第18話

◆◇◆◇◆  誤算  ◆◇◆◇◆



「陛下! フィルミア陛下!!」


 帝宮の廊下を歩いていたフィルミア・ヤ・ティフディリアは足を止めた。

 秘書や政務官、さらに警護する近衛兵たちに囲まれたティフディリア帝国の君主は、何事かと振り返り、目を細めた。息を切らし、少々慌てた表情を浮かべていたのは、この国の内大臣である。帝宮から国内の管理と諸問題を吸い上げ、皇帝に報告するという仕事がある内大臣は、人払いを促した後、近くの使われていない客間で、密談を始めた。


「陛下。あの勇者をどうするおつもりですか?」


「勇者? ミツムネ殿のことか?」


「恐れながら陛下。彼は危険すぎます」


「だからこそ強い。違うか?」


 皇帝の目が光る。その鋭い眼光から目を逸らしながら、大臣は汗を拭った。


「ひ、否定はしません。ですが、素行が悪すぎます。私の耳に入ってくる噂だけでも頭が痛くなるものばかりです。この前など、騎士団と喧嘩した挙げ句、三人死傷させました。陛下はそれをお許しになられたとか」


「何か問題でもあるか? 勇者様の話では、騎士団側からふっかけたというではないか。にもかかわらず、その者たちは勇者様の前に敗れ去った。つまり、勇者様より弱いということだ。そのような弱きものなど、ティフディリア帝国には不要だ」


「それだけではありません。あのミツムネに与えている〝A〟ランク以上の魔獣を運送するコストがかかりすぎです。すでに三つの治水事業を完了できるほどの費用がかかっております。どうかこれだけでも考え直しください。ロードル管理官にバレたら……」


「ダメだ。……勇者殿が欲しているかぎり、必要なものを与える。それだけだ」


「恐れながら、陛下。正気にお戻りなさいませ。帝国には問題が山積しております。ルーラタリア王国から借り受けた貴重な魔導書を盗んだ下手人の所在もわかっていないのに……。これがかの国に知られたら外交問題です。勇者にかまけている場合ではありません」


「ボクたちが何だって?」


 客間に子どもの声が響く。振り向くと、異世界の服を着た少年が壁に寄りかかりながら、こちらを見ていた。部屋に入る際、誰もいないことは確認済みである。一つしかない部屋のドアが開いた様子もない。ただ少年は忽然と部屋の中に現れた。


「ひぃ! 勇者!!」


 反射的に内大臣は仰け反る。大きなお尻を地面につけると、先ほどまで紅潮していた顔はみるみる青くなっていった。そのまま地面に手を突き、内大臣は後ろに下がる。背中に何かが当たって、振り返ると、例のミツムネという勇者が立っていた。


 淡い金髪とは対照的な暗い瞳で、内大臣を覗き込む。


「ひぃいいいいいいいいいいい!」


 半泣きになりながら、内大臣は部屋から退場していく。悲鳴は廊下の角を曲がっても響いていた。

 大臣の悲鳴にやや呆気に取られながら、先にショウが口を開く。


「いいの? 放っておいて」


「構いませんよ、勇者様。要職にあるとはいえ、所詮は宮仕えです。余の言うことには逆らえません。ところで、何か御用ですかな?」


 皇帝陛下が促すと、ミツムネは一枚の紙を差し出した。

 そこにはメルエスで剣闘試合が行われることと、募集要項が書かれている。


「クソガキが見つけてきた。面白そうだから出てみようと思ってな」


「こんな田舎の剣闘試合など出ずとも、お披露目はもっと盛大に執り行いますのに」


「そうでもないみたいだよ。優勝賞金額が高いのと、ほら……貴重な魔導書が手に入るって書いてる。それ目当てで、隣国からも参加者が集まってるみたい」


「ほう……」


 皇帝陛下は少し考えた後、頷いた。


「わかりました。手配いたしましょう」


「話がわかるじゃないか、おっさん」


「ボクはパスするよ。ここから北の国境でしょ? 寒いところは苦手なんだ」


 ショウは二の腕をさすり、ぶるりと震え上がるのだった。



 ◆◇◆◇◆



 食休みをした後、早速ダンジョンへと思ったが、その前にミィミの装備を整えることにした。

 いつまでも奴隷の服のままじゃ、逆に目立つしな。

 なので、最初に向かったのは武器屋ではなく、服屋だ


「この子に似合うような服を見繕ってくれないか。予算はこれぐらいで」


 金貨三枚を渡すと、最初ぼろぼろの奴隷を店に連れてきた俺を見て、渋い顔をしていた店員は甲高い裏声を響かせ、歓迎してくれた。


「あるじ! どう? 似合う? 似合う?」


 やや前のめりになりながら、ミィミは私服を見せびらかしてくる。

 黒のホットパンツに、赤のキャミソール。靴はミィミのしなやかな足を守るため、革のロングブーツを採用し、ちょっと見えそうになっているお腹には大きなバックル付きのベルトを着けた。


 首には銀の装飾がついたチョーカー。さらに服を炎から守るレッドバードの羽根がついたアンクレットをサービスでつけてもらった。


「ああ。かわいいぞ、ミィミ」


「えへ……。へへへへ……」


 尻尾を振って、めっちゃ喜んでる。

 ただ……、ちょっと露出が過ぎるな。本人が気に入ってるならいいが、あとでマントをサービスとして付けてもらうか。この姿を万人の目にさらすのは、さすがに毒だ。




 次に向かったのはメルエスにある鍛冶屋である。

 そこで採寸してもらい、ミィミの武器と防具を作ってもらおうと思っていた――のだが……。


「悪いな、兄ちゃん。今からだと、三ヶ月待ちだ」


「三ヶ月?」


 どうやら例の剣闘試合のせいで、メンテナンスや防具の新調などで仕事が殺到しているらしい。

 聞けば、メルエスだけではなく、近くの街の鍛冶屋も似たような状況なのだそうだ。


「田舎の剣闘試合なんてそんなに盛り上がらないと思ってたんだけどよ。ほら、あれ見ろよ」


 店主は店の貼り紙を指差す。この辺の地方紙の切り抜きのようだが、数行の記事に付随して、魔法で転写された人の顔が描かれている。見覚えのある顔に思わず身体が震える。忘れもしない。そこに描かれていたのは、勇者ミツムネ――つまり真田三宗だったのだ。


「なんでも皇帝陛下と勇者様が参加されるそうだ。陛下の前で好成績を残して、あわよくばって思ってる欲張り野郎どもが多いらしい。まあ、こっちは仕事が増えて大助かりだけどな」


「皇帝陛下と、ミツムネが……」


【大賢者】としての記憶を思い出した今でも、あのミツムネの顔だけは脳裏から離れない。

 暴力を賛美し、正道を憎む――その典型みたいな男だった。

 そのミツムネが剣闘試合にやってくる。俺の中で沸々と燃え滾るものがあった。


「あるじ? 大丈夫? ポンポン痛い?」


「ん? ああ。大丈夫だよ、ミィミ。すまん。次の鍛冶屋に行こう」


 心配そうに見つめるミィミの頭を撫でてやる。

 落ち着け。折角、ミィミがやる気になってくれてるんだ。今は彼女のサポートに集中しろ。


「クロノ殿ではないか?」


 振り返ると、ミュシャが立っていた。先日と違って、武装している。


「ミュシャか。どうしたんだ、こんなところで」


「以前頼んでいた武器のメンテが終わったと聞いてな。今から取りに行くところだ。そっちは……もしかして奴隷を買ったのか? それにしてもその娘は……」


「まあ、ちょっと色々とな。うちの秘密兵器だ」


「秘密兵器?」


 隠すことでもないと思って、俺はミュシャにここまでの経緯を話した。


「なんと! その娘を剣闘試合に参加させる、と」


「驚くのも無理はないよな」


「いや、クロノ殿が選んだ娘だ。相当できるのだろう。私にはわかる。ミィミ殿、そなたはすでにかなり強いだろう」


「ミィミ、強いよ。とっても強い」


「ほう。それは楽しみだ」


 ミュシャは目を細め、睨む。その鋭い眼光をミィミはニコニコしながら真っ向から受ける。

 両者は激しく火花を散らす。剣闘試合がまだ先だというのに、血気盛んなことだ。

 少年漫画の主人公じゃないんだぞ、お前たち。


「それでクロノ殿。鍛冶屋を探してるのだったな」


「ああ。ミュシャ、何か宛てはないか?」


「あるぞ。穴場の鍛冶屋がな。今からそこに剣を取りに行くところだ。そこならば仕事を受けてくれるかもしれない」


「本当か? 助かる」


 こうして俺たちは、ミュシャが世話になっている鍛冶屋に向かった。

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