第33話

 かくしてメルエスで行われた剣闘試合は閉幕した。


 デーブレエス伯爵による魔導書の詐取事件。

 さらに各地で行われた剣闘試合での八百長。

 罪を問われたデーブレエス伯爵は即日逮捕され、息子と一緒に帝都に送られた。

 観客の一部からは八百長による返金が求められたが、そこはジオラントである。

 賭け事は自己責任のもと、残念ながら返金とその補填は一切なかったらしい。

 イカサマや八百長も、賭け事の醍醐味の一部なのだそうだ。


 中にはデーブレエス伯爵の八百長を初めから知って、賭けをする強者もいたようだ。胴元も胴元だが、それに乗っかる輩も、なんとたくましいことか。


 残念なお知らせがもう一つある。賞金の金貨三百枚は泡と消えてしまった。

 支払う人間が投獄されてしまったのだ。この件について、ティフディリア帝国が補填することもないらしい。その代わり、俺が勝手に『悟道の道』を使ったことは有耶無耶になった。

 元々クラスアップが目標だったから、とりあえずは良しとしよう。


 ただ大きな問題がもう一つある。

 元々金貨三百枚の使い道は、ミィミの身請け用の資金に充てる予定だった。

 それが丸々返せなくなったのだ。

 俺は一先ずゾンデさんの奴隷商会に立ち寄り、事情を話した。


「――というわけなんだ。すまん。だから、もう少し待っててくれないか?」


「かまいませんよ」


「ありがとう。必ず返すよ」


「ああ。いや、そういうことじゃなくてですね。返済をしなくていいということです」


「「エエ!?」」


 一番驚いていたのは、ミィミの方だ。俺よりもミィミの方が、ゾンデさんとは付き合いは長い。

 その商魂のたくましさをよく知っている。そのゾンデさんがかわいがっていたはずのミィミをタダで手放すというのだ。


「ゾンデ? どうしたの? 頭でもぶつけた?」


「も、もしや、何か悪い病気でも?」


「あなた方がわたくしに対してどのようなイメージを持っているよ~くわかりましたよ」


 半ば憤慨しながら、ゾンデさんはステッキを振るって、抗議する。


「す、すみません。……でも、どうして?」


「おかしい! 絶対おかしい!」


 俺たちは揃って詰め寄る。ゾンデさんは商会の奥へと向かうと、すぐに戻ってきた。

 手には大きな袋を抱えている。中からジャラジャラと魅惑的な音が聞こえてきた。

 もしやと思いながら、ゾンデさんに言われるまま袋の中を覗き込む。

 そこには海賊の財宝もかくやというほど、黄金色に輝いていた。


 俺とミィミは指先を震わせながら、事情を尋ねる。


「ゾンデ、このお金どうしたの? いつも『お金がないない』って言ってるのに」


「あんた、まさか危ない商売にでも手を出したんじゃ」


「わたくしはどっちかというと堅実に商売をしている方ですよ。ただ今回の商売はちょっとヒヤヒヤしましたけどね」


「何をしたらこんな……」


「簡単です。この世でもっともハイリスクでハイリターンな商売……。賭け事です」


 ゾンデさんはさらりと言ってのける。

 思わず俺もミィミも固まってしまった。


「剣闘試合の賭けに参加してたのか?」


「いけませんか? わたくしだって賭け事の一つや二つはやりますよ。それにわたくしの娘同然の奴隷が参加するのです。応援の意味を込めて、ベットするのは当然とは思いませんか?」


「いや、でもそれだとこれは、あなたのお金では?」


「おや。クロノ殿、随分と察しが悪いですなあ。さっき言ったじゃないですか。応援の意味を込めたと……。このお金全部、ミィミに賭けたお金なんですよ」


 ゾンデさんは笑う。

 商売人の笑顔ではない。どこか父親のような目で、俺たちを見つめている。


「ミィミは『絶対優勝する』と答えました。優勝する人間がわかっているなら、賭け事なんて容易いものです。結果、わたくしは賭けに勝った。これは即ちミィミに稼がせてもらったという解釈もできます。クロノ殿でも、わたくしの力でもない。……ミィミはミィミ自身の力で、稼ぎ、運命を切り開いたんです」


「ゾンデ……、あんた」


「だから、お前はもう奴隷でもなんでもない。ただのミィミ・キーナだ」


 ゾンデさんの話を聞いた時、俺は少しミィミが羨ましく思えた。

 奴隷商ゾンデの仕事は奴隷を買い、そして売ること。


 でも、ミィミに対しては違った。そもそもミィミは、ゾンデさんにとって手のかかる娘のようなもので、商品ですらなかったのだろう。たぶん、ゾンデさんはゾンデさんの方法でミィミを一人前にしたかったのかもしれない。

 商人であるゾンデさんにとって、ミィミを一人前として認める最大の目標は、稼げること。

 少なくとも奴隷商会から出ていって、生活できることだったのではないだろうか。


 だから、ミィミに対して金貨三百枚という発破をかけたのかもしれない。


「ゾンデ……。ありがとう」


「ミィミ、クロノさんを支えてあげるんですよ」


「……うん。ミィミ、あるじを支える」


 ポロポロと泣きながらミィミは、ゾンデさんに抱きつく。牙でも爪でもなく、初めて与えられた娘からの愛情に、ゾンデさんは少し戸惑ったあと、赤い髪を撫でた。


 うん。やっぱ羨ましい。

 血は繋がっていないけど、この二人はとてもいい親子だ。

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