第16話

本日2回目の更新になります。

昼に第15話を更新しておりますので、

まだ読んでない方はそちらからお願いします。


~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


 ミィミと一緒にメルエスへと帰り、再び3ヶ月が過ぎた。


「ちぇぇぇぇえええええいいい!」


 裂帛の気合いが響いたのは、リサラさんの道場だった。


 俺が免許皆伝を受けた時と同じく、道場生たちがぐるりと壁際に正座している。道場に漂う空気も、差し込む陽の光も3ヶ月前と何も変わらない。

 違うのは、リサラさん本人が壁際に立って、俺とミィミの試合を見守っていることだろう。


 俺とミィミはともに素手だった。この道場は、剣術はもちろんのこと素手による格闘術も教えている。空手というよりは、截拳道ジークンドー詠春拳えいしゅんけんなどの中国拳法に近い。

 師匠に言わせれば、剣術の中に組み込まれた徒手拳術なのだそうで、確かにそういう意味では詠春拳と似ているかもしれない。


 基本的に防御の型が多く、小さく細かく動くことが特徴。

 だが、ミィミの動きはそれとは違いダイナミック。

 まるで大河が押し寄せてくるかのように襲いかかってくる。


 実は、護身のためと思ってミィミに道場入門を進め、3ヶ月間リサラ師匠にしごいてもらったのだが、まさかこの道場で防御ガン無視の変異種キメラが生まれると思ってもみなかった。


 ハンマーみたいに振り下ろされた拳を躱す。

 大振りだから隙だらけだ。

 いくらでも打ち込めるのだが、そこは獣人である。


「でぇえええいいい!!」


 とんでもない反射能力で、くるりと回ると躱すどころか、さらに攻撃を繋げてくる。

 攻撃は最大の防御などというが、まさか1000年後、2度目の人生で悟るとは思わなかった。


 しかも、速度が異常に速い。

 ほぼ我流だが、リサラ流剣術の小さな動きにも適応できている。

 そして体力がほぼ無尽蔵だ。

 おかげでこちらの攻撃するタイミングがほぼない。


(それどころか。さらにスピードが増してきてる。いよいよ捌ききれなくなってきたぞ)


 所々目で動きが追えなくなってきた。


 バチィン!!


「痛ってぇ!」


 馬鹿力~~。

 骨こそ折れなかったが、手の甲が1発で赤くなる。

 あともう2発受けたら、間違いなく手の骨が折れるだろう。


「雇い主なんだから、ちょっと加減してくれるかな、ミィミ」


「いやよ! 3ヶ月前に! 人の裸を見た報いを知りなさい!!」


「3ヶ月前だろ! いつまで怒ってるンだよ!!」


「うるさい! 3ヶ月だろうと! 1年だろうと変わらないわ! あの屈辱忘れてなるものですか!!」


「お前こそ拾ってやった主人の恩を忘れたのか?」


「はっきり言うわ! もう忘れた!!」


「はっきり言うな!!」


 ミィミのスピードが速くなる。

 このままではまずい。

 マジでやられるかもしれない。


 最初は防御のイロハを俺自ら叩き込むつもりだったが、もはや勝てば良かろうなのだ。


「クロノ! 悪いけど、この勝負もらうわよ!!」


「勝利宣言か。まだ甘いな」


 ミィミに弱点はある。

 防御もそうだが、それ以前に経験が足りない。

 あまり道場で真面目に練習してこなかったのだろう。

 圧倒的に型の数が少ない。あっても、どれも未熟なのだ。


「つまり、戦術のレパートリーが少ないってことだ!」


 パシッ!!


 俺はミィミの攻撃を読むと、打ち出した拳の手首を掴んだ。そのまま流れに逆らわず、水のように動くとミィミの軽い身体はくるりと空中で回転する。


 気が付けば、ミィミは背中から道場に叩きつけられていた。

 呆然とするミィミの顔に、俺は拳を突きつける。

 勿論、寸止めだ。


「勝負ありだ、ミィミ」


 静かに勝利宣言を下す。

 まさに水を打ったように静まり返った道場内の中で、ミィミの激しい息づかいだけが聞こえていた。


「そこまで!」


 リサラ師匠が試合を止める。

 道場生たちは立ち上がり、稀代の名勝負を見たかのように涙を流しながら、俺たちを称えた。


 ミィミは道場の床を叩き、悔しがる。


「もう! あともうちょっとだったのに!!」


「惜しかったな、ミィミ」


「あともうちょっとで仇が取れるところだったのに!!」


 おい。誰の仇だ。

 俺はお前のお袋も親父も殺してないぞ。


「そもそも最後のは何よ。あんな技、習わなかったわよ」


「あれは合気といって、俺の世か――ごほん……故郷の技だ」


 動画サイトで見た動きをトレースしただけなのだが、我ながらよくうまくいったもんだ。


「ずっこい! 自分だけ」


「2人とも痴話喧嘩はそれぐらいにしろ。ここは神聖な道場だぞ」


 俺とミィミの間にリサラ師匠が入ってくる。

 俺たち2人に冷や水に濡れた手ぬぐいを渡してくれた。

 気持ちいい。特にミィミに撃ち込まれて赤くなった甲に当てると、疼きが消えていく。


「師匠、自分で放り込んでおいてなんですけど、ミィミのあれはなんですか? 俺は防御のイロハを教えてほしかっただけなんですけど」


「無茶言うな。あんなに出来の悪い素材を私に押し付けて、防御のイロハもあるまい」


「ちょっと! 今聞こえてたわよ」


 リサラ師匠でも容赦なくミィミは突っかかる。


「でも、なかなか面白く育っただろう」


「それはそうですけど……」


 確かにミィミの身体能力を生かす意味で、あの突撃戦法はかなり強い。

 今後攻撃のレパートリーを増やせば、徒手空拳を主体とするプロでも舌を巻く。というか、三流プロぐらいなら、今でも勝てるはずだ。


 強くなったことは認めるのだが、俺が思っていた方向性と180度違っていて、未だに戸惑っているといったところだろう。


「うちの道場にお前のように物覚えがいいものいれば、ミィミのように悪い者もいる。だが、後者の場合私の教えにあっていない可能性もある。だから、私はそういう門下生には、まず自分の長所に気づいてもらい、それを伸ばすことを重要視している。それから私の教えに目を向けてくれても遅くはないからな。武術に定年はないのだから」


「師匠のことはもっともです。ですが、今のままだと命のやりとりになった時に大怪我する可能性だってある。俺はミィミが傷付かないか、心配なんです」


「クロノ……」


 さっきまで烈火の如く俺に拳を向けてきた獣人娘は、まさしく烈火の如く顔を赤らめた。


「そこまで大切にしてるなら、お前がどうにかしてやればいいだろ」


「といっても……」


「難しく考える必要は無い。防御が疎かなら、その分装備をととのえてやればいい」


 装備か。

 考えなくもなかったが、難しいな。

 ミィミの長所は爆発的な力とスピードだ。

 でも、防具をゴテゴテとつければ、力はともかく大事なスピードを失うことになる。


 軽くて、丈夫な素材か。

 竜の鱗でも取れればいいのだが、貴重だから武器屋に売ってるとは思えない。

 かといって、竜の住み処なんて知らないし、1000年も経ってるけど果たして種族として生き残っているかどうかも怪しい。


「あ。そうだ……」


 軽くて、丈夫な素材。

 確かにある。

 いや、今の現代知識を持つ賢者の俺なら、作れるはず。


「師匠、ミィミを連れていきます」


「何か思い付いたんだな」


「はい!」


「そうか。ところで、クロノよ」


 リサラ師匠は、ポンと俺の肩に手をかける。

 最初こそ穏やかだった師匠の顔は、仁王像のように荒々しい表情へと変貌した。


未成年ミィミの裸を見たというのは、どういうことかな~。場合によって、お前の師匠として教育的指導を施さねばならないのだが……」


 結局、この後俺はすっごく怒られました。

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