第48話 夢か現か確かめる、冴えた方法

 城内からもれた灯りで淡く照らされている庭園を、レティナはルシードと並び歩く。


「騎士団に戻ったら、忙しくなるな」


 この後は、背後関係を暴きそれから他にもいる関係者を洗い出し――この国の民を守るため、ルシードは戦うのだろう。

 その手伝いをすることは、自分はもう許されないなと、レティナは寂しげな笑みを浮かべた。


「では……私が関われるのは、どうやらここまでのようですね。リグハーツ隊長、微力ながらもお手伝いできたこと、生涯誇りに思います」


 レティナが足を止めて挨拶すると、ルシードは不思議そうな顔をしている。


「……もう、レトは必要ありませんから」

「――っ」


 言われて初めて気付いたとばかりに目を見開くルシードに、レティナはおかしい反面、ついてくるのが当たり前だと……そこまで気を許されていた事実を嬉しく思った。


「お世話になりました、リグハーツ隊長。隊の皆様にも、後日チャバル家が正式にお礼に参ります」

「……なぜこれで終わりのように……」

「え?」

「……なぜ、最後みたいな言い方をするんだ?」


 ルシードが不可解……というより、むしろ悲しげに眉を寄せていた。


「で、でも、実際、私が出来ることはもう……」

「――婚約者だと、そう言ったことは、もう忘れてしまったか?」

「いえ、覚えています!」


 先ほど起きたばかりの鮮明な記憶を、忘れるはずがない。いや、あんな発言、忘れたくても忘れられない。


「……ですが、あれは方便では? ――その、方便にしても、少し……いいえ、かなり、やり過ぎだと思いますが」

「違う。俺は本気で言った。あの時、貴方も同じ気持ちだと思ったのは、俺の思い上がりだろうか?」

「――リグハーツ隊長、私は……」

「ルシードだ」


 訂正されて、レティナはぐっと押し黙る。

 その間に、ルシードはレティナの片手を取り、膝をついていた。


「な、なにを……」

「順番を逆にして、申し訳なかった。だが、俺は本気だ。なにもあの場の勢いで口にしたわけではない。……レティナ・チャバル嬢。どうか、俺と生涯共に歩いて欲しい」

「それって……」


 戸惑うレティナに、ルシードは小首を傾げた。


「また、分かりにくかっただろうが? ――俺は貴方を、心から愛している。だから、どうか、結婚して一生一緒にいると頷いてくれ」

「伝わってます! ちゃんと伝わってましたから!」


 言い直されたレティナは慌てて彼を止めた。だが、ルシードは膝をついたまま微動だにしない。


「……返事は?」

「――っ」


 そんなもの、言うまでもなく決まっている。


「お慕いしております、ルシード様。私も、生涯貴方と共に歩みたいと……そうなったら、いいと、思っておりました」

「レティナ嬢!」

「きゃあ!?」


 パッと顔を明るくしたルシードは、素早く立ち上がるとレティナを抱き上げた。


「お、おろしてください!」

「ああ、すまない。嬉しすぎて、はしゃいでしまった……!」


 たしかに、いつになく声は弾んでいるし、いっそ無邪気ともいえる笑顔を浮かべながらも頬は紅潮している。


「そ、そんなに嬉しいのですか?」

「当たり前だ。……貴方は、嬉しくないのか?」

「い、いいえ! でも、嬉しい以前に、なんだか、夢みたいで……」

「――そうか」


 気が付けば、ルシードの顔が梳く近くにあった。コツンと額がぶつかって、レティナは息を呑む。


「それなら、夢が現実か、確認してみるか?」

「――――っ」


 ルシードの声に誘われるように、レティナは目をつむり……。


「おー、いたいた。レティ、リグハーツ! さっさと戻るぞ!!」


 レジナルドの大声で、パッと目を開いて顔をそむけた。


「今行く」


 ルシードは冷静な声で返答しながら――レティナと目が合うと、真っ赤になって視線をそらした。


「……悪かった。今のは、正直、卑怯だったかもしれない……」

「――いいえ」

「?」

「……はっきり分かりました。すごくドキドキしてるから……これは、幸せな現実です」


 レティナが微笑むと、ルシードもまた笑みを浮かべる。


「ああ。そうだな。俺も、ドキドキして苦しいくらいなのに、幸せだ。……だが、やっぱり確認は必要だと思う」


 レティナを地に下ろしたルシードは、耳元で囁いた。


「だから、今度はふたりきりの時に――ちゃんと、幸せの確認をしよう」


 その声は、蜂蜜とミルクを入れた紅茶よりも、もっと甘い――とろけるような声だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る