第33話
週末となりました。
本日も2回投稿となっておりますので、
よろしくお願いします。
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◆◇◆◇◆ ミィミ ◆◇◆◇◆
(ああ。もうバッチィわねぇ)
ミィミは足を上げる。
カブラザカの血液が取り払おうとして、思わずふらついた。
なんとか立て直すが、油断すると意識が持って行かれる。
体力的には問題ないのだが、未だにキオリオの花粉の香りが残っていて、ミィミを苦しめていたのだ。
『
ミィミは顔を上げる。
戦闘は終わっていない。
カブラザカは倒したが、まだ兵士が残っている。
しかも、カブラザカが放った薬の効果が残っているらしく、兵士は時折ケダモノのような声を上げながらミィミに迫ってきていた。
ミィミはちらりと後ろに控える屋敷を見る。
これだけの騒ぎを起こしているのだ。
おそらくクロノたちは首尾よく屋敷に潜入したことだろう。
けれど、まだ合図がないということは、メイシーとエルフを救出できていないということだ。
(つまり、まだあたしが頑張るしかないってことね。まったく人使い――いや、獣人使いが荒いご主人様だわ)
ミィミは牙を剥き出す。
少し笑ったように思えたが、それに気づくものは戦場に存在しなかった。
◆◇◆◇◆ アリエラ ◆◇◆◇◆
メイシー姉さんと私は、姉と妹といっても40歳以上離れている。
エルフは1度子どもを生むと、1度完全に卵巣の機能が止まる。そして20~60年の間隔で再び月経が始まるため、兄弟は総じて歳が離れているのだ。
だから、私が物心つく頃には、メイシー姉さんは村の英雄で、次の精霊士として期待されていた。
そして、妹の私にとっても、メイシー姉さんは憧れであり、ヒーローだった。
昔からメイシー姉さんは精霊士だった母さんと、剣神様に憧れていた。
父さんはメイシー姉さんが家族のために無理をしているのではないかと思っているようだけど、たぶん違う。
間違いなくメイシー姉さん自身が選んだ道である。
どちらかと言えば引っ込み事案な私は、そんな真っ直ぐな姉さんの生き方に憧れていたのかもしれない。
剣を習ったのも、父さんや母さんの勧めだった。その頃精霊士の見習いとして忙しくしていて、孤立しやすい私に配慮したのだ。
村長である父さんと、支える元精霊士の母さん、そして精霊士になろうとしている姉さん。
家族の誰もが私より大人で、忙しそうにしていた。
私の役目はそんな大人たちを困らせないようにいい子にして、素直に言うことを聞くことだけだった。
今思えば、家族のために無理をしていたのは私の方だったのかもしれない。
剣の稽古を始めた頃は乗り気でなかったけど、嫌いではなかった。
もしかしから、私もメイシー姉さんのようになれるかもしれない。
そんな淡い期待を抱きつつ、一方で両親や姉さんを困らせないために、私は打ち込み続けた。
ある時、ついに念願叶って、メイシー姉さんが次代の精霊士になることが決まった。
「おめでとう、お姉ちゃん」
「ありがとう、アリエラ。でも、精霊士になったことよりずっと忙しかったから、明日の休みが何より嬉しいわ。母さんも精霊士になる時、こんなだったの?」
「私の時なんてもっと大変だったわよ。……そうだ、メイシー。明日休みなら、アリエラの剣の稽古を見てあげたら」
「そういえば、私。まだアリエラの剣を振るってるところを見たことなかったわ。どう、アリエラ?」
メイシー姉さんが稽古を付けてくれる。
自分の憧れ、ヒーローが……。
私は持っていたお椀を放り投げたいぐらい嬉しかった。
次の日、早速私はメイシー姉さんに稽古を付けてもらった。
違和感は姉さんと5合打ち合った時に感じた。
やがて10合目で確信した。
「お姉ちゃん……」
手加減してる? と言いかけて、私はすぐに口を噤んだ。
目の前には息を切らし、真剣な目で私を見つめるメイシー姉さんがいたからだ。
メイシー姉さんは私の憧れでヒーロー……。
でも、私はもうその時、すでにメイシー姉さんを超える剣の才を持っていた。
◆◇◆◇◆
屋敷強襲16時間前……。
「それから私はメイシー姉さんの前では極力剣を振るわず、振るっても手加減をするようにしたの」
アリエラは最後にそう話を結んだ。
ダギア辺境伯へと向かう道すがら、俺とミィミはアリエラの話を黙って聞いていた。
すると、烈火の如く怒り狂ったのは、ミィミだった。
「あんた、馬鹿なの?」
「え?」
「手加減されて喜ぶ人間がいるの? それともあんたはメイシーのことを馬鹿にしたいのかしら」
「そんなことは絶対ない! でも、お姉ちゃんにとって精霊士は目標で憧れだから。私がメイシー姉さんのことを憧れやヒーローと思うように」
「それが馬鹿にしてるって言ってるのよ」
「馬鹿にしてない! あなたはメイシー姉さんのことを知らないでしょ!!」
ついにアリエラは声を荒らげる。
ミィミもそれに対抗する。
お互い鼻を近づけ、狼のように唸りを上げた。
「2人ともそこまでだ」
「でも、クロノ!」
「ミィミも抑えろ。それにアリエラは馬鹿になんかしてない。メイシーさんの夢を壊したくなくて、手加減してたんだ。そういうことだろ、アリエラ?」
「そうよ。私が強かったら、私が精霊士になるかもしれない」
剣神の後継者として選ばれる精霊士。
その条件は様々あれど、剣の達人でることが第一に求められるらしい。
メイシーさんは確かに達人だが、俺の見立てではアリエラはその上を行く。
潜在能力云々ではあく、すでに彼女はメイシーさんを抜いていた。
仮に剣の腕だけで決まるなら、間違いなく精霊士はアリエラになるだろう。
「でもな、アリエラ。お前が憧れでヒーローといったメイシー姉さんは、お前が強かったからといって精霊士を諦めるような人か?」
アリエラはハッと顔を上げる。
「ああ。そうだ。メイシーさんはそんなことで諦めたりしない、だろ?」
俺はアリエラと視線を合わせ、問いかける。
アリエラは黙って「うん」と頷いた。
「メイシーさんは強いよ。何せお前が憧れた精霊士でヒーローなんだからな」
俺はアリエラの頭に手を置く。
エルフの少女は少し頬を染めながら、うんと頷いた。
◆◇◆◇◆
「アリエラ! アリエラ!!」
俺はダギア辺境伯の屋敷で叫んでいた。
幸い廊下に倒れたアリエラはすぐに目を覚ます。
強烈な一撃だった。
それ以上の衝撃を与えたのは、俺たちの前にいるエルフのことだ。
それはアリエラの〝憧れ〟であり、〝ヒーロー〟だった。
「姉さん……」
メイシーさんだ。
突如開戦した姉妹対決。
それを見て、愉快そうに笑ったのは、分厚いガウンと筋肉を晒した貴族の男だった。
「ぐはははははははは!! 泣かせるではないか。姉を助けに来た妹が、姉に斬り殺されそうになるとはな」
メイシーさんの手には、真剣が握られていた。
薄く血が付着し、剣先から1滴、2滴と血の滴が垂れている。
それは紛れもなく切った妹の血であったが、メイシーさんが動揺することはない。
暗く無感情な瞳で、廊下の床に這いつくばった
「ダギア辺境伯!!」
俺は貴族の男を睨む。
悪徳貴族と聞いて、もっと豚みたいな容姿を想像していたが、ダギア辺境伯は違った。
帝国北の守りを任されているだけはあるらしい。
武人らしい肩幅と身長。手には剣ダコが浮かんでいた。
逆にいえば、貴族らしくはない。まるで山賊の頭領みたいだった。
「おっと動くなよ、クロノとやら。いや、こう言い換えよう。異世界から来た勇者殿」
「くっ……」
恐らくカブラザカから聞いたんだろう。もしくはあの黒騎士か。
いずれにしても、クロノと異世界人とくれば、誰でも思い付く。
何せ俺の手配書は、帝国中のあちこちに貼られまくっているんだからな。
「わしに危害を加えたり、決闘に横やりを入れるというなら、そこの精霊士の女を殺す。それに忘れるな。わしにはまだ他にエルフの人質がいることを……」
それはつまり、この屋敷内にエルフが捕まっていることを証言しているわけだが、もはやダギア辺境伯は隠す気もないようだ。
状況を整理すると、ダギア辺境伯の屋敷に侵入した俺とアリエラは、伯の私室へと向かった。
その途中で突如、メイシーがアリエラに襲いかかり、さらにダギア辺境伯が現れたというわけだ。
「くくく……。『くすり』の勇者の薬は本当によく効くな」
「くすり……? カブラザカが作った薬の影響か」
「そうだ。その女は今やわしの忠実な番犬だ。……さあ、見せろ。楽しませろ」
ダギア辺境伯は、自分が提案した姉妹対決を見ながら笑った。
肩口を押さえながら、アリエラは立ち上がる。
肩の傷に加えて、倒れた時に頭も切ったらしい。
小さいようだが、垂れた血が左目にかかっていた。
位置がまずい。
視界が半分になって、弱点になる。それに片目をつむれば、距離感が……。
「大丈夫、クロノ。ちょっと皮を切っただけだから」
アリエラは左目の上を拭い、瞼を上げた。
「しかし、アリエラ……」
「見てて」
「え?」
「あなたにも……。そしてメイシー姉さんも……」
本当の私を……。
アリエラは静かに剣を鞘に収める。
腰に下げ直すと、深く腰を落とすのだった。
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