第19話

「お前はあの時の!!」


 いつかのお姫様と偶然にも再会し、思わず固まってしまった俺は、メイドさん――エリノラさんの声を聞いて我に返る。


 こちらも相変わらずメイド服が似合っているのだが、俺への警戒心が捨て切れていないらしい。目尻を吊り上げると俺の方を睨んだ。閉じた口元から犬の唸り声でも聞こえてきそうだ。


 ……俺、なんかやったっけ?


「エリノラ殿、こちらの御仁は?」


 一方、1人置いてけぼりエルフの剣士が尋ねる。

 殺意こそ消えているが、剣の柄に手を掛けたままだった。


 流れるように腰まで伸びた金髪に、深い緑色の瞳。肌は白く、硬いガラワワニという魔獣の鱗をなめした防具の上から、青い法服を着ていた。

 そしてエルフと言えば、長い耳だ。


 現代世界で培ったオタク心が疼く。

 昔から希少種ではあったが、さほど珍しい種族とは思えなかった。

 だけど、引きこもり生活に消化したアニメや漫画、ラノベのおかげですっかりオタクになってしまった人間としては、反応せずにはいられない。


 それに気のせいかもしれないが、あの法服どこかで見たことあるんだよなあ。どこだったか?


「ちょっと! なにエルフを見て、鼻の下を伸ばしているのよ、あんた」


 ミィミが俺の耳を引っ張る。


「痛ててててて! やめろ! ミィミ! お前の力でつねったら、洒落にならないほど痛いんだよ」


「ふん! 別にあたしにはないわよ」


 最後には「ふん」とそっぽを向いてしまう。


 何を怒ってるんだ?

 訝りながら、俺はミィミとエルフの剣士を見比べる。


(ああ。なるほど)


「浅はかだな、ミィミ。俺が胸の大きさで人を判断するような人間に見えるか?」


「はっきり言うな!!」


 ミィミの鉄拳が飛んでくる。

 俺は完全にノックアウトされ、その場に蹲る。


「全く……。あんたは時々デリカシーがなさすぎるのよ」


 ミィミは俺を見下ろしながらがなる。

 音速を超えた拳からは、白い湯気が上がっていた。


 そんな恩知らずと俺のやり取りを見ていたお姫様が、クスクスと口元を押さえて笑っていた。


「先日お目にかかった時は、お1人だったのにお友達ができたのですね」


「あなたの従者と違って、忠誠心の欠片もないですけどね」


「うっさいわね。――で、あんたたち何者なの?」


 お姫様に対しても、ミィミは鋭い視線を向ける。

 そこまで威嚇しなくてもいいだろうに。

 何を怒ってるんだ、ミィミは。


「あっ! そう言えば、名前を名乗るのを忘れていましたね」


「姫様、このような何者かもわからぬ男に身分を明かすのは……」


 エリノラさんは止めたが、お姫様は首を振る。


「この方にはすでに2度助けていただいています。邪険するものではないわ、エリノラ」


「そ、それはそうですが……」


  エリノラさんが困惑する横で、お姫様は白に青のリボンが付いたドレスの裾を広げた。


「初めまして、冒険者様。わたくしの名前はラーラ。ラーラ・ギ・ルーラタリアと申します」


「ルーラタリアってどこかで……あ!」


 確かティフディリア帝国東の王国の名前がルーラタリアだったはず。

 帝国の次に軍事、経済、技術が発展している国で、ジオラント第2位の強国だ。


「その名前を冠しているということか。本当にお姫様なのか?」


「本当にとは何ですか!? ラーラ殿下はルーラタリア王国国王の実子――王位継承序列第4位の正当なルーラタリア王家の後継者なのだぞ」


 エリノラさんはやや憤然としながらも、うまく補足を入れてくれる。


「エリノラ、さっきから何を怒っているのですか? 随分と冒険者様のことを意識してるようですが……。もしかして、冒険者様のことが好きなのですか?」


「え?」

「ふえ?」

「はあああああああ?」


 ラーラ姫は悪戯っぽい笑みを浮かべると、俺とエリノラ、そして何故かミィミまで変な声を出して、揃って喉を詰まらせる。


 先に声を荒らげたのは、エリノラだった。


「姫様! ななななな何を言い出すのですか?」


「違うのですか?」


「ち、違います!」


「てっきり、わたくしに取られると勘違いしたのかと……」


 ラーラ姫は首を傾げる。

 角度があざとい。


 姫様はわかっててからかってないか。

 天然でやってるなら、相当な大物だぞ、この姫様。


「そ、そもそも姫様は、この男に先日、せせせせせ接吻していたではありませんか?」


「せ、接吻!」


 はわわわわわ、と手を頬に当ててミィミが反応する。

 何故、お前が照れてるんだよ。

 むしろ俺が照れないとおかしいだろう。


「お姫様を助けてくれた英雄に、口付けをプレゼントする。定番ではありませんか?」


「そ、それは英雄譚の中の話で、現実は違うんです」


「え? そうなのですか? どうしましょう! わたくし、いきなり男の人の唇を奪ってしまったわ」


 半年という時を超えて、ラーラ姫はようやく自分が冒した事件の重さに気付いたらしい。

 頭を抱えて、困惑する。


 小悪魔なのか、単に天然なのか。

 本当にわからないな、このお姫様。


「こほん……」


 ラーラ姫を含めてわちゃわちゃと騒いでると、エルフの剣士が咳払いする。


「ラーラ姫。私からもよろしいですか?」


「あら、ごめんなさい、メイシー」


 ラーラ姫が自省すると、メイシーと呼ばれたエルフの剣士は頭を下げた。


「精霊士のメイシー・ロン・シエストンと申します」


「ロン?」


「ああ。ご存知でないですか。エルフの名前は、最初に名字、次に住んでいる村の名前、最後に姓名を名乗るのです」


 そうなのか。

 1000年前もそうだったかな。

 よく覚えてない。


 ちなみに精霊士というのは、精霊と契約した使役者のことを指すらしい。


「助太刀感謝する。御仁、名前は?」


「こっちも名乗ってなかったな。俺の名前はクロノ。単なるクロノだ。こっちはミィミ。ともに旅をしている」


「助かりました。あのような手練れが10人もいては、私はおろかラーラ姫にも危害を加えられたかもしれない」


「それなんだが、どうしてルーラタリアのお姫様が、パダジア精霊国の森にいるんだ?」


「それには深い理由がありまして」


「姫様」


 何か話しかけたラーラ姫をエリノラさんは手を掴んで止めた。

 真剣な表情で、首を振る。


 さすがに洒落にならない理由があるのだろう。

 王族がこそこそと動いているのだ。外交上のことだろうか。


「わかった。……ただ1つだけ聞かせてくれ。ラーラ姫が前回襲われていたのと、今回の襲撃理由は一緒か」


 ラーラ姫は何も答えなかったが、黙って頷いた。


「無礼をお許し下さい。色々と話せないことが多く。あなたに危害が及ぶかもしれません」


「いや、少し君のことがわかっただけでも大進展さ。ようやく名前も聞けたし」


「名前? え?」


「いや。こっちの話だ」


「それより、帝国にいたあなたがどうしてパダジア精霊国にいるのですか?」


「ミィミがキオリオの花の依存症に悩んでいて。治すための薬を」


「そうですか。私で良ければ、お供したのですが、生憎と……」


 申し訳なさそうにメイシーさんは頭を下げる。


「いえ。生えてる場所はおおよそ見当がついてますから。お構いなく」


 俺は以前と同じく魔法で、ラーラ姫が乗っていた馬車を修理する。

 その頃には、逃げた馬も戻ってきて、再出発することになった。


 エルフの衛士の応援も来て、一気に大所帯になる。

 これだけいれば、暗殺者の1人や2人どうってことないだろう。


「また短い出会いとなってしまいましたね」


「俺の国には一期一会って考え方があってね。1度の出会いは一生訪れないかもしれない。だから、1度の出会いを大切にしなさい、という考え方があるんだ」


「素敵な考え方ですね」


 ラーラ姫は客室の窓から顔を出して笑った。


「でも、わたくしはまたご縁があるように思います。……2度あることは、3度ある。聞いたことはございませんか、異世界人様」


 御者が馬に鞭をくれる。

 馬車はゆっくりと動きだし、等間隔にそびえ立つ大樹の間を縫うように東へと走り出した。


 最後に見たラーラ姫の柔らかな笑顔が、しばらく瞼の裏に焼き付いて離れない。


「追いかけなくていいの、クロノ」


「いいさ。俺も予感がするんだ」


 また彼女と出会う予感が……。

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