第10話

「ごふっ! かあぁぁああ……。げは! げはっ!!」


 突然、咳き込んだのは死体漁りだ。

 生きてはいるとは思っていたが、もう意識を回復させたらしい。

 さすがはスキルツリーレベル40。しぶとい。


 だが、それでも満身創痍であることに代わりはない。重度の火傷に加えて、こちらの最大火力を顔面で受けたのだ。今は指一本動かすことすら困難なはずである。

 激しく咳き込むと死体漁りの顔を、最後まで一部隠していたマイナの顔が剥がれる。


 いよいよその姿が現れた時、俺たちは息を呑んだ。

 特徴的な鉤鼻。そこに浮かんだ多くのシミと皺。節くれ立った四肢も見える。

 それは俺がよく知る人物の顔だった。


「『勇者の墓場』の婆さん!」


 間違いない。あの守銭奴老婆だ。

 その素顔を見て、ロレンツォも神妙な顔を見せた。


「この人デス。ワタシとマイナにこのダンジョンを進めてきたのは……」


 ロレンツォとマイナも、一度『勇者の墓場』に落ちた。

 それでも二人は協力して、冒険者として独り立ちし、『勇者の墓場』を出ていった。

 しかし、なかなかレベルが思うように上げられず、困っていた時、相談に乗ってくれたのが、この『勇者の墓場』の管理人だという。


 老婆は『勇者の墓場』にいた時とは違って、親身に相談に乗ってくれた。まるで自分の孫でも可愛がるように。しかし、そんな顔で老婆は死霊の森のダンジョンを、ロレンツォたちに勧めたのだ。


『あたしが付いていけば問題ないさね。昔、よく死霊狩りをやったもんさ』


 そうやって、死霊系の魔物を不得意とする二人を安心させたというわけだ。


「お婆さんはダンジョンに入っテ、しばらくシタ後にいなくなりマシタ」


「そのすぐ後に、ソウルマジックの強襲を受けたというわけか」


 すると、笑い声が聞こえてきた。

 くぐもった声の出所は、もはや語るまでもない。老婆――いや死体漁りだ。


「ぐふふふ……。あんたたち、あたしをこんな目にして……ごほっ! タダで済むと思うなよ」


「そんな満身創痍でも啖呵を切れるのか。ホントしぶとい婆さんだな」


「イエ。たぶん、そういうことじゃないと思います」


「どういうことだ、ロレンツォ」


「噂で聞いたことがあります。帝宮が雇ったハズレ勇者専門の暗殺者がいると……」


「はあ? ハズレ勇者専門の暗殺者? どういうことだ?」


「決まってる……。帝宮にとって、あんたたちハズレ勇者が目障りだからさ」


「目障り? 俺たちが? 無能と断じて、追放したのは帝宮側だろう」


 ハズレ勇者といっても、勇者は勇者だ。この国は国策として勇者を召喚してる。

 たとえハズレだとしても、帝国が勇者を殺してるなんて噂が立ったら、国策と矛盾してることになる。人民の信頼は地に落ちるだろう。


「五十年ほど前にね、一度あったのさ。ハズレ勇者の反乱がね」


「ハズレ勇者の反乱?」


「それからさ。お前たち、ハズレ勇者が暗殺され始めたのは……」


「反乱を企てた勇者はどうなったんだ?」


「死んだよ。同じ勇者に殺された」


 俺とロレンツォは息を呑む。

 それだけハズレ勇者と、帝宮に残った勇者の戦力に違いがあるというわけだ。

 何にしても、千年の間に人間社会も随分と歪になったものだ。

 魔族という共通の敵がいたにせよ。貴族も平民も、もうちょっと助け合って生きていたものだがな。


「暗殺者がそんなペラペラ喋っていいのか」


「ふん。あたしはあんたたちを殺せなかった。たとえ、この場を生き延びたとしても、帝宮はあたしを許さないだろう。それにこんな歳だからね。とっくに稼業の賞味期限が切れてるんだよ」


「賞味期限? 婆さん、あんたも異世界人か?」


「…………」


「なるほどな。それがあんたの生き方だったわけか。……ロレンツォ、ちょっと相談がある」


「なんデスか、クロノさん?」


 死体漁りから少し離れて、俺は小声でロレンツォと相談を始めた。


「――――というわけだ」


「オーケー。わかりました。クロノさんの案に従いますヨ。マイナも理解してくるはずデス」


「ありがとう」


 一方、死体漁りはもう虫の息だ。たぶん、このまま放っておいても、死んでしまうだろう。

 まあ、演技という可能性は十分あるがな。


「婆さん、俺の頼みごとを聞いてくれないか? 聞いてくれたら、あんたを治療してやる。それにうまくいけば、もう少し生きられるぞ。むろん、暗殺稼業からは足を洗ってもらうがな」


「……とりあえず話しな。決めるのはそれからだ」



 ◆◇◆◇◆



 死霊の森のダンジョンが消えると、一人の老婆が出てくる。

 顔は真っ赤で、節くれ立った手には重度の火傷を負い、あちこちに水ぶくれができていた。

 左足が思うように動かないのか。太い枝を杖代わりにして、引きずるようにして歩いている。


 そんな老婆の前に現れたのは、帝国の兵士だ。

 如何にも真面目な青年といった兵士は老婆の前で敬礼する。


「お疲れ様ッス! 随分と苦戦したようですが、首尾はいかがでしたか?」


「三人とも殺したよ。死体は全部燃えちまったがね。ひどいもんさ。あたしまでとばっちりくらってこのザマだよ」


「それは大変でしたね。ご苦労様でした、死体漁り殿」


 それだけ言って、兵士は踵を返す。早速とばかりに、帝都へと走り出そうとする。


「待ちな。他にも報告したいことがある」


「何でしょうか?」


「あたしは引退する。感覚がない。もう足はダメだ」


「なるほど。私の一存ではなんとも言えません。上とかけあってみますが」


「頼むよ」


 老婆の返事を聞くなり、兵士は風のように走り去って行った。

 死体漁りと呼ばれた老婆は、手近にあった石の上に腰を下ろす。


 はあ、と息を吐くなり、暗い老婆の顔に刺したのは、朝日だった。

 眩い光りに見せられながら、死体漁りは遠い過去に思いを馳せる。


「疲れた……」


 たった一言だけを言うと、そのまま死体漁りは眠るように瞼を閉じた。



 ◆◇◆◇◆



 眩い日の出を、俺とロレンツォは朝一の馬車から眺めていた。

 もう帝都をぐるりと囲む城壁が見えない。遠くに帝宮の尖塔が微かに見えるだけだ。

 帝都を出れば、のどかな田園風景が広がっている。田んぼではなく、小麦畑だろう。フッと風が吹くと、漣のような音を立てて、緑色の波が揺れた。


「お婆さん、うまくヤッテくれたでしょうカ?」


「大丈夫だよ。でなければ、今頃追っ手が差し向けられているはずだ」


 俺が死体漁りには、俺たちを殺したと虚偽の報告をしてもらうよう頼んだ。俺たちが死んだことにすれば、当分は帝宮の暗殺対象からは外れることになる。死体漁りも任務を成功したということで、生き延びることができる。お互いWin―Winというわけだ。


 死体漁りの怪我は、本人が持っていた回復薬を、俺が中級回復薬にして治した。

 ギルドで全部俺に渡したと思っていたが、一本隠して持っていたらしい。

 慎重な死体漁りだから、どっかに虎の子を隠し持っていることはわかっていた。それを理解した上での交渉だったのだ。


 俺たちはそのまま帝都には帰らず、街道で朝一番の乗合馬車に乗り込み、今に至るというわけだ。


「クロノさん、これからどうシマスか?」


「俺は一先ずこの国から出ようと思ってる」


 ティフディリア帝国から命を狙われている以上、出ていくより他はない。

 帝宮の対応は最悪だし、帝都の中にもハズレ勇者に対して厭世的なムードが広がっている。

 そんなにハズレ勇者が嫌いなら、こっちから出ていった方がいい。


「ロレンツォはどうする? 一応、マイナの遺体は葬ってきたが。帝国に残るか?」


「そうですネ。マイナがこの国にいる以上、アマリ遠くへは行く気になりまセン。ほとぼりが冷めたラ、また帝都に戻ろうカト。幸い、ワタシの見た目はジオラントの方々とあまりカワリマセンシ」


 確かにな。こっちの人間は、どっちかというと欧米人と似ている。

 ジオラントでは珍しい黒髪、黒目の俺よりも、ずっと潜伏しやすいだろう。


「そうか。世話になったな」


「ソレハ、こっちの台詞でス。デモ、いつかどこかで会いましょウ、クロノさん」


「ああ。いつかな」


 こうして俺は次の街でロレンツォと別れ、さらに一番近い国境がある北へと向かうのだった。



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 【名前】 クロノ・ケンゴ  

 【ギフト】 おもいだす LV 1  【クラス】 大賢者

 【スキルツリー】 LV 16 

 [魔法効果]LV 3  [知識]LV 10      [魔法]LV 3

 魔力   15%上昇   賢者の記憶        魔法の刃

 魔力量  15%上昇   劣魔物の知識       貪亀の呪い

 魔法速度 15%上昇   薬の知識

             弟子の知識


 【固有スキル】 【メテオラ隕石落とし】

         【エマージェンシー緊急離脱】

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