第6話 でもなぜか過ごしやすい
騎士団に属する、リグハーツ隊に身を寄せることになって数日。
レトことレティナは、薄々気付いていた。
自分は信頼されていない。
それどころか疑われ、常から監視されていると。
そもそも、元はただの婚約を巡るゴタゴタだ。
渦中の人物が妻の友人だから隠れ場所を提供するといって、わざわざ騎士団長が関わってくることがおかしい。決定も、レティナが口を挟むことが出来ないまま……あっという間だった。
つまり、何かあるのだ。
ダーメンズ家が婚約を破棄したレティナの身柄をおさえようと探しているように、騎士団側にもレティナを隠しておきたい理由があるのだろう。
マリアベルもその夫であるテレント侯爵も、優しい人だ。
二人の優しさを疑う気持ちはないが、仕事は仕事だ。
『友人が困っていたから、夫の職場にかくまってもらうよう頼んだ』
『妻から友人が困っていると相談されたから、職場を隠れ場所として紹介した』
――などといった、公私混同めいた真似は絶対にしない。
だから、何かあるのは察したレティナだったが。
肝心要の部分は、分からないまま。
(クーズリィに対する暴力行為が問題視……は、ないか)
こんな風に考えてもみたが、すぐに否定した。
――なぜなら、レティナはまだ、身バレしていない。
周りは彼女を、「ダーメンス家を逃げ出した使用人」のレト少年と思っているようだから。
だが……。
「レト、我々の不在中、なにをしていた」
「は、はい。そちらの窓拭きをしていました」
「そうか。……棚の書類には」
「一切触っていません」
そのうえで、信用されていない。
ルシードは部署に戻ってくるなり、レティナに詰問口調で迫る。
自分や隊員の不在中、レティナが何をしていたか確認するのだ。
そして、レティナが正直に答えると……。
「――アレス、確認を」
「はいはい……そうですね、書類を出し入れしたり動かした形跡はありません」
「分かった。では、レト、お前は渡り廊下の掃除に行け」
なにか、重要な会議でもするのだろう。
隊員たちが集まって話し合いをするとき、レティナはいつもこうして外に追い出される。
部外者なのだから当然なのだが……少しだけ、彼らは皆、働き過ぎなのでは亡いかとレティナは思った。
なにせ、ルシードのみならず、今名前を呼ばれたアレス隊員を初め、皆が入れ替わり立ち替わり外に出る。
そしてようやく全員集まったかと思えば、息つく暇もなく、こうして会議が始まる。
どことなく、みんな疲れた顔をしているのは、レティナの気のせいだろうか。
気になって思わず見ていると、ルシードから睨まれた。
「おい。言ったことが聞こえていたか?」
「は、はい……!」
「よろしい。ならば、早急に持ち場へつくように!」
「はい、ただいま!」
きびきびとした声が響く。
レティナは飛び上がらんばかりに驚き背筋を伸ばした。
そのまま、一目散に部屋を飛び出す。
(や、やっぱり怖い……!)
ルシードは怒鳴っているわけではないのだろう。
だが、彼の声は通りがよい上に深みがあり、腹の底に響いてくる。
驚きのあまりドキドキする心臓をなだめすかしつつも、レティナの頭の中はここ数日のうちに固まりつつあるルシードへの印象でいっぱいだった。
やはり、あの人は怖い。
怖いけれど……不思議と、ダーメンス家で淑女教育を受けていた頃よりも、心は軽かった。
伯爵夫人は、声を荒らげたりしない。
ただ、ため息をつき、呆れた顔をし、貴方のためだと口にして水や紅茶、時にはインクをかけられた。
そして、そのせいで汚れた床を掃除したこともある。
でも、今のルシードのように大きな声を出したりはしなかった。
クーズリィも、時に笑い、呆れ、冷ややかに、物覚えの悪い婚約者に物を言うことはあったが怒鳴りつけたりはしなかった。
(ここは、あの家と全然違う……)
だから、今の自分はかつてない恐怖心に涙くらいは流すかもしれないと思ったのに、どうしたことかダーメンス家にいた時よりもずっと、楽に呼吸が出来た。
ルシードは怖いし、他の隊員にも信用されていないだろう生活。
でも、今の生活の方が楽しいなんて、なんとも不思議だとレティナは無意識に唇を持ち上げていた。
それは、彼女自身が長らく忘れていた笑顔だった。
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