第10話
俺は帝都から馬車で10日のところにある北方の街メリエスに滞在していた。
程よく田舎で、程よく物が溢れた街で、さらに静かで治安も決して悪くない。
街の間には川が流れていて、なかなか風光明媚な街である。
だが、帝都から離れた田舎町とてティフディリア帝国の領内であることは変わりない。街のあちこちに俺の人相書きが書かれた手配書が貼り付けられ、なんと賞金までかけられていた。
金貨500枚。ティフディリア帝国の物価的にいうと、ちょっとした一戸建てが買える。なかなかの大金だ。皇帝を弑逆こそすれ、裸の王様にしてしまったのだ。皇帝陛下の怒りがわかろうものだろう。
ただ風の噂で聞いたが、未だに皇帝は裸で執政しているらしい。賓客の謁見も続けているようだ。裸でしか生きることができなくなり、てっきり部屋に引きこもっているのかと思ったが、暗愚でも神経は図太い方だったらしい。
あるいは俺は皇帝を別の方向に目覚めさせてしまったかもしれない。家臣の浮かない顔と、謁見の間に来た客人の戸惑いの顔が目に浮かぶ。こうして噂が田舎町に広まっているところを見ると、領内のかなり広い範囲で広まっているのだろう。そして、その権勢も徐々に下降気味にあるらしい。有力な貴族が次々と皇帝から離脱しているそうだ。首がすげ替えられるか、内乱が起きるか、時間の問題かも知れない。
翻せば、俺の復讐がうまくいっているという証でもある。
しかし、手配がかかっても俺を捕まえるのは難しいだろう。【
『変化の指輪』という魔導具で、付けている間は姿を変えることができる。魔力コストが低いから、魔法を常時発動しているよりも、魔力消費が抑えられるのだ。
おかげで異世界人特有の黒髪は灰色、黒目は水色になった。一見ライトノベルの主人公みたいだが、人が認識しにくい組み合わせを考えてこうなったのだ。
別に俺の中二心がくすぐられたからでは断じてない。
さて、道場を辞した俺は馴染みの武器屋に向かった。メリエスに来た当初から世話になっていて、道場もこの武器屋の店主から教えてもらった。
「アンジェ、いるか?」
武器屋に入ると、やたら背の低いカウンター向こうでぴょんと赤銅色の髪が靡く。
顔を出したのは、まだあどけなさが残る少女だ。
見た目も身体も、9歳児ぐらいだろうか。
健康的に焼けたような褐色な肌に、小さな身体にまるで合っていないぶかぶかの繋ぎ。
大きくて綺麗な黄色の瞳が自信なさげなに揺れていた。
「あ。クロノさん、いらっしゃい」
「こんにちは、アンジェ。今日も店番か。偉いぞ」
「ち、ちがいます~。ここはわたしの店ですぅ。あ、あと頭を撫でないでください~。わたし、子どもじゃないんですから」
この娘はアンジェリカ・プラントン。
武器屋のオーナーで、この辺りで見かけるのは珍しいドワーフだ。
普通ドワーフ族は山や地下に棲む種族なのだが、アンジェは昔家族と一緒にここで武器屋を開店して以来、メニエスに住み着いたという。
ちなみにこう見えて、俺の3倍歳をとっていたりする。
ドワーフはエルフ並みに長寿だが、成長が遅く、成人しても子どもぐらいの背丈までしか伸びない。所謂、合法ロリというヤツである。
「ごめんごめん」
この街に来て世話になったアンジェだけど、見る度に和むんだよなあ。
どうしても年上に見えないっていうか、普通に可愛いんだよなあ。
「その小太刀はリサラさんのところのですね。もしかして道場をご卒業されたんですか」
目敏く俺が腰にさしていた小太刀を見つけると、アンジェは黄色の瞳を細めた。
「ああ。今さっきな。よくわかったな」
「道場の卒業生はみんな持ってますよ。仕入れも手入れもわたしがやってるんです。それにしてももう卒業されたんですか? 通って、3ヶ月しか経ってないのに。さすが、クロノさんです」
「ありがとう、アンジェ」
「えっと……。何かお祝いができればいいのですが。すみません。急だったので、何もご用意できず」
「相変わらず律儀だな。別にいいよ。アンジェにはよくしてもらってるし」
「で、では、クロノさん。屈んで下さい」
「こうか?」
アンジェに言われた通り、俺は屈む。
頭を突き出すような姿勢になると、温かな手が俺の頭に置かれた。
「いーこ。いーこ」
突然、俺は合法ロリ幼女から頭を撫でられる。
一生懸命、足首を伸ばしている姿が、実に愛くるしい。
やばい。可愛すぎる。ずっと撫でてもらいたい……。
落ち着け、クロノ。いや、現代人黒野賢吾。
俺にはロリ属性はなかったはず。……はず。
「とにかく、ひとまずこれで許して下さい」
「い、いや十分だ。十分なインパクトだった」
「?」
アンジェは首を傾げるが、俺は空気に堪えきれず、別の話題を振った。
「ところで、例のヤツの進捗はどうかな? 順調にいけば、今日完成するって聞いていたんだけど」
「バッチリですよ。こちらへ!」
珍しくアンジェは親指を立てる。
その反応……。よほど自信があるらしい。
アンジェは武器屋の奥にある鍛冶場に俺を案内する。
鍛冶場は炎の神がいる神聖な場所だから滅多に人を入れないそうだが、俺は特別なんだそうだ。
鍛冶場は綺麗に整理されていた。数種類の鎚が壁にかかり、火バサミや火床、金床など鍛冶場でお馴染みの道具や設備が並んでいる。
昔、賢者だった頃の俺にはお馴染みの光景だ。
「クロノからもらった設計図通り作ったんですけど。チェックして下さい」
アンジェは作業台にかかっていた布を剥ぐ。
台に置かれていたものを見て、俺は思わずほくそ笑んだ。
機構も確かめるが、動きも滑らか。
持った感触も悪くない。
「期待通り……。いや、期待以上だ! アンジェ、お前は天才だな」
「あははは……。クロノさんに褒められると嬉しいですね――――キャッ!」
俺は興奮のあまりにアンジェを担ぎ上げる。
休日のお父さんが子どもにするみたいに高々と抱え上げた。
「もっと喜べよ。アンジェ、お前は今歴史的な行いをしたんだ」
「クロノさん! わかった! わかりましたから下ろして――――」
オロロロ、とばかりにアンジェは目を回す。
おっといけない。興奮しすぎてしまった。
でも、我ながらこんなにうまく行くとはな。
俺はアンジェを床に下ろす。
アンジェの顔は真っ赤に火照っていた。
「クロノさんはレディに対して時々見境がなさ過ぎます。わたし、これでもクロノさんよりも年上なんですから……。過剰な接触は良くないと思います」
「す、すまん。でも、アンジェは可愛いからなあ」
「そもそもクロノさんからすれば、わたしはおばさんなんですよ。その……おばさんでもいいんですか?」
ポッと頬を赤らめながら、アンジェは上目遣いで俺を睨む。
さっき俺が振り回したせいで、繋ぎの肩紐が解け、健康的な肌の一部が見えそうになっていた。
(ぬおおおおおお! かわええ……)
「うん。いいかもしれない」
「い、いいんですか!! ……も、もう。からかわないで下さい」
ぷいっとアンジェは背ける。
そんなところも可愛い。
やばい。俺は何か超えてはいけない一線に踏み込んだような気がする。
そもそも俺には、あのお姫様がいるというのに。
実はあれから彼女と会っていない。
手紙のやり取りをしようにも、住所はおろか名前すらわからないのだ。
連絡の取りようがないのである。
実に不覚なことだ。
「ところで、これどうやって使うんですか? わたしには、武器に見えないんですけど」
「なら、今ここで見せてみてあげるよ、アンジェ。君が作った武器の威力をな」
俺は
そして撃鉄を起こした。
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