第41話 兄VS隊長~延長戦~
ゴホン。
決まり悪げに咳払いしたのは、ルシードだった。
すぅっと目を眇め、まるでなにかを確かめるようにレジナルドとレティナを見比べ――それから、口を開く。
「聞き違いでなければ、だが……。《大熊殺し》……貴殿はレトの兄上殿か」
言動が簡潔なルシードにしては珍しく、言葉を選ぶようなゆっくりとした調子だった。彼を訝しんだのはレティナだけではない。
レジナルドは気味悪そうな視線をルシードに向け、それからコソッとレティナに耳打ちしてきた。
「なんか急に畏まってきたぞ、コイツ」
だが、内緒話の体をとっていてもルシードには当然聞こえているだろう。
怒ってはいないようだが……やはり兄の失礼な態度をそのままにはしておけない。
「あれか? リグハーツのそっくりさん?」
なおも続けそうなレジナルドの脇腹を、レティナはもう一度小突く。
「茶化さないで……! リグハーツ隊長は、真面目な方なんだから」
「真面目? まぁ、たしかに。ありったけ良く言えば……って注釈がつくが」
「また……!」
「いや、だってなぁ……オレが知っているリグハーツといえば……冗談は言わないし乗らないし雑談も拒否。もちろん、人の意見には全く耳を貸さない四角四面の石頭で、自分がこうと決めたら邪魔する奴は誰だろうが許さない冷血仕事人間なんだが? そもそも、オレと対話しようとか思わないはずなんだが? それが、畏まってご挨拶なんて、おかしいだろ。そっくりさんじゃないなら、なに?」
ひどい言われようだ。
あんまりだと兄を咎めようとしたレティナだったが、ルシードが真面目な顔で頷いたので止まった。
「たしかに。以前の俺は、とても余裕がなく、そのせいで周りにはかなりの苦労をかけていた」
続けて、横で聞いていたアレスが苦笑いしつつ「いや、あの頃はオレたちも思い込みが過ぎたんですよ」などと言うものだから、レジナルドはぎょっとする。
「え? 自分の意見以外は即却下のリグハーツが反省してる? それを隊員が励まして? ……これは、やっぱり、そっくり――」
「安心してほしい。本人だ」
「ひぇっ! 変わりすぎだろ、怖っ! 遠征でいない間、一体騎士団でなにが起こったんだ……!」
「騎士団に問題は起きてない」
「……この、冗談に真顔返答してバッサリ切り捨てる所……間違いない、本物だ……!」
真面目なルシードの返答に、レジナルドは混乱したように額に手を当てた。
「うぅ……なんか、気持ち悪い」
「失礼ですよ、兄様……! リグハーツ隊長は真摯に向き合って下さってるのに、よりにもよって、そんな……!」
「そして、お前は、どうしてそんなにリグハーツの肩ばかり持つんだ」
「それは……だって、お世話になっていたから……」
もごもごと呟くレティナに対し、なるほどとレジナルドは頷いた。
「だったら礼は言わないとな。どうもありがとう、コイツが世話になった。もう大丈夫だから、気にしないで仕事に戻ってくれ。もろもろの手続きは後はオレがするし」
「断る」
「…………リグハーツ。コイツは、領地へ帰るんだよ」
「本当なのか、レト?」
ルシードの視線を受けて、レティナは言葉に詰まった。
「本当に、行ってしまうのか?」
悲しそうな……捨てられた子犬のような眼差し。
今まで見たことがなかったルシードの表情を目にして、レティナの心臓は大きく動く。
そして、レジナルドも驚いた様子で一歩後退した。
「え? ……えぇ? どういうこと?」
「そういうことだよ、《大熊殺し》」
不思議がるレジナルドに対し、訳知り顔のアレスが答える。
すると――。
「はぁ? はぁ……、ははぁ~ん?」
レジナルドは奇妙な声を上げながら、レティナとルシードを交互に見やり……なぜかアレスと頷き合う。
それから不意にポンと手を打った。
「分かった!」
「え?」
「なに?」
「――リグハーツ隊の隊室に行こう。詳しい話はそれからだ。オレ達、目立ってる」
系統はそれぞれ違えど、威圧感のあるふたりが揃っているので、近寄ってきて聞き耳を立てる者はいない。
だが、「なにごとだろう?」と遠巻きに様子見している者達の姿はちらほらと見受けられる。
「それは……構わないが」
「よし。善は急げだ」
言うやいなや、レジナルドは再びレティナを抱え上げた。
「おい! レトを下ろせ!」
「いや、なんでお前が怒るんだよリグハーツ」
「それは……」
ぐっと顔を赤くして詰まるルシードにかわり、レティナが兄の背中をぽかぽか叩く。
「小さい子どもじゃないんだから……!」
「いや、お前の歩幅に合わせるより、こっちが時短だろう」
「遅い早いの問題じゃなくて、外聞の問題です!」
レティナが訴えると、レジナルドはいい加減面倒になったのか、急に走り出す。
「ちょっ、まっ、速い~~!」
「しっかり掴まってろよ!」
「おい、だから待てと言っている《大熊殺し》!」
悲鳴と笑い声と怒声が混ざり合う、混沌とした状況。
それを目にした野次馬たちは、そっと自分たちの好奇心に蓋をして、何も見なかったことにしたのだった。
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