第8話 不満の爆発
ルシードに対する印象が少しだけ変化したレティナだったが、日々の仕事はなにも変わっていない。
リグハーツ隊に来てそろそろ二週間経つが、隊長であるルシードを筆頭に、みんな忙しく動き回っていた。
いや……ルシードが誰よりも忙しく動き回るために、他の隊員も動かざるを得ない、に近いかもしれない。
レティナが見ている限り、リグハーツ隊が休憩時間をもうけ談笑していたことは一度も無い。誰も彼もが眉間にしわを寄せ、急かされるように動いている。
中でも酷いのがルシードで、常に張り詰めた空気をまとい、報告をあげた部下にすぐに次の仕事を与えるのだ。
指示を出したルシードは、すぐに書類処理や外回りなどの仕事に取りかかるので、結局だれよりも仕事をしているのもまたルシードなのだ。
今日もまた、部下に指示を出すと呼び止める暇もなく外に出ていったルシード。
彼が出て行くと、隊員たちから深いため息がこぼれた。
部屋の空気はどんよりと暗い。
けれども、各々重い腰を上げて動こうとする。
「あ、あの……皆さん、顔色がよくありません。少し休んだ方が……」
思わずレティナが口を挟んでしまうほど、彼らは疲労困憊という体だった。
言ってしまってから、口を出すなと怒られるかと思ったが、隊員たちは苦笑して首を横に振るだけだった。
隊員たちのまとめ役であるアレスが、他のみんなと同じような苦笑を浮かべて言う。
「いやぁ~隊長が働いてるのに、部下のオレ達が休んでるのも、外聞が悪いからさ」
「でも、みなさんいつもお忙しくされていて……ゆっくり食事をしている暇もないのでは……?」
そう。
全員が全員、コマネズミのようにくるくると動き回っているリグハーツ隊は、休憩時間も無ければ昼休憩をしているのも見たことがない。
そんな彼らだから「まさかそんなことは」と思いつつレティナが恐る恐る聞くと、食事は各自仕事の合間に軽食を取っているという。
ああ、よかったと安心しかけたレティナだが続けられた言葉にギョッとする。
「まぁ、隊長は分からんけど」
「えっ!?」
「今、追いかけている事件が大詰めなんだ。……だから、あの人、ずっと気ぃ張ってんだよ」
「大きな事件……でしたら、なおさら休んで体調を万全にしないと」
すると、アレスたちは「だよなぁ~」と大きく頷く。
「レト君も、やっぱりそう思うか――そろそろみんな、限界だしなぁ……」
思案するように呟いたアレスは、その日、戻ってきたルシードを捕まえて切り出した。
少しペースを落としたい、自分たちとルシードでは出来が違う。
このままでは付いていけない。
そんな訴えだった。
分かった――そう言ったルシードの口から次に出たのは、明日の予定。
たった今分かったと言ったばかりなのに、彼の口からツラツラと出るのは、これまでよりもさらに過密な仕事予定。
さすがに皆倒れてしまうとレティナが青くなると、アレスがドンと机を叩いた。
「いい加減にしてください! アンタ、オレ達をなんだと思ってんですか!」
「……なんだ、とは?」
「オレ達のことを、ぶっ壊れても換えが効く、体の良い駒だとでも思ってんのかって聞いてんですよ!」
「――はぁ?」
地を這うような、低い声。
あるいは、極寒の湖の底から聞こえたような、体の芯まで凍り付くような声。
――普通の人間なら震え上がるだろう、怒気のこもった声だった。
「一体いつ、誰がそんなことを言った」
「アンタの日頃のオレ達に対する態度を見てれば、嫌でもそう認識できますが!?」
「勝手なことを」
「不敬は承知ですが、これ以上の過密任務は、隊員の健康に支障が出ます! アンタには分からないかもしれませんけど!」
突き放すようなアレスの言い方に、一瞬だけルシードの眉がひそめられる。
ハラハラと二人のやり取りを見守っていたレティナは、その瞬間のルシードの表情をしっかりと見ていた。
(……泣きそう?)
泣く、とは違うかもしれない。
けれど、レティナにはルシードが怒っているというよりは悲しそうに見えた。
(もしかして、リグハーツ隊長は、アレスさん達に無理を強いている認識がなかった……!?)
いや、まさか。あれだけ仕事漬けの毎日だったのに。
だが、ルシードもまた、誰よりも仕事にまみれていた。
指示だけ出して、自分は楽をしていた……なんてことは絶対にない。
その上で、彼はレティナというお荷物を預かり、分かりにくいながらも見守ってくれていた。
これまでのことを鑑みれば、ルシードは初見だと……なんというか威圧感がある人物だが、決して理不尽を強いる人間ではない、と思う。
部下を駒のように思っているようにも思えない。
対してアレスたちはどうだろう。
年若い隊長を軽んじているかといえば、否。
彼らは、なんだかんだと言いつつルシードを隊長として認め、彼の仕事を支えている。
そして、彼が誰よりも頑張っていると知っているから、自分たちも休むわけにはいかないと踏ん張ってきた。
(え、もしかして、これって……)
緊迫した状況の中、レティナは思う。
――これはもしかして、双方の誤解によるすれ違いなのではないか、と。
レティナが一つの結論に達した時、アレスの怒気も最高潮に達したようで。
「理解出来ないなら、それまでってことだ! アンタの下では、もうやっていけ――」
その先を、言わせてはいけない。口に出してしまえば、きっともう取り返しが付かなくなる。
レティナは、とっさに手と口を出していた。
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