第46話 私は私
しん、と周りも静まりかえる。
ルシードの声は、そんな中でひどく優しく響いた。
「レティナ嬢の入れる茶は美味い。彼女が入れてくれるお茶は、いつも細やかな気遣いに満ちた優しい味がする」
「ルシード様……」
レティナが感動していると、クーズリィはなぜか勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
そして、無作法にもルシードを指さした。
「貴様! 本性を現したな! いつも、だと!? レティナが大人しく従順なのをいいことに、使用人の真似事をさせていたのか!」
一体、なにを言っているのか。
「はぁ……?」
思わず呆れたため息をこぼしたは、レティナだった。
この人は、誰かを貶めないと気が済まないのか。
どうして、他人を褒める人間を貶めるのか。それも、そんなにも得意げな顔で。
――呆れの次に、怒りがわいた。
自分をルシードへの攻撃材料にする、卑怯なクーズリィ・ダーメンスに対し、レティナはハッキリとした怒りを抱いた。
「男を立てることを知らない蒙昧で、何度貴方が忠告しても行動を改めず、貴方たち親子に頭を下げるどこかコケにするような性格の持ち主……それが、私なのですよね? ……でしたら、貴方はご自分が仰ってることが、いかにおかしなことなのか、分かりませんか? そんな性格の持ち主を、舌の根も乾かぬうちに大人しく従順だなんて……貴方には二人のレティナ・チャバルが見えるのですか、ダーメンス様」
己の言葉の矛盾をつかれ、クーズリィの顔が屈辱に歪む。
そして、周囲からは「まぁ、そうだろうな」というような失笑が溢れた。
自分がその対象だと気付いたのだろう。
クーズリィはレティナを憎々しげに睨みつけると、大股で近づいてきて手を伸ばしてきた。
「男に盾突いてもいいとは教えてない! どこまでダメなんだお前は! 母上に教育をやり直してもらえ!」
「ですから……貴方と私の婚約はすでに白紙。馴れ馴れしく近づかないで下さい!」
伸びてくるその手を、レティナは思い切り払いのける。
「うわぁ!」
悲鳴を上げてクーズリィが尻餅をつく。
その懐から、小瓶が転がり落ちる。蓋をきちんと閉めていなかったのだろう、その拍子に蓋が外れ、中身が僅かに漏れた。
――瞬間、漂った匂いに、レティナは思わず口と鼻を覆った。
クーズリィが愛用していた……これを入れるとお前の所の質の悪い茶葉を使って、腕の悪いお前が入れた不味い茶も、素晴らしい味になる魔法の水だと言っていた例の薬だ。
今となっては、中毒性があるよくない物だとわかっているレティナは、顔をしかめながらも瓶を拾い上げた。
「ルシード様、これを」
「これは、まさか……」
レティナの様子を見て、ルシードも転がった瓶の中身を察する。
「間違いなく、原液です」
「――そうか。……クーズリィ・ダーメンス」
野蛮だなんだとレティナをこき下ろし、身だしなみを整えていたクーズリィは、突然ルシードに名前を呼ばれ、不快そうに片眉を跳ね上げた。
「なんだ? たかが騎士ごときが、気安く伯爵家の嫡子たる私を呼び捨てるな」
「違法薬物所持の疑いで、お前を今から拘束する」
「――なに? どこに証拠が……」
「お前がたった今落とした、この魔法の水入りの瓶だ」
ルシードがこれ見よがしに揺らしてみせると、クーズリィは顔色を変える。
「ば、馬鹿な……! っ、レティナ! お前、これが狙いで私を突き飛ばしたのか!」
「突き飛ばした? 彼女は、お前が無遠慮に伸ばした手を払っただけだろう。尻餅をついて中身をこぼしたのは、お前の足腰の弱さと不注意からくる不始末だ。――なんでもかんでも、彼女のせいにして己の非から目をそらしてばかりだな、クーズリィ・ダーメンス。――だが、これからはそうはいかない」
キッとルシードに睨まれ恐れをなしたのか、クーズリィが逃げ出そうとするが、即座にルシードに片腕を捻りあげられ捕らえられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます