第13話
夕方――――。
メルエスに戻ってきた俺は、早速クエスト達成の報告をするため、ギルドを訪れる。
さすがにこの時間は繁忙期だ。俺と同じく日の入りとともにダンジョンから帰ってきた冒険者でごった返していた。併設されている酒場からも景気のいい声も聞こえる。すでに酒盛りが始まっていて、麦酒の泡が宙を舞っていた。
「お! 戻ってきたぜ、ランク〝E〟の冒険者が」
「初めてのおつかいはうまくできまちたかな~?」
「雑草と薬草の区別もついてるかどうかもあやしい」
「それじゃあ、草むしりをやってきたのと一緒じゃねぇか」
受付の順番を待っていると、声をかけられる。
見ると、朝に見た冒険者たちが、席そのままに座っていた。
もしかして、朝からずっと飲んでるのか。いくらここら辺の魔獣の素材が高値で取引されてるからって、朝から飲んでたらいくらなんでも破産するだろう。
「クロノさん、クエストご苦労様でした。採取した薬草を確認させてください」
俺が薬草を入れた袋を広げると、ラパリナさんは中身を確認する。
どうやら鑑定系のスキルを持っているようだ。クラスまではわからないが、ほぼ間違いない。
概ね鑑定が済むと、ラパリナさんは頷いた。
「はい。問題ありません。ご協力ありがとうございました」
「あと、これも頼む」
俺は薬草が入った数本の薬瓶をラパリナさんに渡した。
一見、普通の薬草に見えるが、薬草よりも微妙に色が濃い。さらに葉脈の数が薬草は十二本と固定されているのに対して、俺が見つけたのは十三本と一本多い。
「え? これ、もしかして上薬草ですか?」
上薬草は薬草の変異種だ。名前の通り、薬草より効き強く、上級回復薬を作る上では欠かせない素材の一つである。ただし普通の薬草にしか見えないため、多くの者が普通の薬草と勘違いして採取していることが多い。その場合、適切は処置をしなければ、結局薬草と効果は変わらない。
「素晴らしい! ちゃんと空気に触れないように瓶の中に入れて保存したんですね。慣れている薬師ですら、見間違うことがあるのに。すごいですよ、クロノさん」
地の声がデカいのか、ラパリナさんの声はギルドに響いていた。
当然、さっき俺のことを馬鹿にした人間の耳にも入っている。
俺としては、穏便に済ませたいんだが……。国から命を狙われている身だし。
余計ないざこざには巻き込まれたくない。
「へっ! どうやら、薬草の知識はあるようだな」
「どうせ、今まで薬草ばかり採取してたんだろ」
「そうにちげぇねえ」
うわ~。めんどくせぇ。明らかに嫉妬だろ、あの反応。
さすがに上薬草はやり過ぎたか。他にも色々採取したのだが、またにしよう。
人が少ない時を狙って、買い取ってもらうか。それが無理なら道具屋に売っ払ってもいいし。
「あら。クロノさん、腰に下げてる道具袋はなんですか?」
「いや、こ、これは……」
「ええ! 見せてくださいよ。もしかし、魔獣の素材だったりして」
「え?」
「もしかして図星なんですか? ダメですよ。魔獣の素材を取ったら、一応ギルドに報告するのが冒険者の義務なんですから」
義務と言われたら、仕方ない。俺は大人しくラパリナさんに袋の中身を差し出した。
早速、ラパリナさんは鑑定を行う。
「い、一角オーガの角……」
〝ガタッ!〟
ここまで気持ち良く揃った物音を聞いたのは、初めてかもしれない。
椅子に座っていた冒険者は立ち上がり、我関せずと、クエストの手配書を見ていた冒険者も俺とラパリナさんの方に振り返った。
「おい。嘘だろ!」
「なんで、こいつが一角オーガの角なんか」
「クラス〝ワンⅠ〟で、ランク〝E〟の冒険者だぞ!」
「あの一角オーガに勝てるわけが」
冒険者は口々に否定の言葉を並べるが、ラパリナさんの表情は真剣そのものだ。
ランク〝E〟の冒険者が一角オーガの角を持ってきたことにも驚いているようだが、その数にも驚いているらしい。
「あのさ。驚いているところ悪いけど、外にも素材を置いてきたんだけど」
「え? ギルドの外? 何もないようですが……」
「ああ。違う違う。外ってのは、街の外ってこと……」
「へっ?」
ラパリナさんは首を傾げるのだった。
「「「な、な、なんじゃこりゃあああああああ!!」」」
それを見たラパリナさんや、勝手に付いてきた冒険者たちは叫んだ。
場所はメルエスの街の外だ。その門の前に置かれていたのは、一角オーガの骨や皮。あるいはラウンドタートルの甲羅が、畳む前の洗濯物みたいに折り重なっていた。
「これ……。全部クロノさんが?」
「ま、まあ……」
「すごい。一角オーガが十匹、ラウントタートルも六匹……」
ラパリナさんは驚きを通り超して、愕然としていた。
「嘘だろ! 絶対に嘘だ。こいつが、こんなに仕留められるはずがねぇ」
「きっと他の冒険者が仕留めたのを横取りしたんだ」
「そうだ! そうに違いない!」
意地でも俺が仕留めたと認めたくないらしい。さすがにこっちもムカついてきた。
だいたい横取りって……。一角オーガを十匹とラウンドタートルを六匹倒した冒険者から横取りできる実力があるなら、自分で真っ当に獲物を獲ることができるだろう。
さて、どう言いくるめたものか。このままではギルドにまで疑われてしまいそうだ。
「その魔獣は間違いなくクロノ殿が仕留めたものだ!」
藍色の髪がなびき、夜露のように光る。
積み上がった魔獣の影から現れたのは、鎧を纏った【重戦士】ミュシャだ。
眉根を寄せ、すでに憤然とした表情のミュシャは、集まった冒険者を一睨みする。
すると遠山の金さんか、はたまた黄門様に睨まれた敵役のように冒険者は平伏した。
ん? これってどういう状況だ?
「ギルドマスター! お帰りになっていたんですね」
声をかけたのは、例のラパリナさんだった。
「え? ギル……? ええっ? ミュシャって、ギルドマスターだったのか?」
「はい。この方はメルエスのギルドマスター、ミュシャ・フリップトン様です」
ギルドマスター……!? ミュシャが?
ギルドマスターは街にあるギルドの管理者だ。ギルドの運営から、所属する冒険者の管理、必要があれば冒険者の先頭に立って、戦闘に参加することもある。仕事はハードだが、給料はいいと聞くし、目を見張る実績ができれば、叙勲されることもあり、貴族社会の仲間入りも果たせる。
千年前にもいて、俺がよく出入りしていたギルドでは三年に一度、ギルドの職員、冒険者による選挙があり、冒険者の中から選ばれていた。
どうやら俺が出会った時、伸び悩んでいるというパーティーから相談を受けて、実地訓練を行っていたようだ。訓練という割には、かなりハードな状況ではあったけど。
「ラパリナ、どういう状況か説明してくれ」
「はい。マスター。ランク〝E〟のクロノさんが一角オーガやラウンドタートルを仕留めたとは考えにくく、だから他の冒険者の方から獲物の横取りしたのだと、クレームがありまして」
ラパリナさんが説明すると、先ほどまでギルドマスターの登場に意気消沈としていた冒険者たちが息を吹き返す。先ほど、ギルドで耳にタコができるほど聞いた主張を繰り返した。
「横取りか……。それが正解であれば、クロノ殿はクラスレベル“Ⅰ”にかかわらず、一角オーガやラウンドタートルを仕留められる冒険者から横取りしたということになるが……? その方が不自然に思うのは、私だけか?」
「でもよ、ミュシャさん! だったら、そいつがその魔獣をやったところをあんたは見たのか?」
「見てない。だが、彼の戦い方は見た。実にクレバーで無駄がなく、深い真理が隠されていた。まあ、あからさまに手を抜かれていたところは、癇に障ったがな」
ミュシャは鋭い視線を俺に向ける。どうやら気づいてらしい。
「お前たちは横取りした言うが、逆に訊こう。お前たちの中で、一日で一角オーガを十体、ラウンドタートル六体倒せる奴はいるか? そんな化け物じみたことができる冒険者から横取りする自信は?」
ついに全員押し黙ってしまった。
参ったな。こんな展開になるとは思わなかった。
路銀が必要だったとはいえ、ちょっと調子に乗って魔獣を倒しすぎたな。
「それに見てみろ、彼の姿を。これだけの魔獣を倒したのに、傷一つついていない。それだけクロノにとって、取るに足らぬ相手というわけだ」
言えない。魔獣に毒を打ち込んだ後に、横で昼寝していただけとか。だから、服はまったく汚れていないんだとか、とても言えない。
「で、でもよ! そいつ、ランク〝E〟なんだぜ。クラスも〝Ⅰ〟だっていうじゃねぇか。そんな奴がこの辺の魔物を倒すなんてどう考えてもおかしいだろう」
「愚か者! まだわからないのか!」
ついにミュシャは一喝する。
全員を一度睨め付けた後、ミュシャは口を開いた。
「能ある鷹は爪隠すという。……クロノの実力がランク〝E〟なわけがないだろ」
「じゃあ、どうして嘘を……」
「お前たちを試したんだ。ギルド職員を含めてな。そんなこともわからないのか?」
いや! 本当にランクは〝E〟なんだよ! 別に実力を隠して、イキるキャラじゃないんだ俺は! た、確かに実力は隠しているけど。それはクラスを秘密にしたいんであって。ああ、もう! ややこしい! ミュシャ! もう黙ってくれ! お前が喋ると、もっと事態がどんどんこじれていってる気がする。これでも国から追われてる身なんだ。目立つのはノーサンキューなんだ。
俺を気持ち良くメルエスから旅立たせてくれぇぇぇぇえ!
「みゅ、ミュシャ……。あのな」
「はっ! すまない、クロノ。お前が実力を隠していること、皆に喋ってしまった。申し訳ない。つい熱くなってしまって。……しからば責任をとって、腹を」
やめろ! てか、切腹なんて誰が教えたんだ。
異世界から来た勇者か? なんて野蛮な文化をジオラントに持ち込んでるんだよぉぉぉおお!
結局、俺はミュシャに切腹を命じた冒険者としてメルエスで有名になってしまった。
その後訳あって、メルエスにはしばらく住みつくことになるのだが、ギルドに行くと、ちょっと弱った問題が起きていた。
「クロノさん、おはようございます」
「お勤めご苦労様です」
「珈琲を飲みますか?」
「馬鹿野郎! クロノさんは朝から麦酒だろ」
「早くキィンキィンに冷えた麦酒を持って来い!」
待遇が百八十度どころか、七百二十度ぐらい回転して、変な方向へ向かっていた。
俺はヤクザの親分かよ。
早くメルエスから出ていきたい……。
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