第34話

本日2回目の投稿となっております。

第33話を読んでないと言う方は、先にそちらの方を読んでくださいね。


~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


 ギィン!!


 耳をつんざくような硬質な音が、ダギア辺境伯の屋敷で響き渡った。

 剣と剣が打ち鳴らす音。

 その凄まじさに、目が覚める心境だった。


 互いの渾身の一撃――。


 弾かれたのは、メイシーさんだった。

 そして振り抜いたのは、アリエラだ。

 メイシーさんは決して悪い剣士ではない。加えて薬の影響か、アリエラに向けられた一刀には一切の躊躇というものがなかった。

 しかも、相手は手負いである。

 間合いすら満足に掴めない状況で、メイシーさんの一撃は完璧に決まったかと思われたが、上回ったのはアリエラだった。


(力が……。いや、抜刀術か……)


 アリエラとメイシーさんの大きな違いの1つで上げられるのは、体格の差だ。

 メイシーさんの方がアリエラよりも背が高く、それがそのまま振りの重さに直結している。

 おそらく普通に打ち合えば、弾かれたのはアリエラの方だろう。

 その重さをアリエラは鞘を走る力と速さで対抗した。

 結果、打ち合いを制したのだ。


 魔獣と戦っている時には見せなかったし、訓練でも欠片も見せなかった。

 あれがアリエラの本当の姿。

 それとも、今ここで考えたメイシーさん対策なのか。

 いずれにしても、末恐ろしい剣術センスだ。


 アリエラは完全にスイッチが入っていた。

 2歩、3歩退いた姉の懐に潜り込む。

 そのまま横に薙いだ。

 メイシーさんは防御姿勢を取るが、完璧ではない。

 そのまま剣ごと壁を突き破り、隣の部屋まで吹き飛んでいった。


「メイシーさん……」


 さすがに今はかなりの攻撃力だぞ。

 大丈夫だろうか。


「心配ない」


 アリエラが再び鞘に剣を収めて、腰を切る。

 すると隣の部屋で何かが蠢いた。

 メイシーさんであることは間違いないのだが、少し様子がおかしい。

 よく見ると半身が岩のように硬質化していた。

 精霊魔法だ。おそらく土の加護。

 身体を硬質化させ、衝撃を和らげたのだ。


「姉さんは剣の腕では、私に及ばない。……でも、精霊魔法においては、私は姉さんの足元に及ばない」


「つまり……。戦いはここからか」


 締め切ったダギア辺境伯の屋敷に風が巻き起こると、メイシーさんの足元に集中した。

 圧縮させた空気を1度に解放させると、メイシーさんはミサイルのように隣の部屋から飛んでくる。

 狙いはもちろんアリエラである。


「水の流れよ。我が手に宿れ」


 アリエラも精霊魔法を使う。

 自分の手に水の精霊魔法を宿し、さらに持つ剣にまで纏わせる。

 そのままミサイルのように突撃してくるメイシーさんを迎える事なく、足を蹴って向かって行った。


「うおおおおおおおおおおお!!」


「はあああああああああああ!!」


 ギィン!!


 再び剣と剣を打ち鳴らす音が響いた。


 果たして制したのは、アリエラだった。

 メイシーさんは無理に突っ込んだおかげで制動がきかず、錐揉みしながら壁に叩きつけられる。

 加護の影響で、見た目よりダメージを受けていないと思うが、それにしても凄まじい打ち合いだ。


「…………」


 俺は思わず息を呑んだ。

 やはりアリエラは天才。いや、剣神の遺伝子を次ぐエルフにふさわしい。


 確かに精霊魔法の扱いにおいてはメイシーさんがアリエラより頭一つ出ているかもしれない。

 けれど、アリエラの剣のセンスは精霊魔法の差を埋めるにあまりある。


 相手が風の加護で速度を得て、突っ込んでくると、抜刀術と水の加護で対抗した。

 抜刀術で速さを、水の加護を纏わせることにより、先ほどなかった重さを得たのだ。


 さらに俺が驚かせたのは、アリエラが迎え討たず、飛び込んでいったことだ。

 少しでも相手の加速距離を潰し、最高速に達する前に迎撃した。


 結果、五分――――。


 いや、剣の鋭さ、技術を考えれば、アリエラが勝つのは自明の理と言えるだろう。

 結果、その通り。

 アリエラが勝ったのだ。


(度胸もすごい。普通、あの場面で突っ込んでいかないぞ)


 俺でもそこまで考えられるかといったところだろう。

 アリエラの強みは、剣の強さもそうだが、その場の閃きと冷静な判断力である。


 完璧だ。

 完全にアリエラの実力は、メイシーさんを上回っていた。


「ぐふふふ……」


 笑ったのはダギア辺境伯だった。

 姉妹対決とはいえ、稀代の名勝負と称してもいい名剣豪同士の戦い。

 素晴らしさに口元が緩むならわかるが、ダギア辺境伯の口元は明らかに2人を嘲笑っていた。


「何がおかしい。2人の決着が着けば、次はお前だぞ」


「確かに。なかなかの名勝負だ。しかし、勇者クロノよ。この戦い、決着が着くのか?」


「なんだと?」


 俺は眉根を寄せると、ちょうどメイシーさんが立ち上がるところだった。

 衝撃は精霊魔法で抑え込んだが、それでも全身がバラバラになるような痛みはあるはずだ。

 でも、メイシーさんはケロッとした表情で戦場に戻ってくる。

 まるでター○ネーターだ。


「ぶははははは! 娘は戦うだけしか能のない木偶人形だ。それとも手足を切り落として動けなくするか? 実の姉なのだろう」


 ダギア辺境伯の言う通りだった。

 メイシーさんは三度アリエラの前に立ちふさがる。

 剣を構えた。全身から漏れる殺気は、戦い始めた時となんら変わらない。


 メイシーさんはアリエラに向かって行く。

 剣戟の音が響き渡る。

 アリエラの剣の勢いがなくなっていた。

 先ほどまで姉より強いことを証明するために本気で戦っていた。

 だが、次第にアリエラは感じ始めたのだ。

 このままでは、姉を殺してしまうと。


「どれだけ覚悟あろうとも、身内には手を抜いてしまう。さて、あの妹はそこまで修羅になれるかな?」


「黙ってろ!」


 俺は怒鳴るが、ダギア辺境伯を楽しませるだけだった。


 アリエラは徐々にだが劣勢に立たされていた。

 序盤こそ優勢だったが、やはり最初に肩口を切った傷に加え、左目の上から垂れている血をカバーしなければならないのが、戦いに影響が出始めていた。


 薬によってメイシーさんは痛みを感じていないのに対して、アリエラは違う。

 じり貧は目に見えていた。


 俺は考える。

 何か打開策があるはず。

 メイシーさんが操られている原因は、「くすり」の勇者の薬によるものだ。

 それを中和すれば……。

 いや、無理だ。どんな成分かわからなければ、手立てがない。


「お姉ちゃん! 目を覚まして!!」


 アリエルも剣を振るいながら必死の説得をするが、効果はない。

 このままでは本当に手足を切るしか方法がなくなる。


 ……いや、待て。


 そもそも本当に「くすり」の勇者の仕業か?

 いや、そもそも人を操る薬なんて可能なんだろうか。

 クロロホルムや自白剤のように人の意識をぼうっとさせる効果は再現できても、相手を催眠状態に陥らさなければ難しいはず。

 人の理性を矯正するには、かなり時間がかかる。俺たちがダギア辺境伯の屋敷に向かったのと、メイシーさんが向かった時間はさほど差はないはずだ。

 その間に、実の妹に凶刃を向けるような強い催眠状態に陥らせるのは難しい。


 ならば、これは現代知識ではない。

 異世界知識だ。

 異世界の技術を使ったものであるなら、答えは自ずと浮かぶ。


 『魔法』である。


 【人心掌握アルストール】。操作系の魔法だろう。

 だが、この魔法には時間的制限がある。

 これほど長い時間、メイシーさんを操ることはほぼ不可能。

 ただし、魔力効果を増幅させる魔導具がいるはず。

 しかも、それなりに大きな……。


 そこで俺はあることに気付く。

 アリエラが壊した壁を見る。


(これだけの激戦なのに、何故1歩も動かない?)


 気になったのは、ダギア辺境伯が1歩も動いていないことだった。

 アリエラの強さはわかっているはず。ならば、少しは安全圏に逃げるべきだろう。

 元騎士の矜恃とも考えたが、よく考えると、ダギア辺境伯から隣の部屋で戦う2人の様子は時折死角があって見えにくい。


 姉妹の戦いを楽しむなら、中に入ってでも観戦するはず。


(それにずっと気になっていたガウン……)


 慌てて迎え討ったように見えるが、メイシーさんの操作する時間があるなら、武具に着替える時間ぐらいあるはずだ。


 つーか、よく見ると足元に不自然な膨らみがあるんだが……。


「あんた、その足元のはなんだ?」


「は? いや……。貴様、何を言ってるんだ??」


 俺は半目で睨む。

 先ほどまで余裕をかましていたダギア辺境伯は、わかりやすいほど動揺していた。


「調べさせてもらう」


「やめろ! わしに近づくな! エルフがどうなっても――――」


 【水撃矢ゾロ・ロー


 水の矢を放つ。

 ダギア辺境伯は慌てて退避するが、足元にあったものは忘れたようだ。

 水の矢が刺さったのは、やはり魔力増幅の魔導器だった。


「やっぱり効果持続と効果範囲を広げる魔導器か……」


 やれやれ……。

 最近、現代知識で考えてばかりだったからな。

 単純に魔法の効果だと考えが及ばなかった。

 これは反省すべき点だな。


「ふふふ。あははははは! バレてしまったら仕方ないわい」


 ダギア辺境伯はついに剣を抜く。


「老いてもこのグリズ・ル・ダギア! まだまだ剣の実力は錆びておらんぞ」


 来い、とばかりに剣を構えた。

 なるほど。威勢のいいことをいうだけはある。それなりに堂に入っていた。

 ただし、それまで俺が見てきた剣士と比べれば、月とすっぽん、象と蟻の差があるけどな。


「どうした、勇者クロノ! かかってこい!」


「俺が相手してもいいが……。俺よりももっと相手してほしい人――いや、エルフがいるからそっちに譲るよ」


 ゆらりと影が俺の後方で揺れる。

 ともに血に濡れながら、両側から追い越していったのは、2人のエルフの姉妹だった。


「姉さん……」


「行くわよ、アリエラ!」


「うん」


 2人の姉妹は走る。


「ひっ! ふ、2人がかりなぞ卑怯だぞ」


 ダギア辺境伯は不平を叫ぶ。

 この後に及んで往生際が悪いな。

 そもそも卑怯はどっちだよ。


 老兵の戯言に付き合わず、2振りの黄金の剣は廊下を走る。

 1人は左斜めに、1人は右斜めに構えると、そのまま袈裟に振り下ろした。


「やめろ! やめろおおおおおお!!」


 両側から狙う双頭の二撃にどうしていいかわからず、ダギア辺境伯は叫ぶ。


 自慢の身体を×の字に斬り裂かれると、そのまま膝を折って倒れるのだった。

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