第17話 答えを見つけた日

 様々な店が並ぶ通りは、店先で呼び込みをする者やその文句に釣られて足を止める客など、様々な人で賑わっていた。

 レティナはそんな中、颯爽と先を行くルシードに付いていく。

 すると彼は、とある店先で足を止めた。


「ここだ」

「ここは……茶葉のお店、ですか?」

「ああ。中を見ろ、買いに来ているのは市井で暮らす人々だ。――このような光景を見られるのは、チャバル家の尽力の賜だろう。なにせ、元は貴族の嗜好品だった茶葉を、みなが気軽に楽しめるようになったのは、チャバル家が自領の茶畑で品種改良に励んだ結果だ」


 そう言うと、ルシードは再び歩き出す。レティナが後を追いかけると、彼は一度だけチラリとレティナを見下ろす。そして、また前を向いて……口を開いた。


「俺も、お前の意見に同意する」

「え?」

「あの家が、悪事に手を染めるとは考えられないと言っているんだ。損得抜きで、大勢のために尽力するような家だぞ」

「リグハーツ隊長……」


 レティナは、胸が熱くなった。

 認めてくれる人がいたのだと思うと、声を上げて喜びたいくらいだ。


 ――平民なんぞに茶葉を与えて、価値を下げた愚かな家!


 これが、ダーメンス家で伯爵夫人からぶつけられた言葉だ。

 クーズリィはあの時どうしていただろうか……きっと出来の悪い婚約者など恥ずかしくて連れて歩けないと、どこぞへ出かけていた時だろう。


 しかしその後で、これだけは我慢ならない。

 大きな間違いだと、クーズリィに訴えた。


 その時、婚約者だった男は――鼻で笑った。


 わざわざレティナにいれさせたお茶を「こんなもの」と床にこぼしながら。

 

『価値を下げたのは本当だろう。だって、お前ご自慢の茶葉は、香りも味も、貴族が楽しめるようなものではない、粗悪品だ。その上、わざわざ特技だなんて吹聴して置いて、お茶を入れる腕も三流以下。こんなもののことで目くじらを立て、いちいち私や母上を煩わせるな』


 認められないのかと、あの時はそう思った。

 ここでは……王都では、あの茶畑領で人々が汗水流して育てた品がそういう風に思われているのかと、ショックを受けた。


 けれど、違った。


(違ったのよ……! 喜んでくれる人たちが、いたんだわ……)


 レティナにとって、王都というものは、ダーメンス家と伯爵夫人が許可した貴族だけで成り立っていた世界だった。

 その向こう側にも、もっと広がっていることを知っていたはずなのに、いつの間にかダーメンス家に許可されたものだけが「世界」なのだと思い込んでしまった。


(……みんな、笑ってる)


 おいしく飲んで欲しい。

 みんなでお茶を飲む、顔を合わせる機会が増える、色々な話が出来る――家族の団らん、友人達のとの語らい、恋人とのひととき……様々な場面でのお供になれば。


 それが、茶畑が大半を占める領主とそこで働く領民の思いだった。

 レティナたち、子どもたちも、当たり前のように「人を笑顔にするお茶」を誇り、思いを受け継いできた。


(間違ってなかったんだ……)


 独りよがりではなかった。

 ここに、ちゃんと、喜んでくれる人たちがいた。

 そして目の前に、代々続いた茶畑領主の労を分かってくれる人がいた。


「……ありがとう、ございます」

「レト? ――っ、な、なんだ? どうして泣きそうになっている? 俺は無神経なことを言ったのか?」

「茶葉の価値を下げた、恥知らずって、ずっと、そう言われて……」

「チャバル家のことをか? 俺はそんなこと言って……――待て、それは過去、誰かに言われた事があるのか?」

「だから、わた……――っ、僕は、リグハーツ隊長の言葉が、すごく、嬉しかったですっ……」

「俺は当たり前のことを言っただけだ」


 ルシードの当たり前が、レティナにとっては本当に嬉しいことだったのだ。

 お礼の言葉を繰り返すレティナに、ルシードの手が伸びてきた。

 なにげなく、頭の上に置かれると、ポンポンと軽くあやすように撫でられる。


「……お前は、豪胆なのか繊細なのか。はたまた大人びているのか子どもっぽいのか、よく分からない奴だな」

「も、申し訳ありません。見苦しいところを……」


 そうだ。自分は今、男子なのだ。めそめそ泣いていたら、呆れられてしまうかもとレティナは慌てて顔に力を入れた。


「見苦しくないから、変に力むな。そのままでいろ」

「……」

「お前も言っただろう。休むのは大事だと。同じ事だ。泣きたいときは、きちんと泣け。それを、心が必要としているんだ」

「で、も……」

「泣いていいんだ」


 言って、ルシードは笑った。

 レティナは新たな衝撃で涙も引っ込み、その晴れやかな笑みに息を呑む。


「――っ」


 初めて目にした惜しげも無いルシードの笑み。

 その険のない表情に、目を奪われたのがいけなかった。


 ぼんやりと突っ立っていたレティナは、道行く人にドンとぶつかられてよろめく。


「……ぁっ!」

「おい……! 大丈夫か」

「申し訳ありません!」


 とっさに抱き留めてくれたルシードのおかげで、地面に尻餅をつくようなみっともない展開だけは避けられた。


「いや、大丈夫なら……――っ、お前……」


 レティナの謝罪に、最初こそ気にした様子もなく応じたルシードだったが、不意に表情を変えた。


「レト……お前は……」

「は、はい? あの、もう、自分で立てますので……」


 まじまじと自分を見下ろしてくるルシード。

 その近さに、気恥ずかしさを覚えたレティナは、離れようと身じろぎした。


「――すまない……!」


 途端、弾かれたようにルシードも体を離す。


「いいえ、とんでもない。助けて下さり、ありがとうございました、リグハーツ隊長」

「……っ、礼は言うな」

「え? でも……」

「俺は、礼を言われる資格はない。……それどころか、今、今……っ……~~戻ろう!」


 ルシードは元々の体質なのか、騎士として外に赴くことも多いのに色が白い。

 姉であるマリアベルとそろって、白皙の美貌の持ち主だ。

 そんな彼の顔に、朱が差していたことに、レティナは気付かなかった。


 いや、気付く術はないだろう。戻ろうというや否や、ルシードはレティナに背を向け猛然と前進していたから。


 ――突然の決定に驚きつつ、レティナは慌てて彼の後を追いかけるのだった。

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