第14話

 アンジェの時と同じだ。

 あの時は一瞬だったが、見間違いじゃなかったんだ。


 一体何がトリガーでこのアイコンが定期的に出てくるのかわからない。

 今、わかることといえば、ミィミの方を見ている時にしか、アイコンが開かないということだ。


 ミィミに関係することなのか? ならば、ミィミは何を思い出すのか、かつて賢者だった俺にもわからない。


 だが、今これしかない。

 事実の検証や理論の構築よりも、今の俺には何よりも最優先されることだということだけはわかった。


「思い出せ、ミィミ!! 本当の自分を!!」


 俺は『おもいだす』のアイコンを押す。


 瞬間、光の塵が舞った。

 真っ白に染まる空間の中で、俺が見ていたのは大量の情報に溺れるミィミの姿だった。


「あああああああああ!!」


 ミィミが叫ぶ。

 一瞬、スキルを起動させたことを後悔したが、再びミィミの瞳は輝いた。

 そしてゆっくりと俺の方を向いた。


「ミィミ?」


「クロノ……。いえ。あたしのご主人様」


「え?」


 ズルッ!!


 何かが剥けるような音がした。

 刹那、ミィミの身体が膨れ上がる。

 薄い緋色の体毛が伸び上がり、細い手足は太い幹を思わせるように太くなる。

 獰猛な爪が地面を掻き、短刀のような鋭い牙を露わになった。


 現れたのは、緋色の大狼だった。


「あれはまさか…………、ミルグか!」


 神狼ミルグ。

 俺がかつて飼っていた神獣にして、相棒だ。

 それが何故ミィミに……?


「もしかして、スキル『おもいだす』か?」


 恐らくミィミの中に、ミルグの記憶が眠っていたんだ。

 いや、ミィミは緋狼族の中でも変異種だといっていた。

 多分、遺伝したのだ。

 ミルグの力が隔世遺伝し、1000年の時を経てミィミに伝わり、俺の『おもいだす』をトリガーにして覚醒したのだろう。


『ぐおおおおおおおお!!』


 神狼へと変化したミィミは、雄叫びを上げる。

 一瞬にして硬い鉄格子を破ってしまった。


「ひいぃいいいいぃいぃ!!」

「化け物だ!!」

「こ、こんなの聞いてないぞ!!」


 さっきまで優勢を誇っていた野盗たちが、神狼の登場とともに悲鳴を上げる。


 蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。

 が、人間の足が神狼の神速の足に勝てるはずがない。


『ガウッ!』


 退路に回り込むと、すかさず爪を振るう。

 一瞬にして、10人の野盗が切り刻まれた。


 身体能力でミルグの力に勝てる人間はいない。

 魔族相手に何の強化バフもなしに戦えたのは、俺たちの仲間の中でもミルグぐらいなものなのだ。


 その惨殺劇を見ていた野盗たちは別の方角に逃げようとしたが、反応が遅すぎた。


「よう。どこへ逃げるんだ?」

「お前たち、よくもやってくれたな」

「今度はこっちの番だぜ」


 薬で眠らされた冒険者が目覚め、野盗たちの退路を固めていた。


「なっ! もう目覚めたのか?」

「薬の量が少なかったんじゃ」

「おい! 誰だよ、薬の量をケチったのは!!」


 慌てすぎて、仲間割れまで起こし始める。

 所詮烏合の衆だ。


「別に薬の量が少なかったわけじゃない。お前たちが睡眠薬を使ったと聞いて、俺もまた覚醒を引き起こす作用の香水を、密かに辺りに漂わせていただけだ」


 魔法で覚醒させることは容易だが、それでは奇襲にならない。

 結局、人質に取られては策とは言えないからな。

 タイミングを見計らっていたが、ミィミがうまく引きつけてくれた。


「なるほど。さっきの三文芝居は香水が効くまでの時間稼ぎだったわけか」


 リーダー格が俺の前に立ちはだかる。

 ズボンを穿いていたが、先ほどの光景を見ている人間としては、威厳も何もあったものではない。


「ああ。とはいえ、ミィミに変なことをさせた時点で止めるつもりだったけどな」


 まさかあそこで本当にミィミが覚醒するとは思わなかった。

 あの時、誇りを取り戻したのは、間違いなくミィミの力だ。


 そのミィミは冒険者とともに野盗を蹴散らしていく。

 すべて平らげるのに、5分とかからなかった。


 あとはリーダー格だけだ。


『ぐるるるる!』


 ミィミはリーダーに迫る。

 それを手で制したのは、俺だった。


「悪いがこいつの相手は俺だ、ミィミ」


「ふん。やはり単なる冒険者ではなさそうだな。だが、これを堪えられるかな」


 【爆炎弾ナン・アーム】!


 炎の塊を放つ。

 火属性の中級魔法か。

 こいつ、大きな身体の割りには魔法使いなのか。


「死ねぇえええええ!!」


 バシィン!!


 俺はあっさりリーダーから放たれた炎をマントで弾く。


「なっ! オレの魔法を弾くだと」


「これは火躱しの衣と言ってな。……これ説明が2度目だから割愛するぞ。平たく言えば、お前の粗〇ン魔法なんて痛くもかゆくもないってことだ」


「きっっっさまぁああああああ! 言わせておけば、誰の魔法が粗――――」


 ボウッ!!


 俺の手から高々と炎の柱が上がる。

 それは闇を払い、周囲を紅蓮に包んだ。

 炎は空気を焼くと、火の粉が幻想的に辺りを舞った。


「な、なんだ。それは? 貴様、上級魔法を使えるのか?」


「お前に上級魔法なんて使うかよ。こいつは【風刃ザック】だ」


「馬鹿な! 初級!! しかも風の魔法ではないか!」


「そうだ。普通の【風刃ザック】ではない。【風刃ザック】で制御した純粋酸素に、アセチレンガスを等分に配合してある。3000度の炎だ」


「アセチレンガス……。純粋酸素……。3000度の炎だと!? お前、一体何を言っているんだ?」


「炭化カルシウムを水で反応させて……と説明したところで、低能なお前にはわからないだろうな。だが、知識と魔法を知れば、誰にでも思い付く奇跡――。まあ、ケダモノのお前には一生到達できない境地だろうがな!!」


「ぎゃああああああああああああああああああああ!!」


 俺は炎を飛ばす。


「低レベルの魔法も、その性格も、あの世に行って治してこい!!」


 爆炎がリーダーを包む。

 末期の悲鳴すら飲み込み、ついにリーダーは塵となった。

 残ったのは、逃げ惑う情けない影の形だけだった。



 ◆◇◆◇◆



「はい。確かにいただきました」


 財布袋の中身を確認し、ゾラルは頷いた。


 今俺は無事護衛任務を終え、送り先であった街の入口にいる。


 野盗たちを追い払い、再び街を目指すことになった俺はゾラルにある相談を持ちかけた。

 端的に言えば、ミィミを買いたいという相談だ。


 交渉は難航するかと思われた。

 すでにミィミの買い取り先が決まっていたからだ。

 しかし、ゾラルは2つ返事でOKした。

 理由を聞いたら、こんな回答が返ってきた。


「あなたを追って売り先から飛び出されたりしたら、後々怒られるのはわたくしですからなあ。それなら違約金を払ってでも、あなたにお売りした方がいいと判断しました」


 とまあ、そんなわけで護衛任務を終えた直後に買い取ったというわけだ。


 命を助けた上に、問題児を買い取ったのだから代金ぐらいまけてくれてもいいとは思うのだが、ゾラルを守ることは俺の仕事だったし、違約金を払うのはゾラルだ。


 それに紛いなりにも違法奴隷商だ。恩を売るのも、恩を買うのもリスクがある。総合的に考えても、きちんと代金を払う方がいいと俺は考えた。


 まあ、違法奴隷商というだけあって、絶対に足が付かないらしい。追われている俺には、ちょうど良い取引だ。


 街からさらに西の町へと向かうゾラルたちを見送り、俺はミィミと2人っきりになる。


「本当に良かったの。あたしなんか買い取って」


 獣人の姿に戻ったミィミは上目遣いに尋ねる。

 ミルグは神獣とはいえ獣だ。はっきりした自我がないため、基本的にミィミが主導となるらしい。


 ミルグだった頃の記憶は朧気だそうだが、その力の使い方はなんとなくヽヽヽヽヽ理解しているそうだ。


「じゃあ、俺から逃げるか?」


「うーん。それはまだ保留かな。あんたのご奉仕次第ね」


「ご奉仕って。主人は俺の方だと思うのだが……」


「ねぇ! やっぱりあたしを買い取ったのって、ミルグがいるから?」


「否定はしない。……でも、理由はそれだけじゃない」


「それって?」


「俺もお前と同じだ。この世界では天涯孤独……。だから、そろそろ仲間が欲しかったってところだ。平たく言えば、人恋しかったんだろ」


「人恋しいなら、誰でも良かったんじゃ……」


「そんなことはない。お前と喋るのは結構楽しかったぞ」


 ミィミはピンと耳、尻尾を立てる。

 顔まで真っ赤だ。


「どうした?」


「あたしも……」


「え?」


「……あんたと喋ってると気持ちが落ち着くというか。た、多分これはあたしの中にミルグがいるからね。さっ! そろそろあたしたちも行きましょう!!」


「行きましょう……って! お前、どこへ行く気だ? お、おい!」


 突然、ミィミは走り出す。

 尻尾を振り、何だか嬉しそうだった。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。

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