第29話 非番の騒動

 非番に共に出かけるといっても、普段見回りに付いていく時と変わりはない。

 ただ、私服のルシードが見られること以外は。


 そう、基本的には変わらないはずなのに、なぜかレティナは落ち着かない。


 気を紛らわせようとして横を向き、深呼吸。

 意を決して、ちらりと私服のルシードに視線を戻し……その新鮮な私服姿を直視出来ず、変にソワソワして下を向いたり――すると、横一列で並んでいたレティナとルシードの距離はだんだんと離れていく。


 横を見る度に下がっていくレティナに、ルシードが気付かないはずもなく、彼はとうとう足を止めた。


「後ろを歩かないで、隣を歩けばいいだろう。……歩くのが速すぎたか?」

「いいえ! 恐れ多いだけです!」

「恐れ……――レト、俺はそんなに怖いか?」

「――えっ!?」


 意外な言葉に、レティナは動きを止めた。

 ルシードは、やけに真剣な顔をむけてきた。


「そんな、まさか……! リグハーツ隊長は、怖くはありません。少なくとも僕は、貴方のことをとても優しい方だと思っています」


 本心を告げれば、ルシードは安心したように小さく笑った。


「それならば、問題はないな。じゃあ――ほら」

「……?」

「手だ。手を繋いでおけば、お前の歩幅に合わせることができる」

「いえ、あの、僕は――」

「一緒に歩きたい。嫌か?」

「あ、ありえません!」


 嫌ではない。

 むしろ、嬉しい。

 思わず勢い込んだレティナは、きょとんとしているルシードを見て恥ずかしくなる。


「あ、あの、嫌なんてこと、絶対にないです……嬉しいです」


 最後レティナが照れくさそうに笑うと、ルシードはまぶしそうに目を細めた。


「リグハーツ隊長?」

「お前は、そういうのがいい」

「はい?」

「そうやって、なんの憂いもなく笑っている方がいい。……だから、ほら、繋ごう」


 褒められた。

 そして、再び催促された。


(いいのかな?)


 本当に弟のように……それも、よっぽど頼りなく見えているのだろうか。

 それとも、小さな子どもと相違ないと思われているのか。


 ルシードにはなんてことないかもしれないけれど、自分には難題だ――レティナは少しだけ迷って、それからドキドキしつつ差し出された大きな手に、自らの手を伸ばした。


 指先同士が、もう少しで触れそうな時――。


 ざわりと、前方がにわかに騒がしくなった。


「……なんだ?」


 ルシードの表情が引き締まる。

 今の彼の顔は、騎士であるルシード・リグハーツ隊長だ。


「レト、少し見てくる。お前は――」

「僕もお供します、隊長」

「……そうか。行こう」


 ルシードの厳しい顔が、少しだけ和らぐ。


 伸ばされた手は、もうとっくに下ろされてしまった。

 けれど、レティナは残念には思わなかった。


 騒ぎを聞き、一瞬で騎士としての顔になったルシード。

 実に、彼らしい。

 非番だからと捨て置かず、騒ぎの確認をしに向かうルシード・リグハーツ。

 その背中を追いかけながら、レティナは思った。


 ――そんな貴方だから、自分は惹かれたのだろうと。

 だから、役に立ちたいと思うし、そばで支えられたらなんて思ってしまうのだ。


 迷いのない背中を一心に見つめるレティナは、そんな自分の思いに蓋をした。


 しょせんは、叶わない思いだ。

 だけど、見習いでいられる今は、微力だろうとルシードの手助けが出来る。


 誰に語ることは出来なくとも、この経験は、自分がレティナ・チャバルに戻ったとき――きっと誇りになるだろう。

 だから、今を全力で生きよう。


 レティナは、地面を蹴る足に力を込めて、ルシードに追いついた。

 一瞬驚いた顔をしたルシードは、けれども、すぐに頷く。


「いい加速だ。騒ぎは向こうだ、このまま走るぞ」

「はい、隊長!」


 ――きっと、一番輝かしい記憶になる。


 ルシードと並んで駆けるレティナの表情は、生き生きとしていた。

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