第37話 気付き

 レティナが覚えているのは、いつだって自分の不徳を責めるふたりの姿だ。

 あの家では……なにをしても、しなくても、責められていた記憶しかない。


 思えば、自分を否定してばかりのダーメンス家のふたり。

 それならば……そんなに嫌ならば、婚約など早々に解消してしまえばいい話だった。爵位は向こうが高いのだ、なんとでもなっただろう。


 だが不思議なことに、貶めながらもダーメンス家の親子はレティナを手元に置き続けた。


 ――人質にすることが、目的だとしたら?


「わ、私……」


 マリアベルに連れ出されなかったら?

 あの時、後悔して戻っていたら?


(完全な、人質になってたかも)


 そしてクーズリィは、あの夜会でチャバル家を侮辱していた。

 周りに、チャバル家の悪い印象を強く残すためだったら?


 婚約破棄宣言、そして手を上げ逃げ出したチャバルの娘が戻ってきて謝罪する。

 それを受け入れて、再び手元に置いて……それから、なにか悪いことが起これば?


(チャバル家に責任を押しつけて、自分たちは知らない振りをする気だった?)


 チャバル家は強く出られない。なぜなら、娘が相手の手元にいる。

 そして、騎士団に訴えても、容疑がかかっていればチャバル家がまず痛くもない腹を探られ、すぐに娘を取り戻せはしないだろう。


「……危ないところでした」


 改めて、マリアベル。そしてルシードたちに感謝する。


「家族が馬鹿にされないために、なんて……私が一番、家族に迷惑をかけるところでした」

「今は、不自由をさせるが、全て片がついたら、顔を見せに帰るといい」

「…………」


 父や長兄は喜ぶだろうか。

 母は?


「母は……がっかりするかもしれません」

「なぜ」

「ダーメンス伯爵夫人と母は、友人だと」

「貴方は、ふたりが友人のように見えたか?」


 言われてレティナは言葉に詰まる。


「貴方とマリアベルに置き換えて考えてみるといい」

「マリアベル様は、私に理不尽なことを言ったりしません!」


 時に耳が痛いことを指摘されたとしても、マリアベルのそれは毒も棘もない。純粋に心配しているからだと分かる。


「そうか。……ならば、貴方の中で、答えはすでに出ている」

「――ぁ」

「……俺達も調査の上で、貴方の母上の名が報告書に記載されることもあったが……言い方は悪いが、ふたりの関係は主人と下僕だ」


 明確なまでにハッキリとした、支配する側とされる側。

 ひどい侮辱なのに、あのふたりには気味が悪いほど当てはまる言葉だった。


「君の母上は、若い頃からダーメンス伯爵夫人に憧れていて、彼女の取り巻きだったらしい」


 若い頃の――家が没落していない頃の彼女は社交界の花だったと。けれど、奇しくもふたつの家は共倒れのように没落した。

 ひとりは才能と美貌を見初められ伯爵家へ嫁ぎ、日の目を見た。


 そしてもうひとりは、苦労知らずだったお嬢様が市井の食堂で働き、手は荒れて髪もつやをなくし、化粧っ気もなくなった。けれど懸命に働く姿から、男爵家の子息を紹介されるに至った。


 後者はレティナの母だが――彼女は、幸せそうだったが……実際、伯爵夫人となったかつての憧れの人を見て、なにかが狂ってしまったのかもしれない。


 がっかりするだろう。

 悲しむだろう。


 でも、言わなくてはいけない。

 あの日飲み込んだ言葉を。


 ――お姫様にはなれなくてもいい。なりたくないの。


「それでもダメなら、家を出ます」

「そうか」


 冗談めかして、それでも内心は真剣にレティナが言うと、ルシードはひとつ頷き思案した。


「その時は、俺のところにくるといい。貴方ならば、大歓迎だ」


 そう言って微笑むルシードに、他意はない。


(ない……のよね?)


 きっとこれまで通り、弟扱いで……。


(あれ、でも、隊長は知ってたって……あれっ……!?)


 ――訳が分からなくなって、レティナは僅かに頬を染める。

 勘違いでもいい。

 それでも今、ルシードはレティナに対して、こう言ってくれたのだから。


 受け入れてもらえた嬉しさに、レティナは視線をそらし赤い顔で微笑んだ。

 その横顔を見ていたルシードもまた、頬を染めていることに気付かずに。

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