第47話 合いませんでしたの、さようなら

 クーズリィを拘束していると、別に動いていたアレスたちリグハーツ隊が駆け寄ってくる。

 アレスが、すぐにルシードに報告した。


「隊長、女の方も拘束しました」


 それはクーズリィにも当然聞こえていた。

 カッと目をむくと、大声を上げ……それから、レティナに侮蔑の視線を向けた。


「女……っ、貴様らミーネに手を出したのか! ――そうか分かったぞ、レティナ! お前は、嫉妬しているんだな! ミーネはお前が持っていない全てを持ち合わせ、なおかつこの私に愛されている! だから、くだらない嫉妬心でこんなバカげた茶番劇を始めたわけか!」


 怒りとどこか優越感の滲むそれに、以前なら逃げ出したいと思ったか……それとも頭が真っ白で動けないでいたかもしれない。


 だが、今のレティナは冷静だった。


「いいえ」


 きっぱりと言い切り、レティナは首を横に振る。

 簡潔な返答に、クーズリィが「は?」と口を開け呆ける。


 当たり前だろうという視線を向けるリグハーツ隊の面々、中でも話の腰を折られたアレスは鼻を鳴らすと、報告を再開した。

 

「つーか、あの女、案の定ですよ隊長。クーズリィ・ダーメンスに金で言うことを聞かされてるって別の貴族に泣きついて、新しい寄生先を探そうとしてました。色仕掛けで参って薬使われそうだった被害者は助け出して保護しておきましたけど。……さすが、重罪人リストに入ってる女脱獄者、この坊ちゃんから搾り取れるだけ取ったら、見切りを付けるのは早いもんですね」

「ど、どういうことだ?」


 クーズリィは青い顔で「ミーネがどうしたって?」と口を挟む。

 

「どうもこうもなぁ~……ね、隊長?」

「お前が懇意にしていたミーネ・コーズという女性は、本名ナミネス・コフジリィ。隣国で罪を犯しながらも脱獄し、今度はこの国で違法な商売を始めていた――重罪人だ」

「なっ……!」


 ルシードの簡潔な答えに、クーズリィはひゅっと息を呑んだ。


 そこへ、ちょうど連行されるミーネが姿を現す。

 彼女はクーズリィには見向きもせず、目に涙をいっぱいにためルシードに訴えた。


「騎士様、わたくしはやりたくないって何度も言いましたの。それを……それを、この男が、自分の言ったとおりにしないと家族を苦しめるって……。わたくしは、この男の言うとおりにしただけです……!」

「ミーネ……!」


 主犯はクーズリィで自分は脅されただけだと訴えるミーネだが、ぐいぐいとルシードに体を寄せたり、不自然に胸を押し当てたりしている。


 だが、ルシードはそんな色仕掛けにも顔色一つ変えなかった。

 クーズリィにむけたものと全く変わらない、冷ややかな一瞥をミーネに向け、切り捨てた。


「お前に家族はいないと調べはついている」

「――チッ! ……ほんっと、優秀な犬だね、やんなるよ」


 あっさりと悲劇のヒロインの仮面を脱ぎ捨て吐き捨てたミーネ。

 彼女のはすっぱな口調など初めて聞いたのか、クーズリィはギョッとしてミーネを凝視する。


 ミーネはそんなクーズリィの視線に気付くと、なにを言うでもなく、小馬鹿にしたように笑っただけで大人しく連行されていった。


 残ったクーズリィも、アレスに連れて行かれそうになるが、その寸前――またしても、レティナを睨んだ。


「お前が悪い」

「え……?」

「全部、全部、お前が悪い、レティナ! お前が、もっときちんと私の心を捕まえておけるよう、私好みになるべく努力をしていれば、あんな女に騙されたりなどしなかった! お前の努力不足で、私はこんなにも恥をかかされて――どうしてくれるんだ!!」

「どうもしませんけど……?」


 思わずレティナが正直に告げると、クーズリィは「え」と固まった。

 

「今、なんて……」

「どうもしないと言ったのです」


 もう関係ない。

 あれだけ蔑ろにしていたのに、自分がレティナに捨てられるなんて想像していなかったのだろう。


 突きつけられた現実から目をそらすクーズリィは、レティナを怒鳴ろうとした。

 そうすれば、意のままになると思ったのだろう。


「なんだと、お前、それでも、それでも私の」

「レティナ嬢の婚約者は、この俺だ。貴様ではない」


 今度はルシードに否定される。


「~~~~っ、せっかく教育してやったのに、無下にして、恩知らずの恥知らずが……!」

「いや、犯罪に手を染めて家名穢してる奴が、なに言ってんだって感じなんだけど」


 ルシードの発言に口笛を吹いたアレスが、続くクーズリィの発言に真顔で突っ込んだ。


「このっ……! レティナ、よくもこんな仕打ちを……!」

「してはいけないことをしたのですから、反省すべきです。ダーメンス伯爵令息」

「生意気な口を……!」

「ええ。でも、これが私です。そして私は、今の自分の方が胸を張って好きだと言えます。どうやら、貴方のお家にもあなた方自慢の教育も、私には全く合ってなかったみたい。ですので――さようなら、クーズリィ・ダーメンス伯爵令息」

「――っ」


 レティナはクーズリィに向かって一礼した。


 すっきりとした顔で自分に別れを告げる元婚約者を呆然とみていたクーズリィは、今度こそアレスに連行される。


 そして、タイミングを見計らったように国王夫妻が現れ、今回の計画を語り場を引き締めた。

 騎士団には拍手と賞賛が送られ、ルシードは優雅な一礼を披露する。


 同時に、賞賛は元婚約者の不正を知り戦ったレティナにも送られた。過ぎた賞賛だと謙遜するレティナだが、ルシードに合わせて礼をすると場は一段と盛り上がり――ほどなくして楽しい舞踏会の雰囲気を取り戻した場内から、二人はそっと抜け出した。

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