第43話 いざ行かん決戦の舞台

 顔に化粧を施して、唇には紅をさす。

髪型も整え、アクセサリーを身につけ、くるりと鏡の前で一回転するとドレスの裾がふんわりと広がる。


「まぁ、可愛らしい! まるで春風の妖精みたいだわ、レティナ!」


 マリアベルが歓声を上げる。

 だが鏡の前に立つ、着飾った令嬢――久しぶりにレトから元に戻ったレティナは、なんだか落ち着かなかった。


(久しぶりのドレスは、なんだかおかしな感じがするわ。……私だと、やっぱり力不足だったかしら……。いいえ、これはみなさんのお役に立てる、またとない機会だもの……!)


 レティナは、自分をあたたかく迎え入れてくれたリグハーツ隊の面々を思い出し、弱気になりかけていた心を奮起させる。


「ありがとうございます。マリアベル様にそう言っていただけると、自信が持てます」

「本当に、あの愚弟に引き渡すのが惜しいくらいよ! ――でも、お仕事ですものね。どうか、無茶だけはしないでね、レティナ」

「マリアベル様を悲しませることは、二度といたしません」


 頷けば、マリアベルは嬉しそうに微笑む。

 程なくして、扉をノックする音がして……騎士礼装に着替えたルシードが姿を現した。


「なぜ、姉上がいる」

「わたくしはレティナのお友達よ? 不安でいっぱいの彼女の緊張を、少しでも和らげるために決まっているでしょう。レティナの兄君であるレジナルド様が、どうか妹についててあげてほしいと呼んで下さったの。……どこぞの乙女心が全く理解出来ない愚弟より、出来た方よね、レジナルド様は。さすが、レティナのお兄様だわ」

「ぐっ、ぬっ……」


 姉には勝てないのか、押し黙るルシードにレティナは思わず笑い声をこぼした。

 すると、ルシードの視線が部屋の奥、すなわち、レティナのいる方へ向いた。


 彼の印象的な紫の瞳が、大きく見開かれる。


「あ、あの?」


 そして、なぜか何も言わず、凝視された。

 どこかおかしいのかとレティナが不安に感じていると、ルシードはふらふらと近づいてきて、レティナの手を握る。


「あ、あの、リグハーツ隊長?」

「……ルシードと」

「え、あ、はい、ルシード様……」


 そうだった。

 レティナの時は、隊長と呼んではいけないのだったと思い出し、慌てて言い直すと彼はきゅっとレティナの手を両手で握り込んで、うっとりとした吐息とともに吐き出した。


「――レティナ嬢、とても綺麗だ……」

「えっ!?」


 瞬間、ふたりの間に扇子が割って入り、ルシードの額を叩いた。


「見惚れるのは分かるけれど、無礼が過ぎてよルシード」

「……っ! す、すまない、レティナ嬢……! まるで可憐な花の妖精のようで、つい我を忘れるところだった」


 姉弟で、やはり感性は似るらしい。

 自分にはもったいない、けれども心からと分かる褒め言葉に、レティナははにかんでお礼を言った。


「ありがとうございますルシード様。ルシード様も……大変凜々しく、いつもに増して素敵です」

「そ、そうか! ――では、貴方の隣に立つのは俺で、問題ないな」

「もちろんです! 私の方こそ、力不足ではないかと思っていたくらいで」

「とんでもない! 貴方とならば……俺は、なんでも出来る気がするんだ」


 微笑むルシードに、レティナも同じ気持ちで頷いた。


「わたくしを除け者にして世界を作るのはやめていただける?」

「マリアベル様、申し訳ございません! 私、そんなつもりは――」

「レティナはいいの。囮なんていう、危険なことを引き受けたんだもの、心が軽くなればわたくしも嬉しいわ。でも、愚弟はダメよ。お前はこれから任務に赴く騎士なのだから、浮ついた気持ちは捨てなさい――実の弟といえど、レティナに怪我をさせたら許さなくてよ」


 マリアベルの鋭い一瞥に、ルシードもまた同じような視線で応える。


「髪の毛一本たりとも、傷つけさせるつもりはない。――彼女は大切な……そう、大切な、協力者であり保護対象なのだから……!」


 最後、少しだけ間があったのが気になったが、責任感のあるルシードらしい言葉にレティナもぎゅっと拳を握り「微力を尽くします」と宣言する。


 今日は、王家主催の舞踏会。

 そして、クーズリィと彼に絡む薬の売人を捕らえる、絶好の機会なのだ。

 

 ――リグハーツ隊の隊室で、レトの正体が明らかになった後……一同は、森での失態もあるため一刻も早く連中を捕まえなければ取り逃がすかもしれないと危惧していた。


 レジナルドは、そこへ「とある作戦」を手土産に持ってきていたのだ。

 それが、舞踏会で一網打尽大作戦、である。


 ネーミングが微妙なのは置いておき、内容を大雑把に聞いたところ、王家主催の舞踏会を捕り物会場にするという大胆な案だった。


 もちろん、事は全てスマートに運ばなければいけない。切った張ったとなる前に速やかに敵を捕らえ連行、王家とそれに忠誠を誓う騎士団の強さを見せ、悪事に追随すればろくな目に遭わないと深層に植え付けるデモンストレーションも兼ねているため、その後はつつがなく舞踏会も継続される予定だ。


 つまり、絶対に余計な血を流してはいけない舞踏会――だが、クーズリィと彼を隠れ蓑にしている商売人は、もっと手広く事業をしたいだろう。

 王家主催の舞踏会には、多くの貴族があつまるため、絶好のカモ探しの場に違いない。好機を逃さず、クーズリィたちは必ず来る。

 ――そこで尻尾を掴むというのだ。


 そして、レジナルドはその舞踏会に潜り込む囮役が必要だと言った。

 男が女装する、素直に女性騎士に頼む等、様々な意見が出たが「騎士」が「任務」で参加すれば舞踏会参加者にはない緊張感をはらむ。


 それに勘付かれてしまえば逃げられかねない……だから、レティナが囮を務めることになったのだ。

 

 ――大丈夫。自分は出来る。


 舞踏会の華やかな会場に向かいながら、レティナは自分を鼓舞する。

 隣にいるルシードが腕を差し出しエスコートしてくれる。その体温が、レティナに力を与えてくれた。


(――リグハーツ隊長……ルシード様となら、大丈夫)


 そばにいるとドキドキして顔が熱くなって大変だが、同時に自分に無敵の強さを与えてくれるのも彼に違いない。

 目が合ったルシードに微笑んで、レティナは歩む足に力を込めた。

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