第2話
「俺、死んだんじゃないのか?」
慌てて自分の身体をまさぐってみると、確かに感触を感じる。
ミツムネに殴られた傷も癒やされ、腫れも引いていた。
「あんたがいた世界はどうか知らないけど、こっちの世界にはスキルや魔法って便利なもんがあるんだ。剣で斬られたぐらいじゃ、死にゃしないよ。まあ、だからこそまともに死ねないんだけどね、ひっひっひっ」
笑ったのは隣にいる老婆だ。色落ちした粗末な抹茶色のローブに、シミだらけの大きな鉤鼻。ローブから出た手は、節くれ立ってまるで骸骨のようだった。
「お婆さんが手当を? お礼が遅くなってすみません。助けてくれてありがとうございます」
「礼なんていいよ。あたしゃ、あんたの袖の下のものが欲しいだけさね」
「袖の下?」
賄賂ってことか。ともかく俺はポケットをまさぐってみる。
手の平に広げてみると、五枚の銀貨が入っていた。この世界の貨幣だろう。
しかし、なんでもこんなものが入っているのか、さっぱりわからない。
呆けていると、老婆はその内の二枚を拾い上げた。
「もらっとくよ」
「あ。ちょっ!」
「なんだい? 文句があるのかい? あたしゃ、あんたを助けた。そしてここに二日も泊めた。この二枚の銀貨は宿代だ」
「慈善事業じゃないのかよ」
「何を甘ったれたことを言ってるんだい? お前たちみたいなハズレ勇者を野垂れ死ぬ前に拾ってやってるんだ。あたしゃ、そんなお前さんらを格安で泊めてやってるんだよ。もっと有り難く思ってほしいもんだねぇ。……ん? おい! お前! 一体、いつまで寝てるんだい。とっとと仕事に行きな! 宿代を払えないなら、出ていってもらうからね」
横で寝ていた人間の尻を叩く。「すみません」といって飛び起きると、宿房から出て行った。
俺は周りを見る。空気も悪いが、雰囲気も最悪だ。
皆、疲れた顔をして、泥のように眠っている。夢でうなされ、泣いている者もいた。
俺のように黒髪、黒目の日本人らしき者もいるが、青い目をした人間もいる。
「ここはあんたみたいに勇者と認められず、帝宮から追放された者たちの掃きだめさ。さあ、もうあんたが置かれた立場は理解できたろ? ならとっとと仕事に行くんだね」
「仕事って……。何をすれば」
「決まってる。冒険者さ。それとも男娼にでもなるかい、あんた?」
「男娼って……。ま、待ってください。いきなり働けといわれても」
すでに俺は二日間ここで寝て暮らし、二枚の銀貨を取られた。
残りは三枚。稼ぎがなければ、あと三日でここから出ていかなければならない。
たぶん『勇者の墓場』はハズレ勇者の期間限定のセーフティーネットだ。
異世界の治安や、人の倫理観がどれだけ成熟しているかわからないが、俺が住んでいた日本よりいいという保証はない。内臓云々という話も決して嘘ではないだろう。そうじゃなかったら、こんな掃きだめに、人間が何人も住んではいない。
「な、なら……。元の世界に帰してください」
「ない! そんな方法はないよ」
「勝手に召喚しておいて、それはないだろう」
「文句を言う相手を間違っちゃいないかい? そもそもあんた、元の世界に帰りたいって本当に思っているかい?」
改めて問われて、俺は答えられなかった。
家に帰ったところで、またニートに逆戻り。いや、その生活が保障されているかもあやしい。
今頃、俺がいなくなったことによって家族は心配よりも、ホッとしていることだろう。
頼るべき友人も、親戚も、同僚もいない。まともな職にだって就けるとは思えない。
そういう意味では、俺が元いた世界も、今いる世界も状況として大して変わりないのかもしれない。
そして、どっちに逆転の目があるかといえば……。
冒険者になる手続きはあっさり済んでしまった。
何か試験があるわけでもない。『勇者の墓場』のばあさん管理人からもらった紹介状を渡し、自分の名前を書いただけで、簡単にライセンスが発給され、初のライセンス支給ということで特典として回復薬をもらった。ただし銀貨一枚取られてしまったが……。
これで俺が持っている全財産は、銀貨二枚に、着ていた服と交換した皮の胸当てと錆びた剣だけ。装備からは血の臭いがする。おそらく亡くなったハズレ勇者が着ていたものだろう。
着ている今この時ですら、薄ら寒く感じる。まるで呪いの装備だ。でも贅沢など言ってられない。
何としても、俺は生き延びてやる。
このジオラント異世界で……。
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