第26話

 勇者……?


 それにカブラザカ・マサトって、どう考えても俺がいた現代世界の人間の名前だ。

 ジオラントに存在する名前じゃない。

 ということは、こいつ……。


「お前、もしかして勇者召喚されてきた現代人か?」


「おや? そういうあなたも、もしかしてご同郷だったりするんですかね?」


「俺のことはいい。それより勇者がなんでエルフ狩りにくみしている?」


「あなたはわたくしのの質問に答えないのに、自分の質問には答えろという……。とてもフェアとは思えませんが」


「タダでは喋らないか?」


「フェアじゃないと言っているだけですよ」


「同郷とはあまり戦いたくないんだが……」


「同意見です」


 バチッ!!


 俺の前で何かが弾かれる。

 怪訝な表情を浮かべたのは俺ではなく、おそらく何か仕掛けたであろうカブラザカの方だった。


「なんだ?」


「俺は着ている火躱しの衣はな。名前の通り、火を躱す能力があるが、同じく邪気を払う効果があるんだよ」


 こいつが俺に何を仕掛けたのかは、すでに予想が付いていた。


「伝染病なんて、自然界の中で奇跡的な確率で現れるイレギュラーであって、過去にそれを利用した戦術こそあったが、そう都合良く人の前に現れるものじゃない。……ただし、人の手が入っていれば別だ」


「ヒヒッ……」


 カブラザカは糸を引くように笑う。


「お前だろ? 今回のこの伝染病の元になった病原菌を作ったのは?」


「正解」


 カブラザカはまず拍手を送る。


「よくわかりましたね、さすがご同郷は」


「まさか勇者が絡んでいるとは思わなかったけどな。けど、謎はすべて解けた。少なくとも病原菌を操る魔法なんて聞いたことも、見たこともない。1000年の間に開発されたと可能性は高いが、基本構造こそ変わっていなかった。故に、ジオラントに現存するあらゆる魔法で、病原菌を操るなんて芸当はできないはず。ならば答えは1つ。勇者が召喚の際に送られるギフト――すなわち『スキル』だ」


「素晴らしい……とはいえ、ご同郷であればこれぐらいはわかりますか。その通り、わたくしのスキル『くすり』」


「『くすり』? 『びょうげんきん』の間違いじゃないのか?」


「薬と病原菌は表裏一体ですよ。この意味――あなたならわかるんじゃないですか?」


 間違ってはいない。

 俺が作った抗生物質も黴菌や放線菌などの微生物から作られている。

 菌を殺すのも、また菌だからだ。


「もう1度聞く。なんで勇者がエルフ狩りなんてしてる?」


「しつこいですねぇ、あなたも。まあ、久しぶりにあったご同郷ですからねぇ。サービスしておきましょうか?」


 カブラザカはニヤリと笑った。


「楽しいからですよ」


「はっ?」


 俺はあからさまに眉を顰めた。


「そりゃあねぇ。わたくしだって、勇者としてこの世界に召喚されたのです。世界の平和のために戦う。そんな戦隊もののヒーローみたいな正義感は最初こそありましたよ。でもね、ご同郷。わたくしは気づいてしまったんですよ」


「何に?」


「この世界では、人を殺しても罪に問われない」


「はっ?」


 俺はただ顔を顰める。

 カブラザカの言動に対して、それしか反応できなかった。


「わかりませんか。現代世界の政治や理念、常識を思い出してください。どんなに悪党だろうと、悪い権力者が権勢を振るおうとのうのうと生きていける世界……。市民を守る警察ですら、拳銃を握り、相手に向かって撃つことを憚られるのです。目の前で人を殺されていてもです」


 カブラザカは舞台俳優にもでなったかのように己の歪んだ世界の構造を語る。

 俺は半ば呆れながらも、その語りが終わるのを待っていた。


「でも、この世界は違う。目の前の悪をくじき、命を奪っても許される。それどころか『英雄だ』『勇者だ』と指示される世界。……ああ。なんと平等な世界なのでしょう?」


「平等?」


「そうですよ。悪が人を殺すのに、善が人を殺せないなんて、そんなの不平等じゃないですか?」


「歪んでるな、お前」


「そうですか? 普通だと思いますけど」


 カブラザカの言ってることは1ミリも理解したくないが、何故こんなヤツがジオラントに召喚されたかは理解できる。


 こいつは現代世界そのものに絶望している。


 召喚される人間の条件として、自分のいた世界に戻りたくないという強い思いがある人間が選ばれると聞いた。

 それこそが、カブラザカが召喚に応じた理由なのだろう。


「なら何故、エルフ狩りなんてやっている? 英雄だともてはやされたんだろ?」


「簡単ですよ、ご同郷。英雄や勇者なんかより、悪に染まった方が人の命を奪えるからじゃないですか?」


 カブラザカは口端を歪めて笑った。


 徹頭徹尾歪んでいるな、こいつ。


「お喋りは終わりです。残念ながらこちらが劣勢のようですからね。とっととあなた方を全滅させて、わたくしは次の殺しの現場に向かいたい」


「全滅させたりしたり、売り物にもならなくなるぞ」


「いいんですよ。わたくしの雇い主は、彼らの雇い主とは少し違いますので」


「どういうことだ?」


「おっと。喋り過ぎました。さあ、始めましょう。ご同輩。まずは――――」



 サ〇ンからいきましょうか?



 何かが噴射されたような気配があった。

 しかし、相手が輩出したのは目に見えない死神だ。

 それが鎌を握り、確実に俺たちに忍び寄ってきていることだけはわかる。


「あははははは! 死ね! 死ね! 汚物はみんな、死ねよぉぉぉお!!」


 カブラザカは狂ったように笑う。

 落ち着いた口調ががらりと変わり、罵倒した。


 【天雨スフィルム


 俺は手を空に向かって掲げる。

 夜の闇がさらに深くなる。

 鈍重な雲がたちこめると、たちまち大森林に雨が降ってきた。


「はっ? 雨?」


「サ〇ンは猛毒だが、火にも弱く、加水分解されやすいから、水の中に投げ込んだだけでほぼ無害になる」


 どこぞの国がミサイルの弾頭に取り付けて拡散させようとしたが、熱に弱いから断念したという話も聞いたことがある。


「くそ! ならば!!」


 再びカブラザカは動く。

 だが、その前に俺の手が動いた。


 【風壁ジルベスト


 カブラザカの周りに風の壁が作られる。気流を操作し、中の空気が外に出ないようにした。


「相手方に病原菌を操る人間がいることはわかっていた」


「な、なんだ! これは!! 出しなさい!!」


 思った通りだ。

 カブラザカのスキルは脅威だが、あいつ自身の筋力はさほどではない。


 喚き立てるカブラザカを見ながら、俺はある物質が入った袋を投げ入れる。


 カブラザカは反射的にその袋を受け取った。勝手に中身を見ると、ピンと来たらしい。


「これはマグネシウムですか?」


「へぇ。見ただけでわかるのか?」


「馬鹿にしないで下さい。あなた、これを魔法の結界内でまき散らして、粉塵爆破でもやるつもりだったのでしょう? 生憎でしたね」


「それがやりたいなら、最初からそうしてるさ。……さて、カブラザカ。お前を裏で操ってる人間あるいは組織はなんだ?」


「は? な、何を言ってるんですか? 陰謀論者ですか? たとえそんなものがあるとして、わたくしが簡単に話すとでも? 見くびってもらっては困りますなあ。悪にも悪の仁義というものがあるんですよ」


 自分で悪って言ってたら世話ないな。

 悪いことをしている自覚はあるのに、悪いことをする。

 人間の性ではあるけどな。


「わたくしは絶対、この袋を放しませんよ」


「その間にマグネシウムの腐蝕を待つか?」


「ええ! 馬鹿ですね、あなた! これだけ空気中の水分があれば、腐食耐性のないマグネシウムは簡単に腐蝕させることができますよ」


「そうだな。じゃあ、俺が今あんたを覆っている結界を解いたらどうだ?」


「馬鹿ですか! そんな腐蝕が進んで、マグネシウムが使い物にならなく……なっ…………て……。まさか――――」


 カブラザカの顔が真っ青になっていく。


「あなた、まさか……。最初からわたくしを尋問するために、雨を……」


「マグネシウムは確かに腐蝕に弱い。少し酸を含んだ雨に当たっただけで、みるみる腐蝕していく。だが、燃焼中のヽヽヽヽマグネシウムが水と反応するとどうなるか知っているか……」


「やめろ!」


 首を振って、カブラザカは叫ぶ。


「お前の選択肢は2つに1つ。黒幕の名前を吐くか、それともマグネシウムの反応で死ぬか」


「はあ。はあ。はあ。はあ……」


「お前は自分の快楽のために他人を殺してきた。そして殺人を肯定してきた。少しは自分の命が、他人に委ねられる気持ちがわかったか? さあ、吐け!」


「うるせぇ! 死んでも、てめぇなんかに言うかよ!! お、お前だってな! 人殺しだろうが! 今からオレヽヽを殺そうっていうんだろ! 来いよ! オレヽヽを殺してみやがれぇぇぇえええ!!」


 文字通り、人が変わったように喚き立てる。


「そうか。……残念だ」


 【風壁ジルベスト】解除。


 風の膜がなくなる。

 その瞬間、カブラザカはスキルを発動させたように見えた。

 俺もまたすかさず手を広げる。


 【焔玉ギラル】!!


 狙ったのはカブラザカではない。

 今、カブラザカが落としたマグネシウムの袋だ。袋が一瞬にして燃え滓になり、さらにマグネシウムの燃焼が始まる。

 白く花火のように発光した後、降ってきた雨の水分を吸った。

 その燃焼反応は、水を分解し、水素と酸素を発生させる。


 直後は理科の実験で見たものよりもさらにひどいことが起こった。


「お前がさっき言った言葉を返すぞ。汚物は消毒だ!」


 ドンッ!!


 轟音とともに爆発が起こる。

 マグネシウムの燃焼を加速させ、異常なまでの熱はカブラザカを呑み込んでいった。


~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


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