第30話 疑惑の酔っ払い

 レティナとルシードが駆け付けると、一件の露店に瓶を手にした男が突っ込んでいた。

 ざわざわと集まっている野次馬は「酔っ払いだ」と指さしている。


「昼間っからあれだけ泥酔とか、みっともないねぇ」

「あ~ぁ、あの店は今日は商売あがったりだな」


 それでも大事ないと思い、皆の口調は軽い。

 だが、レティナは風に乗って漂ってきた匂いに、顔をしかめた。


「……臭い」

「レト?」

「……隊長、あの人……以前嗅いだ瓶……あれと、同じ匂いがします」


 レティナの言葉に、ルシードの顔が険しくなった。


「ちょっと失礼。騎士団だ、通してくれ」


 ルシードは野次馬をかき分け、露店に近づく。


「店主」

「なんだい? 今は臨時閉店だよ。この酔っ払いどかせて、店の陳列を直さなきゃならんからな」

「それには及ばない。酔っ払いは、こちらで預かろう」

「うん?」

「あ、こちらの方は騎士団に勤めていらっしゃるんです。酔いも深いようですし、なにかあったら大変なので、一時的に騎士団で保護させていただきます」


 うさんくさそうな視線を向けた店主に、ルシードの横に並んだレティナは慌てて一言、言い添えた。

 すると、店主は合点がいったと頷く。


「助かるよ。さっきから、あっちふらふら~こっちふらふらで、そのうち馬車にひかれやしないかと心配だったんだ」

「では、連れて行く」


 ルシードは、突っ伏して動かない男の腕を掴むと引き起こす。

 レティナは、横に転がる瓶を持った。


 中身が入っているそれを微かにゆらすと――。


(臭い)


 お茶の匂いもほのかに混ざっているが、それよりももっと濃度の高いなにかが入っている。

 植物を潰したような匂いも混じっているものの、アルコールを想起させる匂いは一切しない。


 ルシードに支えられた男は、口からよだれを垂らし白目をむいている。


「おい、その兄ちゃん、大丈夫なのかい?」


 さすがに露店の店主もただの酔っ払いではないと察したらしい。

 心配と恐れが入り交じった表情を浮かべている。


「もしかしたら、なにか持病がおありなのかもしれません。すぐに、騎士団に連れて行きます」

「お、おぉ、そうだな。ほら、野次馬共はうちの手伝いをしないんなら散った散った!」


 元々人がいい店主なのだろう、人ひとり抱えたルシードが通りやすいように野次馬を散らし、道を作ってくれた。

 レティナが軽く頭を下げると、ルシードもそれにならう。


「いいってことよ! はやく、休ませてやってくれ」

「そうしよう」


 ルシードが歩き出す。

 彼は、レティナが隣に並ぶのを見計らうと小さな声で耳打ちした。


「助かった」

「え?」

「俺では、ああも上手く場を切り抜けられなかった。余計な疑心を与えただろう。お前の人柄に助けられた」

「……お役に立てたなら、光栄です」


 たいしたことではない。

 実際に助けたのはルシードだし、運んでいるのもルシードだ。

 けれど、そんな彼の一助になれたのならば、嬉しい。


 レティナはあたたかな気持ちになったが、ふと漂ってくる匂いが、現実に引き戻す。


(これ……)


 以前嗅いだものよりも、遙かに濃い。

 それを、普通に暮らしているだろう人が、どこにでも流通しているだろう瓶に入れて持っていた。

 いや、飲んでいた。

 それはとても、恐ろしい事に思えた。


 ――騎士団に到着すると、ルシードはすぐに件の男を医療部に連れて行った。

 下された診断は……。


「中毒者だ」


 隊室に戻ってきたルシードは、険しい顔で待っていたレティナや隊員達に告げた。

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