第21話

 メルエスはお祭り騒ぎだった。


 近年初めて街で執り行われる剣闘試合。その賑わいもさることながら、遠い帝都から皇帝陛下が起こしあそばされるのだ。田舎の市民にとっては殿上人である陛下を一目見ようと、沿道にはたくさんの人が詰めかけていた。


 やがて皇帝陛下が自ら指揮する皇軍の先頭が、メルエスの街門をくぐると歓声が沸き上がる。旗が振られ、建物の窓から花吹雪が落ちてくる。まるで凱旋式のような騒ぎだった。

 陛下を乗せた馬車が街に入る。途端、歓声のボリュームが上がった。


 皇帝陛下は手を振ることなく、ただ真っ直ぐ前を向いているだけだったが、代わって目立っていたのは、白馬に乗った金髪の男だ。たくましい肉体に見事な手綱捌き。それなりに甘いマスクということもあって、如何にも絵になりそうではあるが、その纏う鎧は喪服のように真っ黒だった。


「まさに暗黒騎士だな」


 沿道に群がる人たちが度肝を抜かれる横で、俺も勇者ミツムネの姿を確認していた。

 恰好こそ変わったが、野獣のような瞳は変わらない。むしろ生来持つスター性は勇者と讃えられることによって増しているように見える。


「あれがあるじを叩いた悪いヤツ?」


「ああ。……でも、大丈夫。今度は負けない。ミィミもいるし。こいつもあるからな」


 ミィミを撫で、さらにアンジェに作ってもらった腰の得物に触れる。

 すると、ミツムネを見て沸騰しかかった気持ちが、和らいでいくような気がした。


「大丈夫。あるじ、負けない。あるじはミィミのあるじだから」


「ありがとう、ミィミ」


「二人でワンツーフィニッシュ」


「ああ。約束だ」


 ミィミの言う通り。俺の目的は魔導書と賞金であって、皇帝とミツムネに復讐することじゃない。

 ただ……目的を完遂するために、二人が邪魔になるというなら。

 その時は遠慮なく、【大賢者】のスキルを味合わせてやろう。



 ◆◇◆◇◆ 本戦開始 ◆◇◆◇◆



 いよいよデーブレエス伯爵主催の剣闘試合が開幕した。

 場所はデーブレエス伯爵屋敷の庭園だ。初めは大通りにある噴水広場でやる予定だったが、参加者が増加し、さらに皇帝陛下がお御は座すということもあって、警備の観点から屋敷の中庭となった。


 伯爵貴族の中庭といっても、デーブレエス邸の庭はかなり広く、某ドームがすっぽり収まるほどの敷地面積がある。そこに約五千人収容できる闘技場が急ピッチで作られたのだが、すでにその二倍の客が闘技場に詰めかけていた。


 また参加者の人数も膨らんだことから、各地域で予選が行われた。

 予選を勝ち抜いた十五名。そこに勇者ミツムネが加わった十六名が本戦を戦うことになる。


 その初戦が今始まろうとしていた。試合のボルテージは最初からMAXだ。

 栄えある剣闘試合の一回戦目から勇者ミツムネが出てきたからである。


 皇帝もご入来し、デーブレエス伯爵と一緒に観覧している。

 すでに審判のロードルは演武台の中央に立って、対戦者が揃うのを待っていた。

 最初に現れたのは、勇者ミツムネだ。すでに行進の時から人気を手にしていたがミツムネは大声援が聞こえると、軽く手を上げる。ミツムネは元々テレビにも出演していたファイターだ。性格こそ非道でも容姿には華があり、人気を博していた。

 手慣れたパフォーマスンで客の心を一気に鷲掴むと、会場をあっという間に味方にしてしまう。


 対する相手もまた少し遅れて、闘技場入りをした。

 その彼を緋狼族のミィミが見送る。


「まさか……。初戦の相手があいつとはな」


「あるじ、だいじょうぶ?」


「大丈夫じゃないように見えるか、ミィミ」


「ううん。あるじ、強い。頑張って」


「二人でワンツーフィニッシュだからな」


 ハイタッチを交わし、ミィミはその後ろ姿を見送る。

 そのミィミの後ろから鎧を着たミュシャが現れた。


「クロノ殿は大丈夫か、ミィミ。少々気負っているように見えたが」


「だいじょうぶ、ミュシャ。あるじはミィミのあるじ。負けない」


「でも、相手は勇者だぞ」


「ミィミとあるじ、一ヶ月修行した。でも、一度もあるじに勝てなかった」


「一度も?」


「今のあるじ、【剣神】より強い」


「け、【剣神】? それは随分と大きく出たな。千年前に存在したという伝説の武人だぞ」


「そう。あるじ、【剣神】と互角に戦ってた」


「それにしても、顔のあれなんなのだ?」


「それは知らない。ミィミ、知らない。でも、あるじはかっこいい」


 ミィミは日向の光に消えていく主に目を細めるのだった。

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