第32話 奇妙な廃屋利用者

 来客というのは、以前レティナとルシードが物取りから助けた女性だった。

 リグハーツ隊長とレト。

 ふたりの呼び名を覚えていた女性は、相談事があると頼ってきたのだ。


「森の廃屋にね、最近出入りが多いんだよ」


 今は使われていない廃屋に、見慣れない者達がよく出入りしているので、最初は解体作業を請け負った業者かと思ったのだが――何をするでもなく、入れ替わり立ち替わり人が来るというのだ。


「他の騎士に言っても、相手にしてもらえなくてね」


 小さな事件など時間の無駄とまで言われたらしい女性は「でも、うちの人や息子は森で伐採作業をするし、小さな子たちも遊びで入るから、心配で」と顔を曇らせる。


「たしかに、いたずらに民の生活が脅かされるのは無視できない。一度、こちらも現場を確認しにいく。そして、しかるべき対処をするので、安心して欲しい」


 ルシードがしっかりとした口調で告げると、女性はようやく笑顔を浮かべて去って行った。


 ――そして、レティナとルシード、そしてアレスが状況確認として森へ向かったのだが……。


 廃屋は、見晴らしの悪い場所にあった。

 少し進めば斜面になっており、下には急流が流れている。


 子どもは近づくなと言い含められそうな立地場所だが――なるほど、ダメと言われればやりたくなる心理で、子ども達が度胸試しをしそうな場所だ。


 そこから漂ってくるのは――。


「この臭い……」

「どうした、レト」

「なに? なんか臭う?」


 問題の廃屋の方へ近づくにつれ、あの臭いが漂ってきたのだ。


「隊長、アレスさん……あの薬の臭いです」


 レティナが告げた瞬間、ふたりの騎士に緊張が走る。


「じゃあ、薬の生産場所? ――隊長、今すぐ踏み込んで」

「待て、誰か出てきた」


 はやるアレスを制したルシードと、草陰に隠れたレティナは、廃屋から出てきた人物を見て目を見張った。


「……あの人、どうして……」

「レト?」

「……彼女は――クーズリィ様が、あの夜会でエスコートしていた……」


 廃屋から姿を見せたのは、レティナが婚約破棄を告げられた夜会で、クーズリィと親密そうにしていた女性だった。


 パキ。

 驚いたせいで、木の枝を踏む。

 すると、相手は過剰なまでに反応し――レティナやルシードたちの姿を捉えると、みるみる顔を歪めて吐き捨てるように叫んだ。


「もう嗅ぎつけたの! この、犬共!」

「――へぇ」

「なるほどな」


 ルシードとアレスが、それぞれ剣を抜く。


「犬、ね。……犯罪者が、オレ達騎士を罵る時によく使うヤツだ。――ってことは、おねーさん、黒だな」

「死ね!」

「おっと!」


 飛んできたナイフを、アレスの剣が弾く。

 それを皮切りに、廃屋から男たちが姿を現す。


「なに騒いでる、ミーネ!」

「犬共だよ!」

「あぁん!?」

「おい、尾行されたのか!」

「バカを言いでないよ! あの青い髪に小綺麗な顔! ……こいつら、前から薬のありかをコソコソ嗅ぎ回ってた連中だ!」

「リグハーツ隊か!」


 獲物を手にして現れる男たち。

 その数、十数名。


「うっわー、さして広くない建物だけど、こんな人数、入ります?」

「恐らく、地下があるな」


 冷静に会話するルシードとアレス。

 しかし、ふたりの格好をみた男たちは「犬を生かして帰すな」と気色ばむ。


「なるほどな。お前たちが、薬の密売人か」

「大人数で出稼ぎ、ご苦労さん。労うかわりに、牢屋にぶち込んでやるからゆっくり休めよ!」


 ルシードの冷静な声、アレスの挑発に続き、怒号と刃物がぶつかる音が森に響き、斬り合いが始まる。


 ルシードとアレスは強い。

 だが、相手は大人数だ。

 その分、目も多い。


 ひとりが、見るからに非戦闘員という風体のレティナに気付いた。

 邪魔にならないように立ち位置を変えていたレティナは、ちょうど真下に川が流れている斜面側に立っており――斬りかかってきた男から身をかわしたとき、足を取られてよろめいた。


 手が宙をかき、か細い枝を掴んだが、バランスを立て直すだけの耐久もなく、すぐにパキリと折れてしまう。

 そのまま、レティナの体は斜面の下へと吸い込まれ――。


「レト!」


 伸びてきた腕に、引き寄せられた瞬間、ざぱんっと大量の水しぶきがあがり、レティナの体は川の中へと沈んだ。

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