第14話

 ◆◇◆◇◆  ティフディリア帝国  ◆◇◆◇◆



 ティフディリア帝国帝宮……。


 綺麗な白亜の城は、その白い姿から別名『天馬宮』と称され、身分問わず親しまれてきた。

 五本の尖塔に、高い城壁。何十トンという重く分厚い城門に守られた城は、美しい姿とは裏腹にどこか戦闘的なスタイルを持つ。城の奥から聞こえるのは、皇妃皇女の美しい笑い声ではなく、軍靴の音だ。歩哨があちこちで立って、鋭い目を光らせている。その物々しい雰囲気はもはや要塞に近い。


 その帝国帝宮の地下に、いくつもの水路が走っていることは、あまり知られていない。

 万が一の時に皇族方を逃がすルートとなっていて、その存在を知るものはごくわずかだ。だが、この水路には他にも使い道がある。ざっくばらんに話せば、国民には見せたくない荷を帝宮に持ち込むためである。


 今日も、その地下水路沿いにある訓練場に大型の荷物が運び込まれていく。


 その訓練所に立つのは、一人の男だ。

 諸肌になり、さらした筋肉は見事というよりは凶器めいていた。

 無数の古傷や抜糸の痕が生々しく残り、左脇から胸にかけては抉れたような火傷の痕まである。

 筋肉は一言でいえば、引き締まっているのだが、現代における最適化された筋肉でも、ジオラントにおいて魔獣相手に自然と身についた筋肉ともどこか違う。

 ひたすら人を傷付けるために生まれた――そんな体つきをしていた。


 彼の名前はミツムネ・サナダという。

 クロノと一緒に召喚されてきた異世界人の一人だ。


 そのミツムネの前に、大きな虎が真っ二つになって絶命している。

 魔獣の危険度ランクでは〝A〟のレッドサーベルという凶暴な魔獣だ。

 単純な膂力でいうならば、〝A〟ランク最強。炎の属性を持ち、燃え上がる尻尾を鞭のようにしならせ攻撃することも可能だ。大型の魔獣だが、敏捷性が高く、キルゾーンに入れば確実に獲物の喉元を食いちぎる瞬発力を持つ。


 別名『炎の執行人』。


 毛皮は炎を吸収し、斬撃や打撃を軽減する。攻防ともに優れた魔獣である。

 だが、そんな猛獣の牙にも爪にも、血の痕がついていない。

 つまり、〝A〟ランクの魔獣に何もさせなかったことを意味していた。

 ミツムネはレッドサーベルの肉に手を突っ込む。無理矢理、魔結晶をもぎ取ると、即砕いた。


『スキルポイントを獲得しました。スキルレベルを1上げることができます』


『スキルツリー[暗黒剣技]がレベル35になりました』


『幻窓』がレベルアップしたことを告げる。

 ミツムネのクラスレベルはすでに〝Ⅳ〟に達していた。そこまでレベルが上がると、かなり成長がきつくなってくるのだが、ミツムネの顔に達成感はない。

 持っていた剣を地面に刺すと、まるで兜の緒を締めるように靴紐を結んだ。


 こちらに向かってくる足音に気づく。

 顔を上げると、皇帝ともう一人の勇者ショウが立っていた。

 皇帝は物の見事に真っ二つになったレッドサーベルを見て、鼻息を荒くする。


「素晴らしい! 素晴らしいですぞ、勇者ミツムネ。よもや〝A〟ランクの魔獣をこうも見事に……。

素晴らしい。勇者の力とはなんと強大な……」


 皇帝は興奮を抑えることなく、目を血走らせながらミツムネを讃える。

 一方、隣のショウはパチパチと拍手を送った。

 すでに彼らがジオラントに召喚されて、一ヶ月経とうとしているが、未だにショウの姿は現代の衣装のままだった。スカジャンに、野球帽。一昔前の野球小僧みたいに見える。


「凄いや、ミツムネくん。今、何レベル? この前、クラスレベルが〝Ⅳ〟になったんだよね。じゃあ、スキルツリーの合計レベルは90を超えてるってことでしょ? もしかして、100を超えたとか?すっげ! マジすごいじゃん! 一番乗りだ。あーあ、僕なんてまだクラスレベルは〝Ⅲ〟で、スキルツリーの合計レベルは78なのに。差が開く一方だよ」


 子ども故の純粋さからか。胸に浮かんだ嫉妬心を包み隠さず吐露すると、ミツムネは地面に刺していた剣を握り、間髪容れず振るう。まるで蠅でも払うかのような暴力的な剣閃は、側にいたショウの首の付近を通り抜けていった。


 だが、すでにショウはいない。

 気配に気づいた時には、ミツムネの後ろにいた。


「やだなあ、ミツムネくん。僕たち勇者で、ともに戦う仲間じゃんか。そんな風に剣を向けるなんて…………えっと、シンガイだっけ? まあ、つまりはそういうことだよ。もっと仲良くやろうよ、同じ勇者同士さ」


「黙れよ、クソガキ。どっかの誰かさんみたいに病院送りにされたいのか?」


 ミツムネは振り返り、再び剣をショウに向ける。

 しかし、構えた瞬間にもう、ミツムネの背後に立っていた。


「ダメだよ。君でもボクは捉えられない」


 さらにミツムネは剣を繰り出す。

 まさに神速ともいえる剣筋は、確実にショウの急所に届いているのだが、悉く空を切る。

 やがてショウの姿は、ミツムネの背後――二十歩分離れた場所に忽然と現れた。


「その誰かさんなんだけど、死んじゃんたんだって。異世界は怖いね。ボクたちも気を付けないと」


「興味ねぇよ。……おい、おっさん。俺たちをいつまでこんなかび臭い所に閉じ込めるつもりだ」


「もうしばしお待ちを。舞台が整い次第、盛大にお披露目をさせ……」


 ドンッ!


 爆発音が響き、地下が揺れる。

 濛々と巻き上がる煙の中から、大きく抉れた地面が露わになった。

 ミツムネが持つギフト『あんこく』は、すでにレベル3に達している。

 その威力は以前、クロノに向けた時の比ではない。


 側で見ていた皇帝が呆気に取られる。股の下から何やら水気が滴っていたが、皇帝は憧憬の念を抑えられず、ただ一言「素晴らしい」と呟いた。


「お披露目なんていらねぇ。聞こえなかったか? オレはここから出たいって言ってるんだよ」


「も、申し訳ありません。すぐに手配させていただきます」


「急げよ。じゃないとお前らの企みの前に、この帝宮をぺしゃんこにしてやるからな」


 ミツムネの睨みは、その強さにぞっこんの皇帝を興奮させる餌にしかならない。

 それでも頭を下げたティフディリア帝国の君主は地下から出ていく。


「ボクは別に外とかどうでもいいかな? ここの暮らしは割と気に入って――――」


 再び剣閃が走る。今度こそショウを捉えたかと思ったが、やはりいつの間にかミツムネの背後に立っていた。それも四十メートルほど離れた場所にである。

 その脅威の移動方法にミツムネは眉を顰めるばかりだ。


「だったら、ガキはガキで大人しく留守番でもしてろ」


「そうさせてもらうよ。じゃあね、ミツムネくん」


 息を飲むような攻防を繰り広げたにもかかわらず、ショウはまるで夕方のチャイムを聞いた子どもみたいに気さくに手を振ると、直後ミツムネの視界から消えてしまった。


 ついにミツムネが一人になるかと思われたが、地下の闇の奥から叫声が聞こてくる。

 今度は、二体……。それも魔獣ではない。人だ。何か薬物でも打っているのだろう。半分正気を失い、何かずっと譫言のような言葉をブツブツと繰り返している。その筋肉は巨大な猪のように膨れ上がり、狼のような荒い息を吐いていた。


「へぇ。今度の相手は退屈しなさそうだな」


 剣を握り直すと、ミツムネは半分魔獣と化した人間に向かって、走り出すのだった。

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