第18話

本日2回目の更新となります。

お気を付け下さい。


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 馬車を降りると、目の前には青々と生い茂った森が広がっていた。

 地平線まで広がる砂漠、水平線まで広がる大海原というのは、容易に想像できるが、地平の彼方まで広がる森林というのも、胸を打つものだ。


 圧巻の光景にさらにスパイスを加えるのは、さらに木は現代世界のものと比べても大きい幹だった。

 それがさも当然のように建ち並び、隙間の空いた都会のオフィス街を思わせる。


「これがパダジア精霊国か……」


 俺はティフディリア帝国の北方パダジア精霊国に来ていた。

 この巨大な森の中にある国に住んでいるのは、エルフたちだ。

 人口の99%がエルフらしく、ジオラントの3割強のエルフがこの国に住んでいるらしい。


 そもそもエルフは長寿だが、免疫力が弱いため病気にかかりやすい。

 そのため空気が綺麗な場所を好む。そういう意味で森の中は打って付けなのだ。


「では、わたくしはこれで……」


 振り返ると、パダジア精霊国まで連れてきてくれたゾンデが、シルクハットを取って一礼していた。

 馬に鞭をくれると、奴隷たちを乗せた馬車がさらに北に向かって走り出す。


「ありがとな、ゾンデさん」


 手を振ると、ゾンデはこちらを振り返らず帽子を振った。


「あの人……。やっぱ良い人だな」


「商売だからよ。あんたを上客だと見込まれてるの」


 ミィミは不満顔だ。

 けれど、割と良い所を突いている。

 俺に先行投資して、またミィミのような奴隷を買わせるつもりなのかもしれない。


 先に奴隷商に恩を売られたわけだが、今回は致し方ない。

 ゾンデさんの協力がなければ、パダジア精霊国には来れなかったろう。


 帝国と精霊国の間には、むろん国境がある。

 それを超えるには、身分証が必要なのだが、生憎と俺もミィミも持っていない。


 加えて、俺はお尋ね者である。

 裸の皇帝事件から数ヶ月経ち、警戒はかなり緩くなったが、未だに国境は厳しい検問どころか、要所には結界まで張ってある徹底ぶりだ。

 しつこい皇帝だ。俺を探すのは不可能だと脅しておいたのに。


 とはいえ、身分証が作れない俺たちが、ティフディリア帝国が敷いた警戒網を出ることは至難の業である。

 そこで蛇の道は蛇ということで、ゾンデさんにお願いしたら、2つ返事でOKをもらえた。


 そして、俺たちは割とあっさりと帝国の国境を抜けたのである。


 こうして危険を冒して国境を抜けたのには訳がある。

 ミィミは以前の飼い主のおかげで、キオリオの花の依存症になっていた。これを治す薬草がパダジア精霊国――1000年前『大森林』と呼ばれた森の中に生えているのだ。


「危険を冒してまで、わたしを治す必要があるの?」


 ミィミは俺とともに街道を歩きながら、いぶかる。


「俺とお前はパートナーだ。そのパートナーに弱みがある。即ち、それは俺にとっても弱点だ。治るなら、治した方がいいだろう」


「ま。そうだけど」


「それにな、ミィミ」


「何よ。まだなんかあるの?」


「あの時みたいな顔を、他の人間にもう晒してほしくないんだ」


「……クロノ」


 ミィミはポッと赤くなる。

 だが、すぐに顔を背けて、そっぽを向いた。


「な、何よ、それ。あんただったらいいって言うの?」


「え? いや……。そういうわけじゃないけど」


「クロノ、エッチ!」


 ベーと、ミィミは大きく舌を見せる。


 すると、とっとと先を歩き出してしまった。

 余所の森に来ても、我が相棒は元気だ。


 しばらく森の中を進む。

 メルエスの近くにも薬草や魔草が取れる森があったが、それとは空気が違う。

 綺麗だというより、雰囲気自体が静謐な感じがした。

 まるで聖域に踏み込んだかのようだ。


 実際、魔獣の気配が少ない。

 野生動物も大人しく、人間を見て激しく威嚇したり、声を上げたりすることはなかった。


「懐かしいなあ」


「前に来たわよね、ここ」


「覚えてるのか?」


「あたしじゃなくて、ミルグがね。神様がいるお庭みたいだって」


 なるほど。

 あながち聖域と称した俺の目に狂いはなかったらしい。


 だが、そんな大森林のもとで無粋な音が聞こえてきた。


 最初に気づいたのは、ミィミだった。

 ピンと耳を立て、尻尾が警戒態勢になる。


 【探知ソアラ


 俺も探知魔法を使って、探る。

 人だ。3人に対して、相手は10人。

 その3人も1人が2人を守っているような状況らしい。


 しかも、10人ともそれなりに手練れだな。


「行くでしょ、クロノ?」


 すでにミィミの瞳はやる気に満ちていた。道場で鍛えた自分の実力を試したいという意図もあるだろうが、おそらく人間狩り、パダジア精霊国でいうならエルフ狩りを疑っているのだろう。


 同じ被害者としては、見過ごせないというわけだ。


「よし。行くか!」


 俺とミィミは現場へと急行する。

 そこにいたのは、1人のエルフの剣士と……。


「あれは……!」


 俺は息を呑む。

 一瞬、時が止まったように固まったが、ミィミの声で我に返った。


「クロノ! 行くわよ!!」


 ミィミが戦場に踊り出る。

 エルフの剣士と他2人を囲んでいたのは、フードを目深に被った暗殺者のような身なりをした男たちだ。


 昼間とはいえ、視界の悪く迷いやすい森の中。

 人一人を殺すには、打って付けの場所なのだろう。


 今にも血の臭いがしそうな暗殺者だったが、ミィミは勇敢だ。

 黄色の瞳を光らせると、間髪容れず突撃していく。


 獣人の闖入と、桁外れのスピードによって、暗殺者の1人が吹き飛ばされる。

 その膂力に驚き、また身を固めると、ミィミはそれを見逃さす、掌底を暗殺者の胸へと叩き込んだ。


 獣人の心臓突きハートブレイクショットは、言うまでもなく強力――もはや凶器である。


 暗殺者は喀血すると、膝から崩れ落ち、地面に倒れた。

 三度動揺が広がる。

 1歩後退するが、逃亡を考えるならある意味1歩遅かった。


 【号雷槍レッザ・アーク


 大森林の轟音と共に雷が落ちる。

 残り7人の暗殺者を一網打尽にした。


 あまりの圧勝劇に剣を構えたエルフは、呆然とハイタッチをする俺とミィミを見つめる。


 しかし、過剰に反応したのは、その後ろに控えていたドレスを着た姫様だった。


「あなたは……!」


 胸を好くような青い瞳と目が合う。

 銀色の髪が、森を抜けてきた涼風になびいた。


 青と、銀。


 その色は忘れように忘れられない。

 俺がジオラントに戻ってきて、初めて恋というものをした女性の色だった。


 あの時の感情と、最後にかわしたキスのことを思い出すだけど、胸がいっぱいになる。


「お久しぶりですね」


 俺は今、うまく笑えているだろうか。

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