第17話

 ミィミを連れてやってきたのは、俺が泊まっている宿だ。


 相場よりも少し高いが、オープンスペースのキッチンがあって、宿泊者なら誰でも使える。

 そこで俺は毎日自炊をしていた。料理の腕前は現代にいた黒野賢吾こそからっきしだが、千年前はよく作っていた。その時の料理を再現してもいいのだが、味覚はどうも現代の味に慣れてしまっている。おかげで、ジオラントの料理をあまりうまいとは思わない。全体的に薄味だし、出汁の文化がないから味が単調なのだ。


 それに気づいて以来、こうしたキッチンが使える宿に泊まって、自炊を続けている。


「いい匂い……。あるじ、何を作ってるの?」


「ホットサンドだ」


「ホットサンド?」


「パンとパンの間に、具材を挟んで食べる料理のことだな。ちなみに今日の具材はとんかつだ」


「とんかつ? 何それ? おいしそうな名前!」


 ミィミは目を輝かせる。口の端からは涎が垂れていた。

 俺はホットサンド用に改良したスキレットを裏返す。改良というと大げさな言い方だが、要はスキレットを二つ重ねているだけだ。


 火加減に注意しながら、じっくりと焼いていく。

 ジオラントはガスじゃなくて、直火が基本だ。ちょっと目を離した隙に真っ黒焦げである。

 最後に半分に切り、俺はミィミの前に差し出した。


「できたぞ、ホットカツサンドの出来上がりだ!」


「おお~~」


 ミィミは尻尾を勢いよく振る。目を輝かせ、何度も唾液を飲み込んだ。

 いい飯顔だな。そういう顔されると、作る方としても作りがいがあるというものだ。


「食べていい?」


「ああ。いいぞ」


「いっただきます」


 ミィミは大口を開けて、熱々のホットサンドをかぶりついた。


「う~~~~~~~~~~ん! おいしい! 外のパンはカリカリ。キャベツはシャキシャキ。とんかつ、じゅわ~って感じで最高!」


 しあわせ~~。

 ミィミの尻尾が壊れたメトロノームのように振れる。

 終始ニコニコしながら、俺が作ったホットサンドと付け合わせの蜜柑ジュースを啜っていた。

 お気に召したようで何よりだ。


 カツサンドはそのままでもおいしいけど、俺はホットサンドにして食べるのが好きだ。

 外側のカリッとしたパンの食感と、トンカツの衣のサクッと感が合わさって、大きなトンカツを食べてるようなボリュームがある。


 さらには挟んだキャベツにも、俺なりのこだわりがあった。一度塩を揉み込み、水分を出して、軽く植物油で和えてある。一手間を加えることによって、キャベツから水を染み出しにくくなるのだ。普通に焼くと、キャベツの水分でパンもかつの衣もビショビショになってしまうからな。


「さて、俺もいただくとするか」


「ジー……」


「おい。ミィミ、なんだその目は……」


「ジー……」


「や、やらないぞ。これは俺のだ」


 ホットサンドは見た目から想像できないが、結構ボリュームのある食べ物だ。

 食パン丸々一枚に、さらにトンカツとキャベツ。少なくとも俺の腹は十分それで満たされる。

 なのにミィミは今から俺が口にしようとしているホットサンドから目を離そうとしない。

 何という食の執念……。というかこのやりとり、千年前もしたような気がする。


「わかった。ほら」


「ありがとう、あるじ。……はむ! はむはむはむはむ……う~~~~ん」


 あっという間に食べてしまった。もの凄い食欲だ。ミィミに投資した分を回収したいというゾンデの気持ちが、今ならわかる気がする。

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