ハズレスキル『おもいだす』で記憶を取り戻した大賢者〜現代知識と最強魔法の融合で、異世界を無双する〜

延野 正行

第1部

プロローグ

6月15日サーガフォレスト様より発売です。

現在掲載しているものは、校正前のものとなります。

ご容赦ください。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~



 雷鳴が迫ってくる――そんな音だった。


 それが無数の足音だと気づいた時、俺の視界にはすでに異形の集団が映っていた。

 雄叫びを上げ、粗末な棍棒を振りかざし、長い舌の先から涎を垂らして、虹彩のない暴力的な瞳を俺に向けている。大きく出っ張った腹はただ野生動物を捕食しただけでは済まないほど大きく、ついた皮下脂肪が太鼓のように震えていた。


「トロルだ……」


 初めて見た異形の魔獣を前にして、言葉が自然と湧き上がって来た。暗い部屋でディスプレイ越しにしか見たことがなかった異世界の魔獣の集団が、一斉に俺に向かって襲いかかろうとしている。一回りも二回りも大きな魔獣たちの進軍に対して、俺の装備は満足とはほど遠いものだ。


 刃引きもされていない棒きれ同然の剣に、皮の胸当ては使い込まれすぎて、海外製の段ボールよりも薄っぺらくなっている。気休め程度に装備しているが、本当に気休めにしかならない。猛スピードで突っ込んでくるダンプカーに段ボールだけで止めろと言っているようなものだ。


「助けて! 助けてくれぇええ!!」


 闇雲に叫んだが、周りに人の気配はない。

 寄り添う仲間もなく、手には倒した魔獣の魔石。耳朶を打つのは、絶望の足音だ。

 獣臭が濃くなってくる。数秒もしないうちに、俺はトロルたちに取り囲まれ、肉を裂かれ、内臓を食われ、骨までしゃぶり尽くされる。そんな未来が容易に想像できるほど、トロルたちの気勢は凄まじい。よっぽど人間に恨みでもあるのだろう。


「やめろ! 来るな! 来るなよ!!」


 情け容赦なく迫る魔獣の大群を前に俺は泣き叫び、奇跡を待つ以外の選択肢はない。

 涙と鼻水で顔面をぐちゃぐちゃにしながら、俺は「終わった」と呟いた。


「ふざけるなよ……」


 医者の両親に半ば脅迫的に勉強漬けにされた人生だった。友人の遊びも断って、ひたすら勉強にまい邁しん進した。それでも両親が勧める医大に二浪して、そして落ちた。今まで「絶対国立!」「勉強しろ!」といってきた両親の言葉は、「クズ!」「恥さらし」という罵倒に変わった。近所でも後ろ指を指され、俺が部屋に引きこもるのにそう時間はかからなかった。そんな俺が、異世界で人生をやり直せると知った時、どんなに嬉しかったか。


 けど、現実はどうだ?


 俺は今トロルたちの群れを前にして、死の淵にある。

 ふざけんなよ……。折角、やり直しができると思ったのに。親が作ったレールじゃなくて、異世界に来たら自分の人生は自分が決めると、そう誓ったばかりなのに。


「…………結局、俺はハズレ勇者だったってわけかよ」


 次の瞬間、俺はトロルに跳ねられた。視界が空と地面を交互に映し出す。骨が内臓を突き破り、金属を舐めたような味が口内いっぱいに広がっていく。


 終わった。今度こそ終わった……。


 黒野賢吾の人生はそこで終わりを告げた――――そう思っていた。


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