第42話 リグハーツ隊が揺れた日
隊室に集まっていたリグハーツ隊の面々は、突然室内に競うように飛び込んできたレジナルドとルシード、そして抱えられていたレトを見て驚いたものの、遅れてやってきたアレスを見て「ああ、なにかあったんだな」と察し、騒ぐことはなかった。
そして、レジナルドが口火を切る。
「単刀直入に言う。オレは今回の件……違法薬物が水面下で流れ始めた時点で、売人たちの詳しい情報を手に入れるため隣国へ行った」
「まぁ、遠征騎士だからな」
アレスが納得したように頷く。
遠征騎士は名前の通り、王都を離れ遠方での任務に従事する騎士達だ。
国内外問わず、彼らは任務とあらばどこへでも向かう。
レジナルドも、例に漏れず任務遂行のために隣国に向かい――そして、戻ってきた。もちろん、情報を持って。
「で、向こうの国で重罪人として手配されている奴が、我が国に紛れ込んでいることを突き止めた。そいつは、薬の製法を知っている。なおかつ、隣国が禁止令を出したときも設備を破棄しないでコソコソ作り続け流し続けた、生産者兼売人だ。一度は捕まえたらしいが、奴と組めば稼げるわけだからな……支援者捕まえて脱獄に成功し、国を超えて逃げてきたらしい。その脱獄犯の名前は、ナミネス・コフジリィ」
お前はもしかしたら見たことがあるかもしれないと、苦い顔で呟く兄を見て、レティナは首を傾げた。
知らない名前だと思ったからなのだが……。
「この国じゃ、ミーネ・コーズと名乗ってて、クーズリィ・ダーメンスの恋人におさまってるな」
「――あ!」
「やっぱり、知ってるのか」
レティナは頷く。
彼女だ。
夜会でクーズリィにエスコートされていた女性、そして……あの廃屋にいた。
レティナが話してもいいかとルシードを見れば、彼はひとつ頷く。
話を聞いたレジナルドは「なるほどな」と顎をなでた。
「これだけきな臭いんだ。あの家と関わってると荒事に巻き込まれるのは必須だ。うまく逃げおおせたのなら、安全な領地で事が済むまで養生してもらいたかったんだが――」
苦笑を浮かべたレジナルドの手が、レティナの頭に伸びる。
「お前はちゃんと、感情を出せるようになってたな。よかった」
「……兄様」
「礼を言うぞ、リグハーツ隊。……リグハーツ本人は、まぁ、なんか、気に食わないけど……だが、妹の感情を取り戻してくれて、ありがとう」
――頭を下げるレジナルドに、アレスが「あ」と声を上げた。
「おいおい……このタイミングで言っちゃうか?」
「は? なにを? 妹が世話になったんだから、兄として礼をいうのは当然だろう。なぁ、レティ」
大きな手が、レティナの頭を撫でるのだが、レティナ自身も青くなって口をパクパクさせる。
「に、兄様、それは……ダメ、まだ、言ってない、内緒」
なんとか絞り出した言葉は、片言。
「は?」
通じなかったレジナルドが首を傾げる。
「マリアベル様、レトって、男の子って、みなさんに、まだ、言ってない」
「ううん?」
さらに、首を傾げるレジナルド。
もうだめだと、レティナは顔を覆った。
そして、衝撃から口を開けていたリグハーツ隊の面々が、徐々に我を取り戻す。
「え、今、《大熊殺し》が妹って言った?」
「レトが、妹……?」
「も、申し訳ありません――僕は……皆さんに嘘を」
アレスとルシードを除く、隊員の声が重なり、隊室に響き渡った。
――はぁ!? 嘘だろ、似てねぇぇぇぇ!!!!
「え、そっち、ですか?」
てっきり隠していたことを指摘されると思っていたレティナは困惑し、アレスは「だよな~」と仲間たちに同意を示している。
レジナルドは「ああ、よく言われる」とあっけらかんとしているが……。
全然似てない。
大熊と子猫じゃないか。
嘘だ、詐欺だ、誘拐罪だ。
等々、最後の方はもう訳の分からない言い掛かりになり、隊室は喧噪にまみれた。
――バンッ!!
混乱の事態を一瞬で静めたのは、ルシードがテーブルを叩いた音だった。
全員、パッと口を噤むと……。
「やかましい!!」
怒鳴られて「はっ! 申し訳ありません」と居住まいを正す。
直立不動の姿勢になった隊員たちだが――ふと、一番動揺しそうなルシードが全く動揺していないことに気づき。
「あれ……隊長とアレス、ひょっとして気付いてた?」
「あ~、オレは事情のある女の子だと最初から分かってた。隊長は途中までは男だって信じ込んでたみたいだけど……」
じーっと全員の視線が集まる。
「は? ……な、なんだ、別に、いいだろう」
じわじわと顔を赤くしたルシード。
そして、レティナも同様に顔を赤くしているのを目にした隊員たち。
さらに今度はレジナルドも加わって、先ほどの比ではない叫び声が上がった。
「だから、やかましいと言っている!!!!」
その日、リグハーツ隊の隊室は大きく揺れたという。
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