞く。
「その顔……。ずっとこの花の匂いを嗅ぎたかったんだな。我慢していたなんて偉いなあ、お前」
「ミィミ……。えらい……?」
「背も大きくなった。オレたちが見つけた時は、尺も満足にできない子どもだったのによ。そうだ。今、ここでやってみるか。難しいことじゃない。お前の先輩たちがやっていたのを見たことがあるだろ。やれるか?」
「ミィミ……。がんばる……」
そう言って、ミィミは格子から手を伸ばす。
男のベルトのバックルに手をかけた。
「やめろ、ミィミ! それ以上はダメだ!!」
「うるさい! そこで黙って見てろ!」
「思い出せ、ミィミ! 緋狼族の誇りを! お前が魂に刻んだ誇りは、そんな花1本で終わるようなものなのか! 目を覚ませ!!」
ミィミ!!
俺の叫びが結界内にこだまする。
一瞬、手を止めたように見えたミィミだったが、俺の言葉に反して作業を続ける。男のベルトを取ると、ズボンを一気に脱がした。
「そうだ。ミィミ、うまいぞう」
リーダーは口端を吊り上げる。
一方、ミィミは大きく振りかぶった。
「うるさいわねぇ。そんなに『誇り。誇り』って叫ばないでくれる。……ちょっと恥ずかしくなってきたじゃない」
「へっ?」
「あとさ。その粗〇ン! とっっっっってもくさいのよ!!」
ミィミは大きく振りかぶる。
次の瞬間、リーダー格の金的を強打した。
「ぬおおおおおおおおお!!」
今にも目が飛び出さないばかりに悶絶する。
うわ-。今のは痛そう。今のはちょっと同情するわ。
「どう!? 積年の恨みよ! 思い知った!?」
「て、てめぇ! 今度こそキオリオの花に鎮めてやらぁ!」
リーダーは懐に手を伸ばす。
出てきたのは、大量のキオリオの花だった。
あいつ、一体どれだけ持っていたんだ?
いや、今そんなことを考えている場合じゃない。
あれだけのキオリオの花の匂いを嗅げば、ミィミが正気を保っていられる保証はない。最悪精神崩壊だってあり得るだろう。
燃やすか? いや、キオリオの花の効果は熱によって上がる。そもそも問題は花ではなく、その鱗粉だ。すでに空気中にまき散らされているはず。それを完全除去するのは、周囲の空気を入れ換えるほどの魔力が必要だ。
考えろ。俺は賢者だ。現代知識を要した。
何かキオリオの花の効果を、化学反応で打ち消すようなことは……。
ダメだ! 何も思い付かない。
その時だった。
先ほどまで正気を保っていたミィミの表情が変わる。
瞳から生気のようなものが奪われ、顔がみるみる赤くなっていった。
まずい。このままでは……。
「え?」
だが、視界の隅に
『おもいだす』
というアイコンが……。
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