第11話
帝都から馬車で十二日。俺は北の街メルエスにやって来ていた。
程よく田舎で、程よく物が溢れた街で、静かで治安も悪くない――と聞いている。
街の中心には川が流れていて、水車がのどかな音を立てて回っていた。なかなか風光明媚な街だ。
大通りの人通りは帝都と比べれば少ないが、賑わいは変わらない。帝都の陰湿な雰囲気と比べて、実に華やかだ。子どもも元気で、女性が屈託のない笑顔を浮かべて談笑している。
たぶんメルエスが国境に近いということもあって、帝国のカラーよりも隣国のルーラタリア王国の影響が強いのかもしれない。あっちは身分制の縛りが帝国ほど強くなく、貴族、平民関係なく、教育の機会もあるらしい。
実は、俺はそのルーラタリア王国を目指していた。
ジオラントで帝国の次ぐらいに権力を誇る大国で、その威光もあって帝国の影響力が少なく、帝都ほど異世界人に対する風当たりは強くないらしい。決定づけたのは、ジオラントで一番の蔵書を誇るという図書館だ。俺には千年前のジオラントの記憶があっても、今のジオラントの知識はさっぱりない。知識をアップデートするために訪れるのも悪くないと考えた。
国境を越えるためには、色々と書類を用意する必要があるのだが、そのためには一にも二にも金が必要になる。長距離の馬車移動のおかげで、金はすっからかん。死体漁り戦で倒したソウルマジックの魔結晶はスキルポイントと装備で消えた。
火除けの効果が入った魔導士のローブに、魔力が8パーセント上昇する三角帽。それに武器としても杖としても使える丈夫な樫の杖が、今の俺の主な所持品だ。
装備といっても、昔と比べればまだまだ心許ないが、まあ見た目は整った。
いつまでも血なまぐさい中古品を装備しているわけにもいかないからな。
さて、一旦メルエスでお金を稼ぐ必要がある。
となれば、俺がまず最初に行く場所は、メルエスのギルドだ。
「いらっしゃいませ、冒険者様」
ギルドにたどり着いて受付に行くと、随分と賑やかな声が返ってきた。
目の前のギルド職員は、帝都にいたギルド職員と同じ制服を着ているのだが、笑顔だからか全然印象が違う。普段店員の表情なんて特に気にすることはなかったのだが、笑顔一つでこうも印象が違うとはな。あと、どうでもいいことだが、イントネーションがメイドカフェっぽい。
制服には名札もかかっていて、ラパリナと名字が目に付いた。一応覚えておこう。
「クエストを受注したい。出来れば討伐クエストがいい」
「失礼ですが、当ギルドは初めての冒険者様ですね。クラスのレベルと、スキルツリーのレベルを教えていただけないでしょうか?」
「スキルツリーのレベル25。クラスレベルは〝ワンⅠ〟だ」
すると、背後からドッと笑い声が巻き起こった。
振り返ると、ギルド内に併設された酒場で朝から飲んだくれていた冒険者が膝を叩いて笑っている。他の冒険者も同様だ。帝都でもあったが、どうやら街の質が変わって、冒険者の質はあまり変わらないらしい。
「申し訳ありません、冒険者様。お名前を窺ってもよろしいでしょうか?」
「クロノだ」
「クロノ様。現在、当ギルドにおいてクロノ様のランク〝E〟。残念ながらオススメできる討伐クエストは、当方にはございません。最低クラスレベル〝ツーⅡ〟。ランク〝D〟以上の冒険者様のみ、討伐クエストの受注が可能になります」
ラパリナさんは申し訳なさそうに頭を下げる。
話を聞いて、またギルドに笑い声が響いた。
「残念だったな、坊や」
「お前は用なしだってよ」
「ランク〝E〟の冒険者なんてお呼びじゃないんだ」
「そんな貧相な装備じゃ。スライムすら倒せないんじゃないのか?」
「ちげぇねぇ! 帰って、かーちゃんのおっぱいでも吸ってな」
酒を呷り、また下品に笑う。あそこまで行くと、人生楽しそうだな。
あと、リアルで初めて聞いたぞ。かーちゃんのおっぱい……。
「理由を聞かせてくれないか」
「この辺りのダンジョンは帝国国内の中でも、かなり難度が高いんです。推奨されるスキルツリーのレベルは30以上。クラスレベルは〝ツーⅡ〟以上となっております」
「それぐらいになると、ダンジョンの魔獣や魔物レベルは40前後ということになるが……」
「はい。ほとんどのダンジョンに一角オーガやラウンドタートルがいるんです」
どっちも体力が馬鹿高い魔獣だな。特にラウンドタートルの討伐は、かなりの火力が必要になる。
なるほど。クラスランク〝ワンⅠ〟では舐められるわけだ。
現在、俺は[知識]と[魔法]のスキルツリーがレベル10となっている。これが[魔法効果]を含めたすべてのレベルを10にしても、レベル11以上にすることはできない。
これ以上スキルツリーのレベルを上げるためには、クラスアップする必要がある。すぐにでも上げたいところなのだが、そのためには、魔導書と呼ばれるアイテム魔導具が必須だ。
しかし千年前なら道具屋に当たり前のように売っていた魔導書だが、今はどこの道具屋にも売っていない。正確に言うなら、導きの星4つ以上のクラスが必要とする魔導書が、まったくと言っていいほど売っていないのだ。どうやらティフディリア帝国は、導きの星4つ以上のクラスが必要とする魔導書を一括で買い上げ、一元管理しているらしい。そのため市場に出回ることがほとんどないそうだ。導きの星3つ以下のクラスが必要とする魔導書にしても、帝国が独自の取引税をかけているようで、高値で取引されていた。
結果的に国は高レベル高位クラスの勇者を揃え、市中には低レベル低位クラスの冒険者が溢れる。
これも五十年前の反乱の教訓というわけだ。
「わかった。じゃあ、ランク〝E〟の冒険者でも受注できるクエストを紹介してくれ」
「簡単な薬草採取しかありませんが……」
「それでいい。一つ確認なのだが、薬草採取で突発的に魔獣と出会って、倒してしまった場合、ギルドで買い取りは可能か?」
「ええ。ですが、クエストの報酬をお渡しすることはできませんが」
「わかった。代わりに良い値で頼むぞ。ランク〝E〟の冒険者が討伐した魔獣なんだからな」
俺は薄く微笑んだ。
◆◇◆◇◆
ギルドに勧められるまま、俺は薬草の群生地に向かう。
きっちりクエストをこなした後、近くのダンジョンに入った。
巨大な岩が迷路のように入り組んだ、岩石ダンジョンだ。といっても道幅は広く、経路も単純。視界も悪くないから、魔獣の強襲を受けるということはないだろう。
そして、やたら踏み荒らされているのは、ダンジョンに棲息する魔獣が大きいからだ。
「早速、お出でなすったか」
一角オーガだ。数は一体。大きな目玉が俺の方を見つめている。
俺を認識した一角オーガは胸を叩き、威嚇してきた。
『うごごごごごごごごごご!』
向こうはやる気満々らしい。それはこっちも一緒だ。
「先手必勝」
俺は杖を掲げる。
〈貪亀の呪い〉
移動速度を遅くする魔法を一角オーガにかける。
この〈貪亀の呪い〉は、三回まで重ねがけが可能だ。
一角オーガは元々移動速度が遅い。そこに〈貪亀の呪い〉を重ねがけすれば、停止しているのとさほど変わらなかった。自慢の膂力も当たらなければどうということではない。
「さて続いて、体力だな」
相手は遅い故に、的もでかい。おまけに魔法耐性がほとんどない。
どんな魔法でも外れる気がしなかった。
〈菌毒の槍〉
掲げた杖の先に、毒々しい色をした槍が生まれる。
直後、槍は一直線に向かって行くと、一角オーガの目を貫く。
これで魔獣の動きを封じ、視界すら奪った。一角オーガを完封したわけだが、俺が千年前に編み出した戦術はここからだ。
〈菌毒の槍〉が刺さった一角オーガの瞳とその周囲が、紫色に変色し始める。
どうやら毒状態になったらしい。
これが[魔法]レベル7で覚える〈菌毒の槍〉の怖さだ。
射程こそ中距離だが、〈魔法の刃〉以上の攻撃力と、何より毒を付与する効果がでかい。
しかも〈薬の知識〉を覚えておくと、効果が強まり、毒にもかかりやすくなる。
人間なら毒を回復する手段を持っているが、知性の低い魔獣はそうもいかない。
一度発症すれば、骨が腐り落ちるまで身体を蝕み続ける。
解毒のためには毒消しを飲むか、使用者本人の意識を奪う必要があるが、〈貪亀の呪い〉の効果で、今一角オーガはまともに動くことさえできない。つまり、俺は一角オーガが死んでいくのをじっと見ていればいいのだ。
【大賢者】のクラスレベルは未だに〝Ⅰ〟だが、〈貪亀の呪い〉と〈菌毒の槍〉、そこに〈薬の知識〉を足したコンボは千年前も猛威を振るった。
俺はこの戦術によって、上位の魔獣すら圧倒し、一時最強の〈ビギナー初心者〉として一躍有名になったのだ。そのおかげで、世界を救うなんて面倒くさい仕事を押し付けられたわけだがな。
『があああああああああああ!!』
吠えたのは、一角オーガではない。後ろからだ。
振り返ると、大きな亀が俺の方を向いて威嚇していた。
長い尻尾を鞭のようにしならせて、近くの岩場を破砕する。
飛礫がこっちに飛んできて、危なく被弾しそうになったが、俺は華麗に避けた。
頑丈そうな甲羅に、氷柱でできたような獰猛な牙。大木の切り株を想起させるような足は如何にも重量級という感じだった。長い尻尾を振り回し、ラウンドタートルが迫ってくる。
「本当に貪亀が現れた」
すかさず〈貪亀の呪い〉と〈菌毒の槍〉のコンボを繰り出す。
結果は一角オーガと変わらない。ほぼほぼ動けなくなり、毒が回ってからは立ち上がることすら難しく、お腹を地面に付ける。長い尻尾を虚しく振り回すだけだった。
この低ランク帯の最強戦術を、俺は無敵の戦術へと変える。
〈霧隠れ〉
スキルレベル5で習得していた[魔法]だ。
名前の通り、霧によって身を隠すことができる。
一角オーガもラウンドタートルも、毒を付与したにっくき人間の姿を見失い、後は虚しく悲鳴を上げるのみである。俺はそれをごろ寝でもして眺めているだけだった。
やがて両者は死を迎える。さすがに体力があるので、完全に消滅するまで三十分近くかかったが、まともに戦うより安全な上に、確実。もっと言えば楽だ。
まだ陽は高いし、魔力回復薬も自作して揃えてきた。
「あと、十体は余裕だな」
次なる獲物を探し、俺はダンジョンを彷徨い歩き始めた。
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